公開日
OTV報道部

OTV報道部

沖縄署襲撃事件 「警察不祥事は隠蔽されていた?」 “記者”のジレンマ

画像:琉球新報社

石を投げつける者、照明を棒で叩き壊す者、騒ぎ立てる者。警察署前に集まった数百人の群衆。SNSで拡散された動画を見て、すぐに何が起きたか気がつきました。「きっとうちのニュースを見たんだ」。

2022年1月に起きた沖縄警察署襲撃事件は、沖縄県警による捜査が大詰めを迎えています。私たちは何かを誤ったのか―。そんな思いを抱えながら取材を続けています。

警察担当記者“サツタン”

沖縄テレビの警察担当は4人、同業者の間では「察担(サツタン)」といいます。担当は警察だけではなく司法(裁判所・検察)や海上保安庁の取材もカバーしていて、事件・事故に関する「何でも屋」です。

記者の取材活動といえばどのようなことをイメージするでしょうか。

事件現場にいち早く駆け付け、顔なじみの警部に捜査の見立てを聞き、規制線の前に立つ制服警官も軽い敬礼で記者に応じる、被害関係者から事件の真相に繋がるような事情を聴きとり生中継でスクープを放つ―など。テレビドラマなどで描かれることがありますが、実際はそうではありません。

捜査当局は事案の概要のみ公式発表するだけで、捜査状況など明かしません。また、被害関係者に関する情報の入手はどんどん難しくなっています。そして全ての情報を独占しているのが警察など捜査当局です。記者は捜査状況を知る幹部の自宅など“非公式な場”で情報を聞き出します。

第一報は単独事故

2022年1月27日夕方、沖縄県警による説明会(記者レクと呼ぶ)が開かれました。内容は同日未明に沖縄市で発生した“事故”について。17歳の少年が眼球破裂の大けがをしたというものでした。

発表では「暴走族を警戒中の警察官がオートバイに乗った少年を制止しようと接触、少年は走り去った」「少年は接触後に単独事故を起こし、右目の眼球破裂という大けがを負った」とありました。その時点で警察官の接触と少年のけがとの因果関係は不明という説明でした。

警察発表に曖昧な点が多いことから、取材を継続することを確認したうえで第一報は“単独事故で少年が重傷”という内容でした。

※当時のニュース原稿※
きょう未明、沖縄市の路上でオートバイに乗っていた高校生が、停車を求めた警察官を振り切って逃走し、その後、右目の眼球が破裂する大けがをしていたことがわかりました。
≪中略≫
男性警察官が、オートバイを運転していた17歳の男子高校生に職務質問をしようと停車を求めたところ、男子高校生は制止を振り切って逃走しました。その際、警察官とオートバイが接触し、警察官は右腕に軽いけがをしました。
一方、男子高校生は現場から逃走したおよそ4分後に、顔の痛みで自ら119番通報し、病院に運ばれ右目の周りの骨を折り眼球が破裂する重傷であることがわかりました。男子高校生は119番通報の際に「単独事故を起こした」と話していたということで、警察は男子高校生がけがをした経緯を詳しく調べています。

しかしこのとき、SNS上では「高校生が警察官に警棒で殴られた」という情報が拡散されていました。

ネット上の批判コメント

「警察官に殴られ失明」というショッキングな情報が出回るなか、警察発表に基づいたニュース。すぐさまネット上には「事実とは違うことが報道されている」との批判コメントが相次ぎました。沖縄警察署の襲撃が始まったのは放送から約1時間半後でした。

沖縄県警

少年と警察 食い違う証言

“警察署襲撃”は全国ニュースとなりました。その発端となった警察官と少年の接触について、警察は調査に乗り出したものの、現場には防犯カメラなど客観的な証拠はなく、捜査は早くも暗礁に乗り上げました。

少年側は「突然目の前に現れた警察官に警棒で殴られた」と主張したのに対し、接触した警察官は警棒を持っていたことは認めたものの「一瞬の事だった」と説明していたからです。「接触現場は暴走族が逃げる時によく使う裏道」「当該警察官は正義感が強く真面目な人」などという情報が飛び交い、「不幸な事故」という空気が強まっていたと思います。

幸いだったのは、被害少年の友人や親族がいち早く声を挙げていたことです。警察の対応に不満の声が高まる一方、少年に「自業自得」との批判も相次いでいました。少年の叔父は「17歳の少年の片目が無くなったことは事実、嘘偽りのない情報を流してほしい」と訴えました。

被害少年の親族

警察官を書類送検

2022年11月、沖縄県警は故意に少年と接触し大けがをさせたとして、接触した警察官を特別公務員暴行陵虐致傷罪の容疑で書類送検しました。

発生から約9か月、直接証拠がないなかで専門家の検証などを踏まえ、県警は立件に踏み切りました。注意義務を怠った「業務上過失致傷罪」と、暴行やけがをさせた際に適用される「特別公務員暴行陵虐致傷罪」の、どちらで立件するかが焦点でした。誤ってけがをさせたのか、故意の暴行でけがをさせたのかでは内容が大きく違います。

「再発防止と信頼回復に努める」県警幹部は少年の失明という結果を重く見たと繰り返しました。しかし警察内部では「現場の警察官だけの処分はトカゲの尻尾切りでしかない」との指摘もあります。

警察取材のジレンマ

ここまで事件を追ってきて思うことがあります。沖縄警察署襲撃事件がなくても、警察官による行為の違法性を追及できたのか―。恐らく難しかっただろうと思います。というよりも、できなかったというのが正しいかもしれません。

襲撃事件がなかったとして、少年や関係者から被害の訴えがあったらどうなっていたか、恐らく話を聞き県警に事実関係を聞きます。きっと警察はこう答えるでしょう。「裏付けが取れない」「当事者の話のみ」だと。それでも自分たちは取材を続けていただろうか、「そうだよな、仕方ないよな」となってしまわないだろうか。

“事件”の発生当時の第一報を振り返れば、不正確な部分が多くありました。もしかすると警察は説明会の時点で事件性に気づいていたのではないか、SNSで飛び交う警察批判を見ながら、記者の反応を探っていたのではないか。だとすれば、警察発表の疑問点を追及できなかった記者の側にこそ問題があったのかもしれません。

記者と捜査当局との間に潜む問題点について識者に話を聞きました。

「警察が当事者の報道とは メディアと捜査当局の距離」

談:山田健太 専修大教授(言論法)

「一般的に事件・事故の初報は警察あるいは消防という公的な機関にならざるを得ない。今回、沖縄テレビの初報は視聴者に誤ったメッセージを与えてしまう意味では“狭義の誤報”といえる。

一方で初報は警察や消防といった公的機関に頼らざるを得ず、ファクトの偏在があることは理解しておかなければならない。100%正しくないかもしれないということと、意図的に情報を曲げることは全く違う。その違いをきちんと説明していくことが情報リテラシーというものだろう。

報道機関が得た情報をいち早く出すというのは正しいが、今回の事件のポイントは警察が当事者だということ。報道機関は警察組織が身内に甘い、または情報隠ぺいをしてきたことを経験上知っている。その可能性を考えれば今回の初報について検証は必要。

沖縄署での『暴動』がその後、警察に対するプレッシャーになったことは間違いないと思うが、それが真実追及に繋がったかどうかについては私自身結論を持ちえない。被害関係者がいち早く声を挙げたことからすれば、そちら側に軸足を置いて続報を出し続けるということを今後の教訓として活かすべきだ。

誤った印象を与えた報道というものは“小さな事件・事故”で起きやすい。だからこそ継続的に続報を出す為に現場に行く。当事者の声を聴くかどうかが最善を尽くす報道といえるかどうかだと思う。」

何を信じるべきか 警察と報道と被害者

沖縄警察署襲撃が事件捜査に大きな影響を与えたことは否定できません。それでも襲撃事件そのものを肯定することはできません。事件で深く傷ついたのは、他ならぬ被害少年だからです。

ネット上に拡散した襲撃の画像や動画を引用して少年の誹謗中傷も相次ぎました。少年は「襲撃を望んだわけではなかった」とコメントしていますし、警察発表に不満を募らせ“2回目の襲撃”予告が出た際には、少年や友人らが止めるよう呼びかけました。暴力は暴力を呼び、傷つく人が増えるだけです。

被害少年の代理人

沖縄県警が事件送致を発表した8日後、被害少年の代理人弁護士が会見を開きました。

川津知大弁護士
「沖縄県警の説明は少年の一貫した主張を認めず、あたかも少年に非があるかのような内容が含まれており、全く納得できません」

高校生は発生当初から「突然現れた警察官に棒のようなもので殴られた」と主張していますが、県警が「制止を求めたが止まらなかった為」と報道各社に説明していることに少年はショックを受けているといいます。「息子のいっていることに誠実に目を向けてほしい」少年の母のコメントは警察だけでなく、私たち報道する側にも向けられたものだと感じました。

事件送致の発表の際、警察は「向かってきたオートバイが」と説明しています。オートバイが「向かってきた」との表現はまさに警察官の視点であり、そこに“身内意識”が潜んでいることを認識しなければなりません。

“問い”は続く

沖縄県警は2022年12月8日、沖縄警察署に投石したなどの疑いで、複数の少年らを書類送検する方針を固めました。私たちの取材競争は続いています。正しい報道によって警察襲撃は防げたのか、何が“正しい”のか―。答えはまだ見つかっていません。「犯罪は社会を映し出す鏡」ともいわれます。沖縄で起きる事件事故の取材を通して、私たち記者が報じるべきものは何かという問いに向き合い続けようと思います。

仲宗根琢人 2019年入社 沖縄県警・司法担当キャップ
延総史 2021年入社 沖縄県警・司法担当サブキャップ

あわせて読みたい記事

HY 366日が月9ドラマに…

あなたへおすすめ!