ボタン1つで芝生を地下に格納…レアル・マドリードの新スタジアムが完成「脅威のエンジニアリング!」

  • 文:青葉やまと

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トレアル・マドリードの公式映像。Real Madrid-YouTube

スペインのサッカークラブ「レアル・マドリード」が9月、ホームであるサンティアゴ・ベルナベウ・スタジアムの改装を完了した。新たに設計された引き込み式のピッチを備えており、ボタン一つで芝生のコートが複数の細長い区画に分割。折り重なるようにして地下へと格納される。

芝生を格納することで、スタジアムをサッカー以外の競技やコンサートにも多用途に活用できる。サンティアゴ・ベルナベウはマドリードの中心部に位置するため、土地は高価だ。ピッチをスタジアムからスライドさせる設計は問題外だった。

さらに、スタジアムの地下には関係者用のトンネルが通っており、グラウンド全体を昇降させる地下スペースは確保できない。そこでスライドして分割収納する画期的な新スタジアムを着想。工期に2年以上を費やしたうえで完成した。

6本のパーツを組み合わせ、1枚に見せるグラウンド

イギリスの建設ビデオチャンネル「B1M」はYouTubeの動画を通じ、新スタジアムの機構が稼働する様子を取り上げている。冒頭で映されているのは、サッカー競技用に芝生で覆われた、通常通りのグラウンドだ。

一見して通常通り広大な平面が広がるグランドだが、幅数メートルほどの複数の帯状のパーツから構成されている。芝生の格納が始まると、グラウンドの最も端に位置していたパーツが分割し、グランド本体から離脱。昇降機構を通じて地中に降ろされていき、もとあった場所にはぽっかりと大きな帯状の穴が空いた状態となる。

残りのグラウンドの部分も、この深い縦穴に折り重なるようにして収納される仕組みだ。最初のパーツの収納が済むと、隣り合った区画も分割され、移動が始まる。各区画はわずかにせり上がったあと、水平に移動。縦穴の位置まで移動したあとは、ゆっくりと下に吸い込まれてゆく。

15分で芝生を格納完了

グラウンドは縦方向に6本の帯状に分割され、限りある縦穴の中にすべてが収容される。芝生のグランドすべてが撤収するまでに、わずか15分という早さだ。

パーツの水平に移動は、専用の牽引機によって実現している。最初の区画が垂直に降りたあと、穴の側方から12本の梁が伸び、ストライプ状に穴を覆う。その後、梁に沿って12台の牽引機が放たれる。梁の上を渡って穴を超え、ピッチ内へと向かっていく。この12台が、次に引き下ろすべきグラウンドのパーツと等間隔で連結。穴の方へと水平に引っぱってゆく。

こうしてパーツは穴の上に達し、12本の梁に全重量を乗せた状態となる。穴の中に控えるのは、等間隔で用意された昇降式の支持材だ。梁は水平に引き抜かれ、パーツの重量が支持材に引き継がれたあとは、スムーズに下降し収納されてゆく。縦穴のなかは照明で明るく保たれ、芝生をメンテナンスするための適切な環境が備わる。

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「世界一モダン!」早くも注目浴びる

新スタジアムは早くも、「世界で最もモダン」「マドリードの物理的な象徴」などの名声を得ている。レアル・マドリードのフロレンティーノ・ペレス会長は2011年のクラブ総会で、「我々の夢のスタジアムは世界最高のスタジアムにならなければならない」「普遍的なイメージを提供しなければならない」と高い理想を示していた。

同年、改修プロジェクトが正式に決定し、8年後に着工。今年9月についに完成の日の目を見た。米スポーツサイトの「アスレチック」は、10億ユーロ(約1580億円)を費やした巨大プロジェクトだと紹介している。

外観もユニークだ。ファサードのパネルには、金属味を帯びたホワイトの素材を採用。直線と曲線が融合した層状のデザインは、近未来的な美術館のようでさえある。

都市部のスタジアム特有の苦労とは?

設計に携わったL35社のトリスタン・ロペス=チチェリCEOは、至近距離から見られることの多いサンティアゴ・ベルナベウ・スタジアムならではの苦労があったと語る。

多くのスタジアムは開けた郊外に位置し、遠方や至近距離などさまざまな角度から外観を楽しむことができる。しかし、街中のサンティアゴ・ベルナベウ・スタジアムは常に1〜2ブロック先からしか見通せず、イメージが固定化されてしまう。

そこで、波打つような流線型のラインをモチーフに、見る角度によって違った印象を帯びるファサードを設計した。チチェリCEOは、「このデザインには4、5本のサイトラインがあり、それが動いて流動性を生み出しています。ベルナベウのファサードは、どの2メートルとて同じものはないのです」と、飽きの来ないデザインに自信を示す。

建築家もクラブのファンだった

プロジェクトを率いたのは、建築家であり、クラブの生粋のファンでもあるカルロス・ラメラ氏だ。スポーツサイトの「アスレチック」に対し、「スタジアムのコンセプトは根本的に変わりました」と語る。

幼少期にはチームを応援するためだけに両親に連れられこのスタジアムに足を運んだというラメラ氏だが、近年ではコンサートやほかのイベントにも対応し、毎日に近い水準で運用できる会場設計が求められたという。

多用途での活用や既存の地下トンネルの回避など、制限が多かったサンティアゴ・ベルナベウ・スタジアムのプロジェクト。その制限の多さこそが、画期的なスライド式の新発想を生んだようだ。

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グラウンドが6つに分割し、地中に吸い込まれてゆく。

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レアル・マドリードの公式映像。外観も非常に美しい。