【特集】激変 商店街
「この騒ぎ声、聞こえますか。眠れないんですよ」
5日、午前3時。那覇市の平和通り商店街の建物3階に住む男性(67)から記者に電話があった。
「騒音がひどいときは、何時でもいいので電話してほしい」と事前に伝えていた。すぐに現場へ向かう。
小雨が降る未明の国際通り。飲食店が入るビルの煌々(こうこう)とした明かりが、ぬれた路面を照らす。通りには連れだって歩く若者たち。平和通りのアーケードに入ると、湿気と汗っぽい独特の匂いが滞留していた。
男性宅の向かいには1年半ほど前、午前5時まで営業するカラオケ酒場がオープンした。
■睡眠を妨げる酔客の大声
店内は防音仕様が施されているものの、店の前でたむろする酔客の大声に睡眠を妨げられてきた。
「毎週末のように警察に通報している。でも警察は客をその場から帰すだけ。次の日には同じことが繰り返される」。生まれ育った商店街で、今までになかった悩みに直面している。
平和通り商店街には約20世帯が住む。ここ数年で安く酒を提供する飲食店が急増し、朝方まで営業する店も出始めた。
那覇署には、路上での口論やけんかなどの通報も増えているという。4日未明には牧志の「パラソル通り」で男2人組による強盗致傷事件が発生した。
午前3時45分、くだんのカラオケ酒場から若い男女6人が酩酊(めいてい)状態で出てきた。大声がアーケードに響く。集団は国際通り方面へ消えていった。
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那覇の中心商店街で大衆酒場などの飲食店が増え、治安悪化や騒音、悪臭などの課題が浮上している。様変わりする商店街を取材した。(社会部・城間陽介)
■トイレなし 悪臭に苦情
平和通り周辺は、都市計画法で商業地域に区分されている。ただ、アーケード街の2~3階は住居も多く、すぐ裏手には住宅が広がる。
「小学生の孫と住む住人が昨年、引っ越した。臭いし治安も良くないからと」
新栄通商店街(サンライズなは)振興組合の関係者が、こう打ち明けた。商店街沿いに50世帯以上が暮らし、住民から組合へ度々、苦情が寄せられる。「苦情元を特定されるのを恐れ、店舗に直接言えない事情がある」からだ。
取材中、いすとテーブルを路上に出す屋台形式の店舗で、年配の男性が席を立ったと思うと路地裏に消えて戻ってきた。この飲食店にはトイレがない。なぜ開業が認められるのだろうか。
県の食品衛生法施行条例施設基準には「従業者の数に応じた数の便所を有し」とあり、従業員が使うトイレの確保が条件だ。ただ、盲点がある。
那覇市保健所によると、店舗内になくても近隣店や周辺の公衆トイレで確保できれば認められるのだ。
店主は最寄りのコンビニで用を足すよう客に促すが、酔って従わない人が散見される。「大家にトイレ設置を求めたが『難しい』と断られた。近隣の店舗にトイレ確保を求めているが、難航している」と頭を抱える。
■散歩や通学路 避ける例も
商店街は以前、衣類や食品、日用雑貨を扱う物販店が主で、飲食は食堂や喫茶店が多かった。「小学校の頃は商店街が通学路で、店のおばちゃんたちに良くしてもらって育った。人情味ある雰囲気が好きだった」。新栄通商店街振興組合の渡嘉敷高代表(46)は振り返る。
大型ショッピングセンターが人気を集め、店主も高齢化して後継者不足で空き店舗が増えた。5~6年ほど前から大衆酒場が次々と軒を並べ始めた。
渡嘉敷代表は「商店街ににぎわいを取り戻したいが、飲み屋街で治安悪化となれば別の問題」と複雑な表情を浮かべる。
保育園児の散歩コースでもあったが、園は一部の酔客による園児への声かけを気にして取りやめた。「客に悪気はないかもしれないが、ショックだった」と渡嘉敷代表。近隣の小学校も児童に商店街を通らないよう促しているという。
■騒音条例を求める声
5月25日。那覇市、那覇署を交えた意見交換会で商店街側から、騒音を取り締まる条例を求める声が上がった。
第一牧志公設市場の粟国智光組合長は「商店街だけで対応するのはもう限界」。中心商店街連合会の上原正敏会長は「問題となっている店舗は数軒。ごく一部のために条例まで作るのは本来おかしな話」と話し合いの必要性を説く。
商店街側の指摘を受け、飲食店でつくる組合側からもトイレの設置は必須とする声が上がり始めている。
■集客力と安い家賃 酒場急増の背景
平和通りなど、那覇市の中心商店街に大衆酒場が増えだしたのは2015~16年ごろだ。商店街飲食店でつくる「なはまちなか飲食業組合」によると、現在200近い飲食店がこのエリアにあるという。
「国際通り界わいは飲食業界でブランドにもなっている。集客しやすく、客単価も良いです」
商店街で8店舗を経営する飲食店オーナーの30代男性が語る。以前、与儀で営んでいた居酒屋の客単価は2千円前後。より良い収益を見込んで10年前に国際通りへ移転し、4年前に中心商店街第1号をオープンした。客単価は3千~4千円と、与儀の店から2倍近く伸びたという。
■住人の存在、初めて知った
ただ、アーケード街に住人がいると知ったのは開店後しばらくたってから。「住民から苦情を受けて初めて知った」と話す。
男性の開店とほぼ同時期に、県内外の飲食店が次々と商店街に入ってきた。「県外の店は、都市圏で一定成功して『沖縄でもやりたい』というケースが多かった」
商店街での飲食店経営は安い家賃もメリットの一つ。国際通りに近いエリアは店舗1区画およそ毎月80万~100万円だが、アーケードの奥に進むと10万~20万円にまで下がるという。
「ある家主は飲食店には貸さない方針だったが、借り手が見つからず、結局、飲食店を許した。これが今の街の事情だと思う」。空き店舗への問い合わせは今も多く、男性は今後さらに飲食店が増えると予想した。
■商店街で気まずい思い
連日、住民から苦情を受けている飲食店もある。経営者の30代男性は、「騒音で1日5回通報されたこともある。商店街で買い物をする時、『どこで何やってるの』と聞かれると気まずい」と告白する。
男性ら飲食店オーナーが加盟するなはまちなか飲食業組合は、公衆トイレ1カ所を管理し、午前0時まで開けるが立ち小便する客が後を絶たない。組合は各店舗でトイレを確保し、できなければ営業を認めないといったルール作りも検討したいという。
「僕らは地元商店街の人と同じテーブルについて話し合いがしたい。それが難しければ自治体が間に入って場を設けてほしい」と希望する。
中心商店街連合会の上原正敏会長は、この地域で長く精肉店を営んできた。「商店街でもさまざまな意見がある」と前置きした上で、「問題となっているのは一部の店舗で、飲み屋そのものは否定しない。モラルを守って営業してほしい。行政も交え議論したい」と応じた。
■まちづくり 対話が大切 問題解決の糸口
大衆酒場の急増に伴い、平和通り周辺の中心商店街で生じた生活環境問題は大きく分けて二つある。まずトイレの不足、そして一部の深夜営業店舗とマナーの悪い酔客による騒音だ。改善するには、商店街の成り立ちや現在の店舗管理の現状を踏まえる必要がある。
那覇市都市計画課によると、中心商店街エリアが都市計画法に基づく「商業地域」に指定されたのは1950年代後半。その頃すでに住職近接の市場が形成され、マチグヮー文化を育む素地となった。
■家主の多くは地元に不在
市中心商店街連合会によると、現在の商店街の店舗を所有する家主の多くは地元を離れているという。県外にいたり、店舗管理を不動産会社に一任したりしていることも珍しくない。
連合会の上原正敏会長は「賃貸契約時に不動産会社が借り主にどういう説明をしているのか分からない」と話し、ある飲食オーナーも「苦情を受けるまで商店街に人が住んでいるとは知らなかった」と打ち明けた。平和通りには今も20世帯が住む。
まちづくりや都市問題に詳しい琉球大工学部の小野尋子教授は、商業地域は建築用途を制限しないというのが基本的な趣旨で、「商業エリアだから騒音が許されるわけではない」と説明する。
その上で、トイレ不足問題は、公衆トイレの増設や利用時間の延長など官民の連携で解消することを提言。深夜営業に伴う騒音問題は「旧来の商店街組合と新しく入居した飲食店、住民でまちづくりの在り方を話し合うことが大切」と、地域の合意形成を求める。
■成功事例に共通すること
中小企業庁は全国の商店街づくりの成功事例を公開している。共通するのは商店街と地域住民のビジョンの共有、意見を集約し実行に移す主体の存在だ。まちづくり会社を立ち上げているところも多い。
新潟市の「沼垂(ぬったり)テラス商店街」は、ショッピングモールの進出や店主の高齢化でシャッター街となっていた。父親の代から小料理店を続ける田村寛さん(51)は商店街全体のコンセプトを明確にしようと、約10年前に株式会社「テラスオフィス」を設立し、商店街の長屋を全て買い取った。
「ここでしか出会えない人、モノ、空間」を掲げて入居希望者を募り、ふさわしい店舗を選ぶことで調和の取れた商店街づくりができたという。「飲食店を含め、入居店舗にはマナー順守や営業形態を確認している。これまで目立った問題は発生していない」
市中心商店街をどういう形にしていきたいのか。関係者が同じテーブルについて将来像を語り合うことから、問題解決の糸口が見えてくる。