歌手、俳優、アイドル、スポーツ選手‥。1971年にデビューした南沙織さんに始まり、復帰後50年間で、多くの沖縄発のスターが生まれました。ほとんどがテレビを舞台に全国区へ成長していきましたが、今、新たなきらめきはYouTubeから飛び出しています!チャンネル登録118万人超えの人気を誇る県産YouTuber「ハイサイ探偵団」。4,700あまりの投稿動画の中から、彼らの選りすぐりの冒険を紹介しつつ、ハイサイ探偵団〝沼〟の秘密に迫ります!

■始まりはガラケー動画

 ガラケーで15秒動画を撮って、友達同士で面白がっていた高校生。それが、大人気YouTuber「ハイサイ探偵団」の始まりだった。動画を撮るのは、仲間同士の思い出作りと、その思い出をメモ代わりに記録するため。時代の流れの中で、自然に動画サイトへ投稿するようになった。

 

 当初3人だったメンバーは、友達同士のつながりなどで増え、2022年現在、「専属」としてYouTubeだけで生活するメンバーは、編集担当者も合わせて15人。仕事を持ちながら休日などに撮影に参加するメンバーを入れると20人ほどだ。月およそ65本、1日3本以上の動画作りを分業でこなす。メンバーは各自SNSなどからネタを探し、共有しているアプリに随時書き込む。月2回ペースの会議で実際の企画にまとめていくという。

 動画は「はいさーい!」という元気なあいさつから始まる。沖縄をアピールしたくて、沖縄の言葉で知名度が高い「ハイサイ」という言葉を使いたかったのと、依頼者からのメールでさまざまな悩みを解決するテレビ番組のタイトルを組み合わせて「ハイサイ探偵団」という名前を決めた。

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■コメント欄が教科書

 リスナー(視聴者)に育てられてきた。リーダーのひっちゃんさんは「どれだけ動画が再生されても1円も入ってこないころも、コメント欄のコメントでモチベーションを維持していた。コメント欄が教科書みたいなところがある」と話す。

 

 もともと地元愛が強い彼らだが、足元の宝に気づかせてくれたのもコメント欄だった。初期のころ、有名YouTuberとのコラボの流れで、県外で撮影していたことがあった。すると、沖縄のきれいな海が見たい、沖縄で活動しているのが面白かった、釣りもやってほしいというコメントが多くついたという。そこで、釣りが得意なつーばーさんが加入。今や釣りはハイサイ探偵団を代表するコンテンツになった。

 批判コメントも「今後気をつけていこう」と糧にしてきた。悪いと思ったら「すぐに謝罪。素直に謝る」(よったけさん)。リスナーに恩返ししたい思いは強い。バンバンさんは「(見てくれている人にとって)親友みたいな、一緒に楽しめるような存在になりたい」と話す。

沖縄のためになりたい

 近年は地域貢献にも力を入れている。コロナ下で消費が落ち込んだ県特産のアグー豚肉261キロ分を購入して県内の子ども食堂へ送ったり、リスナーに呼び掛けて県内沿岸に漂着した軽石の除去作業をしたことも。

 YouTuberの影響力を自覚しつつ、いい知名度の使い方をしていきたいと考えている。「発信してみんなが動いてくれることで、自分たちの力プラス見てくれる人の力で、何か少しでも解決になればと思う。何かがあればできることで助けてあげられるヒーローになりたい」(ひっちゃんさん)、「沖縄の力になりたい」(336さん)と思いを語る。

 

オジィになるまでやる

 2012年にYouTubeにチャンネルを開設し、10年目の節目を迎えたが、動画が「思い出作りと思い出の記録」という根っこは変わらない。「何よりも自分たちが楽しくないと楽しい動画は撮れない。そこは崩したくない」(ひっちゃんさん)。今後の夢は「ハイサイ村」。水車やトロッコを作ったり、牧場で家畜を飼ったり、自給自足ができるぐらいの場所をイメージしているという。

 この先10年、20年、どうなっていくと思うか聞いてみた。「何年やりたいとか考えたことない。体が動くまではやるんじゃないですかね」(ひっちゃんさん)、「孫におじいちゃん止めて、と言われるまで?」(336さん)。

 自然体で飾らない、明るい笑い声につられてこちらも笑ってしまった。放課後に友達とたわいない話で盛り上がっていたころの自分を振り返るような、懐かしくて温かい感じ。そんな気持ちにさせてくれるところも、きっと彼らの魅力に違いない。