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実際は地味でマジメな人だった? 三国志の豪傑・張飛の素顔とは?

ここからはじめる! 三国志入門 第16回

「大酒飲みの暴れん坊」というイメージは後付けだった?

 

『三国志演義』において、劉備(りゅうび)、関羽(かんう)を兄として慕う桃園(とうえん)三兄弟の末弟として登場する張飛(ちょうひ)。

立派にそびえ立つ巨大な張飛像=中国重慶市・張飛廟にて筆者撮影

 虎のようなヒゲを顔中に生やした大酒飲み。気が短く、暴れ出せば手がつけられない。武勇も抜群、紀霊(きれい)、馬岱(ばたい)などの猛将をまったく寄せ付けぬ実力を持ち、数々の戦場で軍功を立てる。時に酒を飲み過ぎて失敗もやらかすし、キレやすい。そういった欠点もあるように、物語中ではトリック・スターの役割も担う。まさに「豪傑」の代名詞ともいうべき男だ。

 

 そんなおなじみのキャラクターだが、202012月に公開された映画『新解釈・三國志』の張飛(演:高橋努)は、それほどアクが強くない。ボヤきまくる劉備(演:大泉洋)の突っ込み役にまわるなど、比較的まともな人物として設定されている。

 

 じつは歴史書「正史・三国志」を紐解いてみると、冒頭に書いた風貌のことはおろか「酒好き」という嗜好にも一切触れられていない。映画のキャラはそれに基づいたものか、まったく定かではないが、そもそも「酒好きの暴れん坊」のイメージは、あくまで物語の後付け設定に過ぎないのだ。実像はスマートで地味であり、性格も真面目なひと、だったのかもしれない。

 

 ただし小説『三国志演義』の通り、失敗はやらかしていた形跡がある。西暦194年ごろ、徐州(じょしゅう)の下邳(かひ)城を守っていた張飛は味方の将軍(曹豹=そうひょう)と仲違いし、その隙を呂布(りょふ)に突かれて城を奪われてしまう。城だけでなく、城内にいた劉備の妻子たちまで捕虜にされるという大失態だった。これは正史『張飛伝』ではなく、『先主伝』(劉備伝)に引く『英雄記』に記される逸話だ。このとき張飛が酒を飲んでいたのかどうかまでは分からないが、短気な人ではあったのかもしれない。

 

 そんな張飛に、最大の見せ場がやってくる。208年、「長坂坡」(ちょうはんは)の戦いである。大軍を率いて南下する曹操軍の前に、小勢の劉備軍は逃げまどうしかなく、大混乱に陥った。劉備自身も妻子まで見捨てて逃げるありさまだった。このとき、張飛は殿(しんがり)を務めて味方の退却を助け、長坂橋(ちょうはんきょう)に踏みとどまって曹操軍と対峙した。曹操軍の先鋒隊が押し寄せるなか、張飛の手勢は20騎しかいない状況である。

 

 そこで張飛は橋の上に立って矛を片手に持ち、大音声で呼ばわった。

 

「我こそは張益徳(ちょうえきとく)である。いざ死をかけて戦おうぞ!」

 

 曹操軍は近づこうともしない。こうして張飛が敵を足止めしている間に、劉備たちは逃げのびることができたのである(『張飛伝』)。

 

 それまで、表舞台では目立った実績もなかった張飛が、みごと知略と胆力で敵を防いだのだ。旗揚げから20年以上を経て、将として成長を見せた張飛。以後も劉備軍の主力として、その武勇を発揮し続けた。曹操の参謀・程昱(ていいく)は「関羽、張飛の勇猛さは、ひとりで1万の兵に匹敵する」と称えた(『張飛伝』)。その武名は敵国まで轟いたのだ。

 

パワハラ癖が治らずに身を亡ぼす・・・

 

 そんな張飛だが、劉備が蜀(しょく)の地を得てまもない西暦221年、部下に裏切られ、寝首をかかれるという悲劇的な最期を遂げた。張飛は日ごろから部下に厳しくあたり、失敗した者には容赦なく厳罰に処していた。要するに「パワハラ」上司であったため、よく劉備から「お前は部下を殺し過ぎる」と注意されていたのだが、短気な性格はついに治らなかったようである。

 

 だが、その死から時間が経つに連れ、中国での張飛人気は高まった。欠点も多いが、どこか憎めないところがあるからだろうか。劉備や関羽、諸葛亮などは「超」がつく真面目なキャラに設定されているせいか、「道化役」に選ばれた張飛は庶民の愛されキャラになった。『西遊記』の孫悟空や猪八戒のように、本場では講談や京劇に欠かせない存在になったのである。

 

 現代社会においては、乱暴者のパワハラ上司は嫌われる風潮もあって、張飛の人気はあまり高いとはいえない。諸葛亮、関羽、曹操、趙雲らに比べ、人気面ではもうひとつというか、一枚も二枚も落ちるように思える。しかし、三国志を語る上でその存在はなくてはならないほどだ。張飛なくして三国志なし、そう言い切ってしまえるほど存在感は大きい。

 

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上永哲矢うえなが てつや

歴史著述家・紀行作家。神奈川県出身。日本の歴史および「三国志」をはじめとする中国史の記事を多数手がけ、日本全国や中国各地や台湾の現地取材も精力的に行なう。著書に『三国志 その終わりと始まり』(三栄)、『戦国武将を癒やした温泉』(天夢人/山と渓谷社)、共著に『密教の聖地 高野山 その聖地に眠る偉人たち』(三栄)など。

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