ヤフー経営陣「総入れ替え」でソーシャル強化なるか
ブロガー 藤代 裕之
日本のネット企業の先頭を走るヤフーの経営陣の交代が、3月1日に発表された。業績好調な同社だが、取締役4人のうち、創業時から社長を務めた井上雅博氏を含む3人が退任するという「総入れ替え」である。役員の平均年齢は一気に10歳以上若返り、一度は退社していた人物をモバイル担当の新設ポストに据えるという同社の大胆な交代劇は、ソーシャルメディアへのシフトを明確に物語っている。
SNSを使いきれなかったという経営トップ
ネットの世界では、スマートフォン(高機能携帯電話)やソーシャルメディアが猛烈な勢いで伸びている。だが井上社長は今回の記者会見で、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)が苦手で使いきれておらず、携帯電話をかばんに入れていると語っていたという。ネット企業のトップによる、この「引け目」的な発言は、ソーシャルメディアで大きな話題になった。
経営指標を見ると、ヤフーの業績は好調だ。1月に発表した第3四半期決算によれば、2011年度の売り上げ見通しは約3000億円、経常利益は約1600億円で、上場企業のトップ50に入る。自己資本比率は8割で、創業以来、増収増益。時価総額も1兆円を超えており、時価総額ランキングでは新日本製鉄や住友商事、東芝、東海旅客鉄道(JR東海)と並ぶ。ソーシャルゲームで勢いのあるグリーの時価総額は約6000億円だ。1996年の創業から短期間でここまで伸ばし、日本のネット利用に貢献してきたのは、間違いなく井上社長の功績といえる。
ところが今回の発表では、取締役だけでなく執行役員も変わり、まるで危機に陥った企業の起死回生策のようだ。業績的には磐石に見えたヤフーだが、ここ数年の同社の動きをウォッチしていれば思い当たる節がある。
もはや「タイムマシン経営」も通用せず
実はヤフーは、いち早くソーシャルメディアにチャレンジしていたものの、失敗続きだった。
06年にスタートしたSNSの「Yahoo!Days(当初は「Yahoo!360°」だった)」は、11年10月にサービスを終了した。実名性に注目し、米国で流行した「LinkedIn(リンクトイン)」を模したビジネスSNSといえる「CU」は08年に開始したが、1年を待たずに閉鎖された。登録者数が伸び悩み、事業化のめどが立たなかったからという。ディー・エヌ・エー(DeNA)とは共同で「Yahoo!モバゲー」を展開しているが、ヤフーのサービスで「Yahoo!オークション」以外は、成長しているとは言い難い。
1月25日に行われたアナリスト向けの決算説明会で、井上氏は「タイムマシン経営」が通用しなくなっていることも示唆している。
タイムマシン経営とは、米国と日本のビジネスの「スピードの差」を利用する手法である。すでに米国で流行しているサービスなどを、これから日本で展開すれば成功しやすいというわけだ。その手法を取り入れた企業の代表がヤフーも加わるソフトバンクグループで、米シリコンバレーなどに研究やリサーチ部門を置き、いち早く新しいサービスを発見してビジネスモデルを輸入。確実に利益をあげることができた。だが、ネットの普及などでいまや日米のスピードの差は縮まっている。
人材の流出も続いていた。急成長しているフェイスブック日本代表の児玉太郎氏や副代表の森岡康一氏はいずれもヤフー出身。今回、ヤフーに新しく設けられた「チーフモバイルオフィサー(CMO)」の村上臣氏も、昨年退職していた人物だ。
新しいサービスがヒットせず、人材も流出する。これは「踊り場」の成長企業にありがちな状況かもしれない。「もはやヤフー創業時の"お祭り"は終わった」と見る人もいるだろう。
だが、ヤフーの状況とは反対にネットを取り巻く市場の成長力はまだまだ途上であり、動きは一層早くなっている。むしろさまざまなチャンスがあるはずだが、ヤフーは波にうまく乗れなかった。
新興勢力に押されて存在感を示せず
最近はスマートフォンやソーシャルメディアの普及、クラウドコンピューティングによるサーバー費用の低下など、日本でもサービス開発の環境が急激に整備されている。ここ数年は「スタートアップ」と呼ばれるベンチャーと支援体制が急速に日本でも広がっている。シリコンバレーなどと同様な起業環境が整いつつあり、日本から世界に向けてのサービス開発が可能になってきた。
例えば、NHN Japanのスマホートフォン向けアプリ「LINE(ライン)」はサービス開始から約8カ月で2000万ダウンロードに到達し、6割が海外で利用されている。ツイッターやフェイスブックに出資し、スタートアップ支援も取り組むデジタルガレージ(DG)は世界に向けて開発するために、米サンフランシスコにインキュベーションセンターを開設すると発表している。KDDIなどもベンチャー投資と育成にシフトしている。米国との「時差」はなくなり、日本でもリスクを取りながらもチャンスを狙った新しい取り組みが求められるようになっている。
新たな勢力がひしめくソーシャルメディアやスマートフォン向けサービス開発の現場で、ヤフーの存在感はほとんどない。むしろ、新たなソーシャルサービスとの連携にも時間がかかり、既存のポータルやオークションの事業が強すぎるヤフーは、イノベーションのジレンマに陥っているように見えた。
企業と個人の関係も急激に変わり始めている。サイバーエージェントは内定者の大学生が開発しているサービスを会社化し、子会社の社長と役員とした。中国検索大手Baidu(百度)の日本法人バイドゥは、昨年12月にグーグルOS(基本ソフト)「Android(アンドロイド)」用の日本語入力システム「Simeji」に関する権利を獲得したと発表。開発母体は法人化されていないので、Simejiの開発プロジェクトに関わったエンジニアとデザイナーがバイドゥに入社した。
優秀なエンジニアやデザイナーを確保することは、いまや成功のための最低条件といえる。スタートアップ環境の整備により、優秀な学生は大学や大学院時代からサービスを開発し、既に起業していることすらある。サイバーエージェントのような取り組みは優秀な学生をひきつける一方、ヤフーのような3800人の従業員がいる大企業には、チャレンジしようとする学生より、保守的な学生が集まるかもしれない。
まずヤフー社内から確実に「ソーシャルシフト」へ
今回の交代劇でヤフーがどう変わるかは分からないが、1つだけ確かな点はヤフー社内の雰囲気に変化が生じているということだ。
発表以後、ツイッターやフェイスブックを利用しているヤフー社員の書き込みは期待に満ち溢れたものになっている。それまで窮屈だったのかもしれない。社内の状況はソーシャルメディアから透けてみえる。新社長になる宮坂氏の社員向けプレゼンテーションは感動的だったと聞く。
ヤフーの中核であるポータル事業は、ソーシャル以前のいわば「Web2.0」の時代に成長したビジネスといえる。だが、新たにヤフーを率いるメンバーはフェイスブックなどを活用し、相次ぐお祝いや激励のコメントにもソーシャルメディアで返信している。ヤフー社内で「ソーシャルシフト」が進んだことは明らかだ。
変化が速い時代は、将来への展望は予想しにくく、成長は必ずしも直線的に進むわけではない。タイムマシン経営はネットという新たな動きを「米国の真似」で対応したが、もはやそれが通じない時代なのだ。
ヤフーに限らず、似たような話は多くの日本企業に当てはまるのではないか。あるメーカーの担当者は「ソーシャルメディアに対応するデジタルカメラを作っているのに、開発者や管理職がソーシャルメディアを利用していない」と嘆く。スマートフォンやソーシャルメディアの「効果」を利用していない人に説明するのは大変な時間と労力がかかるはずだ。そうしているうち、すぐに別のサービスが流行り、ビジネスチャンスを失う。
経営陣自らがスマートフォンやソーシャルメディアを使い、ソーシャルの海に飛び込んでいるのがヤフーの決断といえる。ソーシャルの波を乗りこなすのは、トップマネジメントの問題なのである。
ジャーナリスト・ブロガー。1973年徳島県生まれ、立教大学21世紀社会デザイン研究科修了。徳島新聞記者などを経て、ネット企業で新サービス立ち上げや研究開発支援を行う。学習院大学非常勤講師。2004年からブログ「ガ島通信」(http://d.hatena.ne.jp/gatonews/)を執筆、日本のアルファブロガーの1人として知られる。