那覇市内の認知症カフェで演奏する進さん。自前のアコーディオンを約年使い続けている=同市首里石嶺町・エステルクリニック
那覇市内の認知症カフェで演奏する進さん。自前のアコーディオンを約年使い続けている=同市首里石嶺町・エステルクリニック

「音楽だけは忘れない」 苦悩と向き合い日々前進【銀髪の時代】

2017年2月13日 18:30
社会・くらし

【連載・銀髪の時代 「老い」を生きる】 

 「安谷屋さん、お願いします」。1月13日昼、那覇市首里桃原町にあるソーシャルハウス「あごら」の認知症カフェで、同市の安谷屋進さん(78)に職員から声が掛かった。

 定年退職まで約40年間、県内の小学校で教べんを執り、校長まで務めた安谷屋さん。足元のバッグから愛用のアコーディオンを取り出すと、ひもを両肩に通し、楽譜をつづった黄色いファイルを譜面台に置いて準備する。

 その間、妻昭子さん(77)は昭和の歌謡曲や童謡などが入った歌集を一人ずつ配り、リクエストを受け付ける。「何番?」と尋ねる進さんに、昭子さんはリクエスト番号が書かれたメモを手に、ファイルをめくって楽譜を探し出す。進さんは確認すると、アコーディオンの蛇腹を伸び縮みさせ、勢いよく音を紡ぎ出した。

 「もっと大きな声でー、はいっ!」。伴奏に合わせて皆が歌い出すと、声高に促し、手本を見せるように大きく口を開けて歌う。軽快な音色で、この日は「ふるさと」や「りんごの歌」など6曲を弾き切った。

 “出番”を終えた進さんは「リクエストももらってね、いつも楽しいよ」とにっこり。アルツハイマー型認知症と診断され、今年の夏で6年。「音楽だけはずっと忘れないと思う」と誇らしげだ。

 楽器の演奏は完璧にこなしても、物忘れは徐々に進行しているという。「頭の中がどんどん大変なことになって、記憶力がダウンしている」。そう頭を抱えながら、認知症と向き合い、葛藤の日々を過ごしている。

 部屋に保管している資料の置き場所が分からなくなり、最近は探している数分の間に「途中で『何をしていたっけなー』となる。体が動いている間に、すーっと何かが頭の中から消えていく感じ」だという。地名や場所も、名前を聞いただけでは頭に浮かばない。新聞記事を一つ読むのに10分以上かかり、何度も読み戻らないといけない。

 月に1度、同級生が集まる模合に参加した帰り、昭子さんに「会話の流れに付いていけない」と不機嫌にもらすこともある。「話の8割は分かるが、2割は理解できない」「なぜ皆が笑っているのかが、分からないときがある」からだ。うなだれる進さんの姿を見るたび、昭子さんの胸も痛む。「つらいことよね」と言葉をかけ、温かいお茶を出す。

 進さんは「言葉とか語彙(ごい)がね、全然頭に出てこない。それで黙ってしまって、無口になってるのが自分でも分かる。すごく悩むよ」と視線を落とす一方で、心を奮い立たせる。「落ち込むこともあるけど、全く何もできないわけじゃない。自分にできることはやり続けて、少しでも進行を遅らせたい」(「銀髪の時代」取材班・新垣卓也)

(写真説明)那覇市内の認知症カフェで演奏する進さん。自前のアコーディオンを約20年使い続けている=同市首里石嶺町・エステルクリニック

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