今の2・5倍となる売上高1億円を目指すタクソウ保険の与那嶺貴明代表
今の2・5倍となる売上高1億円を目指すタクソウ保険の与那嶺貴明代表

 沖縄県那覇市にあるタクソウ保険は、社員7人、年間の売り上げ4千万円の保険代理店。与那嶺貴明代表(33歳)の父親が創業し、地域からは「タクソウさん」と親しまれてきた。与那嶺さんの姉2人も役員を務め、良くも悪くも家庭的な雰囲気の会社だったが、一人の社員の退職をきっかけに、変革に踏み出す。家族経営からの脱却で見えてきたのは、今の2・5倍となる売上高1億円の実現と、激動の保険代理店業界で成長する戦略だった。

 2021年11月、タクソウ保険の事務所で、与那嶺さんは呆然としていた。
 営業職の社員が、入社からたった9カ月で退職した。無断欠勤が目立つようになり、辞める間際には電話もつながらなくなった。

 「なんてだらしのない人なんだ」。だんだん怒りがこみ上げてくる。
 当時のタクソウ保険は、与那嶺さんきょうだい3人にパートの事務員の合計4人が働く小さな会社。正社員を雇うのには、そうとうな勇気がいった。人件費が大きな支出になるということだけではない。

変革に取り組み、新しい社員たちと成長を目指す与那嶺さん(中央)
変革に取り組み、新しい社員たちと成長を目指す与那嶺さん(中央)

 少ない人数なので社員の能力が、会社の業績に大きく影響する。能力を引き出し、きちんと育てなくては。社内の人間関係も円滑にいってほしい。採用前から気を遣い、入社してからもかなり面倒を見ていたつもりだった。
 それだけに与那嶺さんのショックは大きく、やるせなさまでも募っていく。
 意気消沈の日々を送っていたが、ある時、ふと我に返った。
 「彼だけの責任だろうか」

 コミュニケーションはうまく取れていたはずだが、社員の立場からするとどうだろう。週1回のミーティングで、営業先の訪問件数など日々の行動を確認し、相談にも乗っていた。しかし、明確な数値目標はない。報告を受けても「頑張ってるね」「ちょっと少ないかな」とあいまいな回答しかできなかった。ちゃんと実行したのか確認もしなかった。
 家族経営の緩さが原因かも―。
 振り返ってみれば、思い当たる節はいくつも出てきた。就業規則などの社内ルールもないし、採用基準も人事評価制度もない。「こういう状況では社員は何が正解か分からなくなるだろう」との考えに至った。
 「経営者として力不足だった」。与那嶺さんは真剣な面持ちで当時を振り返った。

 保険代理店業界は、少子化による市場縮小、インターネット販売の浸透、「ほけんの窓口」といった大型ブランドの台頭などで、淘汰が進んでいる。全国の保険代理店数は一貫して減り続け、損害保険では2022年度は9年前に比べて約20%も減少した。
 タクソウ保険の社員採用は、激動の業界を生き抜くための決断だったが、もろくも崩れた。
 「足元から見直す必要がある」

社内体制の整備と同時に作った経営理念「思いやり連鎖の出発点であり続ける」
社内体制の整備と同時に作った経営理念「思いやり連鎖の出発点であり続ける」

 与那嶺さんは社内の体制整備に乗り出す。「生き残りをかけて本気で変わるべきだ」と外部のコンサルタントを頼った。
 まず見直したのが目標の設定だ。

 既存客へ新しい保険を提案する「声かけ」、企業に電話で面談を取り付ける「テレアポ」など、日々の営業活動に細かく数値目標を設けた。年度末に達成すべき売上高から逆算し、年間の目標件数を設定。それを12カ月で割り、さらに4週で割ると、1週間でやるべき行動が具体化される。
 その数字を元に週1回ミーティングを開く。
 与那嶺さんは「自分たちの立ち位置が明確になった。ミーティングもなあなあで終わるのではなく、先週の行動を振り返り、今週にすべきことを全社員で確認する場になった」。
 うまく導入できたポイントは「目標を個人に割り当てないこと」。

 

 1人の責任に矮小化せず、チーム全体の目標として掲げたことで、互いに補い合う体制ができた。
 そのおかげで「見違えるほどの成果」が出ているという。新しい目標設定から半年もたたないが、本年度の売上高は前年比25%増の5千万円を超える見込みだ。
 次は、人事評価制度に着手した。

 1から8までの等級を設け、基本給に反映させる。子育て世代や60歳以上のシニア向けも作成し、多様な働き方にも応える。
 あるべき将来像に向けた5年間の事業計画も策定。そのために必要な人材の採用基準も設けた。その過程で採用も実施し、社員は7人まで増えた。
 事業計画では、2025年度に売上高1億円の目標を掲げる。2023年度実績の2・5倍だ。
 難しいのでは?

 与那嶺さんは「足元の基盤を固めたことで、社員と目標を共有し、実績も出ている。必ず達成する」と意気込む。
 野心的な目標がもう1つ。取り扱う保険の契約数を現在の2千件から、2026年度には5倍の1万件まで増やす。
 「ここまでの規模を短期間で実現するには、M&A(企業の合併・買収)が必要になってくる。今回の基盤整備でM&Aを実行する体制も整った。これも可能な目標だ」と自信を見せた。
 契約件数1万件の規模になれば、事業の多角化にも有利になる。

神里佳孝さん(左)は「営業の要」と語る与那嶺代表
神里佳孝さん(左)は「営業の要」と語る与那嶺代表

 保険代理店は、レンタカー会社や自動車整備工場、リフォーム会社などが兼業している場合が多い。本業の顧客に保険を紹介できるメリットがあるからだ。
 与那嶺さんは、契約数1万件の規模になれば、逆のパターンも可能になると見る。「今の規模では紹介できる顧客が少なく、異業種の事業は成り立たないが、ある程度まで拡大すれば可能性が高まる」。将来的には、そういった企業のM&Aも狙っていきたいとする。
 社内体制の整備という足元を見直したことで、将来まで展望できるようになったタクソウ保険。与那嶺さんは「事業計画や人事評価制度などの策定は、地味で遠回りにも思えたが、体制が整ったことで、可能性が一気に広がった。今は毎日が楽しい」と目を輝かせた。
 タクソウ保険が取り入れた研修は「リデプロ」と呼ばれる。

 

 各社の経営状況に応じてカスタマイズできるのが特徴。タクソウ保険は経営分析を経て、組織基盤の整備を優先課題に上げた。それに従って専門家と共に研修内容を決めていった。自社の経営分析から、戦略の設計と実施までを専門家がサポートし、企業の稼ぐ力向上につなげる。2022年度から始まり、これまでに10社が採択された。

 リデプロは、自社の経営状況の分析と課題の抽出を行い、企業の利益を出みだすためのBusiness(経営・事業・組織の仕組み)をRedesign(見直し・再設計)し実践する研修プログラムだ。自社の課題解決に向けた人材育成計画書を経営者が作成し、その計画に合わせて、専門家を自社で選定し、研修内容をカスタマイズすることができる。
 詳細は特設サイトからご確認ください。⇒ https://redeoki.com/

問い合わせは、(公財)沖縄県産業振興公社リデプロ事務局
TEL:098-859-6236 メール:k-jinzai@okinawa-ric.or.jp
受付時間:9:00~17:00(12:00~13:00 及び土日祝を除く)
 「リデプロ」の正式名称は「県内企業『稼ぐ力』強化人材育成事業」。同公社が沖縄県から受託し運営している。