米で奮闘 女子アイスホッケー・藤本が描く未来図
スポーツライター 杉浦大介
昨年10月に米国で開幕した新リーグ、北米プロアイスホッケー女子リーグ(NWHL)でソチ五輪日本代表GK、藤本那菜が奮闘している。所属するニューヨーク・リベターズではほとんどの試合に先発出場し、オールスターにも選出された。昨年の世界選手権でベストGKに輝いた日本代表の守護神は、なぜ米国に新天地を求めたのか。北海道出身の26歳はニューヨークでの新鮮な日々の中で何を得ているのか。
■世界選手権で日本人史上初のベストGK
6歳よりアイスホッケーを始め、高校時の2007年に日本代表に選出された藤本が、NWHLのトライアウトに合格したのは昨年7月のことだった。
その前年のソチ五輪では全試合に出場。15年3月の世界選手権ではセーブ率93.75%をマークし、世界選手権トップディビジョン(1部)で日本人史上初のベストGK受賞という実績を積み重ねた後だけに、環境を変える機は熟していたのだろう。
「海外でプレーしたいと思い始めたのはソチ五輪後でした。それから1年後の世界選手権で賞をいただいて、評価もしていただきました。今シーズンはちょうど良いタイミングだったのかなと。次の五輪を見据えたとき、日本国内だけでは自分が成長していくのに足りないなと思いました」
藤本が決意した背景には、この2度の世界大会で自身は評価されたものの、チームとしては振るわなかったという思いがあった。ソチ五輪では5戦全敗。世界選手権ではスウェーデン、ドイツを破ってトップディビジョンの残留は決めたものの、2位と勝ち点差1の3位で予選突破はならなかった。「メダルを目指すには自分がさらにレベルアップしないと」と語り、苦い経験をバネにさらに高いレベルを求めて海を渡った。
■オールスターにも文句なしで選出
「スピードにしても、ゴール前でのスキルも、国際大会になると上の選手がたくさんいます。対応力を身につけられたらいいなと思います。練習はどこでもできると思うんですが、試合を通しての経験、選手たちと一緒にプレーする経験は日本国内だとできません。米国でプレーすることによって、自分自身が成長できるんじゃないかなと」
昨年10月に創立1年目のシーズンが始まったNWHLではニューヨーク、ボストン、バッファロー、コネティカットという4都市のチームが全18試合のリーグ戦を行う。女子アイスホッケー界では2強を形成する米国、カナダのスター選手も数多くプレーするリーグで、藤本の所属するリベターズは現在3勝8敗で最下位。そんな中でも藤本のセーブ率91%はリーグ3位であり、オールスターにも文句無しで選ばれた。
まだスタート間もないリーグとあって、運営面は手探りと感じられる部分は多い。選手の平均年俸は1万5000ドル(全選手が1万~2万5000ドルの間)と極めて安価。移動はすべてバスで、ニューヨークからバッファローまで9時間の道のりは米大リーグを目指すマイナーリーグの選手でもなかなか経験できない長さである。慣れない英語での生活だけに、厳しさを感じることは少なくないはずだ。
■タフな日々もポジティブに受け止め
しかし、こんなタフな日々も藤本はポジティブに受け止めている。リーグ唯一の日本人選手、かれんなルックスとあって大きな注目を浴び続ける中で、明るい未来だけを見据えている。
「バスの移動は(時間も距離も)長いですね。でも、これも一つの経験かな。まだ慣れない部分はあるけれど、どんな状況でも対応できれば今後に役立つんじゃないかなと。日本人がどこまでやれるか注目されているところではあっても、私がやるべきことは常に変わりません。試合で良いパフォーマンスをすることで、チームの勝ちにつながる。それが私がやるべきことです」
プレーの面では、体格に勝る外国人選手との対戦でパワーの違いを感じることもあるという。身体能力を生かし、体重を乗せて放たれるシュート、パスのスピードは迫力満点。リンク上どこからでもシュートを打ってくるし、体格を利用したゴール前でのプレーにはすごさを感じる。その一方で、海外のアイスホッケーにじかに触れることで、逆に日本の良さにも気づいた。
「日本が勝っていると思う部分は、持久力とスケーティングのスピード。パススピードよりも、走るスピード、攻守の切り替えとか、そういう部分です。五輪後の日本は"IQホッケー"を掲げて、頭を使ったシステムホッケーを目指しています。守るところは守り、攻めるところは攻めるというシステムがしっかりあるおかげで、守りやすくなり、得点もできるようになりました。合宿を毎月やってきたので、コミュニケーションも密に取れてきています。そういった良い部分を伸ばして戦っていけば、日本代表も勝ち上がっていけると思います」
■自身の活躍、後輩選手の財産にも
競技にかかわらず、母国から一時的に離れることで、その良さに改めて気づくというのはよく聞く話だ。もともとスピードや、システム通りプレーする順応性を備えた日本人選手が、あとはパワー負けしない強さを身につければ、世界のトップが見えてくる。先陣を切って海外で活躍する藤本が貴重な経験を持ち帰れば、日本の後輩たちにとっての財産にもなるはずだ。
「NWHLでもほぼ毎試合で先発起用されていることが示す通り、日本選手としては群を抜いた実力者です。このリーグの強豪チームでもレギュラーでやれるだけの力は十分にある。日本代表の行方も彼女次第。現状ではカナダ、米国には及ばないまでも、選手たちの成長次第でメダルを狙うのは不可能ではありません。藤本はその中でも鍵になる選手。日本をけん引する存在になっていってほしいですね」
藤本の米国でのマネジメントを担当するリードオフ・スポーツ・マーケティング社の白井孝明氏はそう期待を寄せる。
■リーグ戦低迷、プレーオフに照準
日本代表での当面の目標は、3月の世界選手権で昨季果たせなかった決勝トーナメントに進出し、メダル争いをすること。ただ、藤本はその前にまずリベターズでNWHLを制し、仲間たちと喜びを分かち合いたいという。リーグ戦では低迷しても、全チームが出場できるプレーオフに照準を合わせていくつもりだ。
「私がしっかりプレーできていれば、日本の後輩にもつながっていきます。アイスホッケーは米国だと人気スポーツでも、日本ではまだマイナー。(自分の活躍で)認知度を上げるというか、注目をしてもらえればよいかなと思います」
藤本の成長は、日本女子ホッケー全体の躍進に直結してくる。18年平昌五輪に向けて、今が大切な時期。ここで力を蓄えておけば、その先に最大の目標である五輪でのメダルがうっすらと見えてくるはずだ。
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