もう一つの挑戦(3)定時制 どっこい、回り道人生
不登校、中退、家庭の困窮…。定時制高校には、さまざまな事情を抱え「新たな春」を迎えようとする人たちがいる。
3学期の始業式を迎えた1月8日夕。福岡県柳川市にある県立伝習館高校を訪ねた。制服姿の全日制の生徒が去った校舎に、また始業チャイムが響く。17~45歳の生徒16人が通う。
最年長の塩崎恵美さん(45)=同県大牟田市=は通信制の大学を目指す。「女子高生って言っても、中年ですけどね」
茨城県出身の塩崎さんは、地元の県立高校を中退した。親との確執が原因で家を飛び出したという。東京の飲食店などで働きながら生計を立て、結婚後は2人の娘を育てた。
東日本大震災があった2011年、家族の事情も重なり、夫の郷里である大牟田市に移り住んだ。1カ月半もするとストレスから15キロ太り、ふさぎ込んだ。大学生の娘から「高校に通ってみたら」と背中を押され、定時制に通うようになった。
毎日は慌ただしい。昼間は夫の自営業を手伝い、この高校で午後5時半~9時、4時限の授業を受ける。5教科に加え、簿記、パソコン、書道も。自宅に帰ると、家事に追われる。
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そんな塩崎さんに「同級生」はどう見えているのか。
全日制から編入してきた女子生徒(18)は看護師を目指していた。塩崎さんは「すてきな夢だから頑張って」と励ましたが、本人の「やる気スイッチ」は入らず、親の理解を得ることもできなかった。最終的には民間企業への就職を決めた。
生徒会長を務めた3年の辻尚志さん(29)は中学卒業後、競馬の騎手を目指したが、夢はかなわず。アルバイトをしながら、定時制に通った。通信制でも単位を取り、この春、地場企業に就職する。「自分の将来について、考える時間があった。いろんな生き方を学んだ」と言う。
あこがれを胸にフィリピンから来日した人、ボーナスがもらえる正社員が夢という青年、母子家庭で育ち、働きながら学費を納めた子、地元で漁師を目指す男子生徒…。
それぞれが「学び直し」を求め、自身の生き方を見つめ直そうとしている。「定時制の子は幅広い。ここでは一人一人に寄り添った指導が求められる」。久保政則校長はそう話す。
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どんな回り道も必ず、人生の糧になる-。塩崎さんはそう考えている。
最初は三角関数のサイン、コサインなんてちっとも分からなかったが、学校を1日も休まず、いまは新たな夢も見つけた。心理カウンセラーを目指し、大学では心理学を学びたいという。
自身の「18歳」を思い返す。高校中退のコンプレックスを抱え、もんもんとした日々。今の子どもたちはどうだろう。
「とにかく金が欲しいとか、バイトが疲れたとか、いつも誰かのせいにして、社会に甘えてはいない? 私と同じ思いをさせたくない。青春のやり直しはできないんだから」
いろんな成長カーブがある。
卒業を前に「希望への轍(わだち)」と題した作文を書いた。
〈長い暗闇のトンネルの中に、一筋の光がさしてきた…〉
〈私は『頑張っている』と言ったことがない。厳格な父から『道を外したおまえが、頑張っているとは言ってはいけない』と言われてきたからだ〉
〈卒業を前に、今までひとごとだと思っていた進路を見いだすことができた。悩み、模索しながらようやくトンネルの先が見えてきた。希望を達成したとき、初めて自分に頑張ったと言ってみたい〉
24、26歳になった2人の娘から先日、こう言われた。
「お母さん、育ててくれてありがとう。お母さんは私たちの誇りだから」
■定時制 夜間の高校で学ぶ定時制は戦後、働きながら学ぶ生徒の受け皿だったが、最近では中学校卒業までに不登校を経験した者や、高校中途退学者などが多く通う学び直しの場となっている。文部科学省によると、定時制は1955年には3千校を超えていたが、2012年には681校に減少し、生徒数も54万人から11万人に減った。リポート提出、添削指導などで単位を取得する通信制は2000年代から急増し、現在は200校を超え、計19万人が通っている。
全国高等学校定時制通信制教育振興会によると、入学の動機は「卒業資格が必要」が最も高く、定時制は3割、通信制では4割超を占めている。
一方、卒業後の進路について、伝習館高校の過去5年間では、アルバイトや家事手伝いが最も多く19人。次いで就職18人、進学(短大、通信制を含む)は9人だった。
=2016/02/21付 西日本新聞朝刊=