多方面で制度化の進む日フィリピン協力:安保だけでなく経済、社会開発部門でも着実な成果

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日本政府がフィリピンに沿岸監視レーダーの供与を決めるなど、中国の存在を意識した日比の安全保障協力が大きく進展しつつある。筆者は、日比関係強化の背景として、経済・社会開発の分野における双方の実務家レベルの協力の積み重ねに注目する。

2023年は、日比関係の強化が急速に進んだようにみえる。特に、米国の肩越しに見れば、フェルディナンド・マルコス大統領の誕生と彼の対米接近が、日比関係の強化につながったという印象を深めるだろう。相次ぐ米国要人のフィリピン訪問、比米防衛協力強化協定(EDCA)に基づくフィリピン国内拠点の新たな米軍への開放などに見られるように、比米関係の強化は確かに顕著な流れとなっている(※1)。こうした点を踏まえた上で、日米比の安全保障担当大統領補佐官(日本は国家安全保障局長)が東京で初会合を開いたことを考えると、米比関係の改善と日比関係の強化は一つの流れのようにみえる。

一方、米国の肩から降りて日比関係を正視してみると、21世紀の日比関係は、経済、安全保障と社会開発のそれぞれの分野で制度化が進んできたことがわかる。例えば、二国間の経済関係を支えるのは、日比経済協力協定(JPEPA)である。フィリピンから見た場合、JPEPAは未だに唯一の二国間経済協定であり、日比関係の重要性がよく分かる。反米感情をむき出しにし、「麻薬戦争」をはじめとして国内で法の支配の後退を招いたロドリゴ・ドゥテルテ大統領(2016~22年)の時代ですら、さまざまな分野で日比協力の動きは加速した。

フィリピンにとって、中国や米国との関係は、しばしば国内政治と絡み合って複雑化する。それに対し、日本との関係は順調に発展してきた。このことは、フィリピン政治でしばしばいわれるフィリピン政府の制度的な脆弱性を強調する立場からすれば、一つの疑問とさえいえる。本稿では、日比関係の充実を支える制度的な基盤に注目してみたい。そうすることで、日本側の制度作りと共振するように、フィリピン側でも特定分野の制度化が進んでいることが分かる。換言すれば、日比関係の強化は、フィリピン国家の行政能力の強化と歩調を合わせて進んできたと考える。以下、経済、安全保障と社会開発の三つの分野について考えてみる。

経済協力の制度化

現在まで続く日比の経済協力を支える制度として、JPEPAに加え、日本の首相官邸とフィリピンの経済閣僚の間で日比経済協力インフラ合同委員会が設置されていることが興味深い。2017年3月、同年1月の安倍晋三首相のフィリピン訪問後のフォローアップとして、第一回の日比経済協力インフラ合同委員会が東京で開催された。日本側は首相補佐官、フィリピン側は財務大臣と国家経済開発庁長官が出席した。合意事項は、①「違法薬物使用者治療強化計画」を通じてフィリピン保健省の能力強化を目指すこと、②「[ミンダナオ西部の]バンサモロ地域配電網機材整備計画」を通じた同地域のインフラ開発を目指すこと―などである。いずれも、ミンダナオを地盤とし、麻薬問題に執着していたドゥテルテ大統領の関心事項に沿うものであり、官邸主導で経済協力を設計する意図が読み取れる。

同委員会はその後も活動を続けており、23年8月、通算で第14回目となる委員会が東京で開催された。初回と同じく日本側から首相補佐官、フィリピン側から財務大臣と国家経済開発長官が出席した。報道発表によれば、鉄道を含むインフラ整備、海上保安能力及びミンダナオ和平プロセスなどにおける協力案件の進捗を確認し、さらなる関係強化が図られたという(※2)

この会合の性格を考える時、共同議長が、日本側は首相補佐官、フィリピン側は財務大臣となっているところが興味深い。日本側を、外務省や国際協力機構(JICA)ではなく、首相補佐官が代表しているように、フィリピン側も、対外的な援助受け入れの窓口となる国家経済開発庁ではなく、政権全体の経済政策を取りまとめる財務大臣が代表する形となっている。日比経済協力インフラ合同委員会は、経済協力を、開発協力の実施官庁よりも高いレベルで調整する制度として機能してきたといえる。

安全保障協力の深化

安全保障分野での協力を裏付ける制度としては、2023年現在、円滑化協定(RAA)が交渉中である。フィリピンから見ると、米国、オーストラリアに次いで三つ目の安全保障協力協定といえる。米国との協定は、訪問軍協定(VFA)、オーストラリアとの協定は訪問軍地位協定(SoFVA)、日本とは円滑化協定など名称は異なるものの、実質的に大きな違いはない。

RAAが日本と結ばれる背景として、これまでの安全保障分野での協力の歴史があることは論を待たない。安全保障分野の協力は、特に人道支援・災害救助活動(HA/DR)の分野で進展してきた。例えば、13年にフィリピン中部を襲った超大型台風「ハイヤン」による被災からの救援活動においては、国際緊急援助として最大規模の約1200人からなる緊急援助隊が編成され、護衛艦、輸送艦に補給艦や各種ヘリコプターや輸送機がフィリピンに派遣された(※3)。こうした積み上げの結果、23年2月のマルコス大統領訪日時には、「自衛隊の人道支援・災害救援活動に関する取決め」が締結された。

 より包括的な対話枠組みとして、外務・防衛閣僚会合(2+2)がある。ドゥテルテ政権末期の22年4月、東京で第1回会合が開催された。日比の4大臣が集まり、地域情勢や二国間協力について議論し、円滑化協定の検討、海洋での法の支配の重要性を確認し、更なる二国間協力を進めること、そしてフィリピン南西部のスールー海とセレベス海での協力などについて合意した(※4)。こうした協力枠組みを設定したことに加え、個別の案件として、防衛装備品の移転や、政府安全保障能力強化支援(OSA)の実施がなされている。

以上に加え、非伝統的安全保障として分類されることも多い海上保安分野の協力も分厚いものがある。海上保安庁は、2000年からフィリピン沿岸警備隊に長期専門家派遣を実施しており、沿岸警備隊本部で能力強化のための協力を行ってきた。さらに、通信システムや巡視船の供与も積極的に行ってきた(※5)。二国間協力とは異なるが、15年以降、海上保安大学校、JICAと政策研究大学院大学の3者の協働で、主にインド太平洋地域の海上法執行機関の中堅・若手職員を対象とした一年間の修士課程プログラム「海上保安プログラム」を開設した。このプログラムにおいても、フィリピン沿岸警備隊職員の受入れを実施してきた。2023年現在、在フィリピン日本大使館とフィリピン沿岸警備隊本部でこのプログラムの日本人修了生が勤務しており、同プログラムを修了した現役のフィリピン沿岸警備隊職員らと協力しつつ、日比の海上保安組織の協力強化に貢献している。このように、海上保安分野では、機材の供与のみならず、人の派遣と招聘が組み合わさることで日比の関係強化が進んでいる。

社会開発協力の展開

平和構築と社会開発の分野においては、特にフィリピン南部のミンダナオで二国間協力が進んできた。ミンダナオの一部地域では、政府と反政府武装勢力(MILF)との間の紛争が継続していた。さらに、政府と武装勢力との対立とは別に、現地の有力氏族同士の私闘が頻発し、治安情勢が落ち着くことはなかった。こうした状況下、2006年にJICAが緒方貞子理事長のリーダーシップの下、ミンダナオにおける包括的な社会経済開発事業として、「日本バンサモロ復興開発イニシアティブ(通称J-BIRD)」を立ち上げ、日本政府が一丸となって和平プロセスを支える姿勢を明確化した。

J-BIRD立上げ後、支援に対する日本政府の姿勢はぶれることなく、武装政府組織の中においてすら信頼を勝ち得るようになった。特に、08年に和平プロセスが暗礁に乗り上げて治安情勢が悪化した際、欧米の援助機関が職員を退避させた一方、JICAは職員を1人から2人に増員した(※6)。和平後ではなく和平を実現するただ中で支援する姿勢を明示、MILFからの信頼を獲得した。こうした信頼があったがゆえに、14年、フィリピンの大統領とMILF首脳との初めての会談場所として日本が選ばれた。

21年、日本政府の支援を様々な立場で支えたJICA職員の落合直之氏がバンサモロ暫定自治政府首相アドバイザーに就任した。ミンダナオでは世界銀行、欧州連合、そしてマレーシア政府など、さまざまな組織がそれぞれに開発協力に取り組んできたものの、ここまでMILFからの支援を勝ち得たのは、落合氏一人である。今後、暫定政府が正式な政府に再編されたのちにも、更なる日比間協力の制度化が進めば、ミンダナオ開発においても日比協力の制度化が進むことになる。

以上、簡単に経済協力、安全保障協力と社会開発(特にミンダナオの和平プロセス)における近年の日比協力の在り方を整理してきた。このようにみると、外交一般や経済外交の多くを担う外務省と経済産業省以外にも、日本政府の各部局がフィリピン側と関係を構築してきたことが分かる。こうした試みは、日本が独自に進めてきたものであり、米国政府と歩調を合わせてきたわけではない。米中両国との関係と異なり、日比関係はフィリピン国内で政治的に消費されることなく、順調に推移してきたが、その背景として、このような日比双方の実務家たちの努力があることにも目を向けるべきであろう。

バナー写真:会談後、海上保安庁とフィリピン沿岸警備隊との間の協力覚書文書交換式に立ち会うフィリピンのフェルディナンド・マルコス大統領(左奥)と岸田文雄首相(右奥)=17日、首相官邸(時事)

(※1) ^ 高木佑輔「新興国フィリピンの外交―対米関係の強化、地域外交の深化と国際主義の展開」『国際問題』714、2023年8月

(※2) ^ 外務省「第14回日・フィリピン経済協力インフラ合同委員会会合の開催(結果)

(※3) ^ 山口昇「災害救援活動における民軍連携と日米同盟―台風『ハイヤン』のケース」信田智人『日米同盟と東南アジア―伝統的安全保障を超えて』(千倉書房、2018年)

(※4) ^ 外務省「第1回日・フィリピン外務・防衛閣僚会合(「2+2」)」2022年4月9日

(※5) ^ 秋本茂雄「インド太平洋における海上保安分野の連携・協力・支援」『安全保障政策のボトムアップレビュー』(国際問題研究所、2020年)

(※6) ^ 落合直之『フィリピン・ミンダナオ平和と開発―信頼がつなぐ和平の道程』(佐伯印刷出版事業部、2019年)

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