図解 緊迫する北朝鮮の核・ミサイル脅威
北朝鮮の核・ミサイルによる威嚇のエスカレートが止まらない。2016年以降、3回の核実験を強行し、さまざまな射程のミサイルを繰り返し発射。金正恩(キム・ジョンウン)委員長は、米本土もうかがう大陸間弾道ミサイル(ICBM)に「核弾頭を搭載できる」と主張し始めた。制裁の強化に消極的な中国やロシアの対応も、核・ミサイルの能力向上を助けている。全土が中距離弾道ミサイルの射程に入る日本も、急速に増大する脅威に、対応策の抜本的な見直しを迫られている。
進展する核技術、中国にも「脅威」
核開発のペースは急ピッチだ。故金正日総書記の時代に実施した核実験は2006、09年の2回だったが、正恩時代に入ると13年2月、16年1月、同9月と間隔が狭まり、今回(9月3日)は前回から1年足らずで強行した。実験を重ねる度に爆発の規模は大きくなり、種類も多様化。初期のプルトニウム型に加え、ウラン型と核融合反応を利用して威力を高める「ブースト型」、さらに今回は原爆を起爆用に使う水素爆弾型だった可能性がある。日本政府によると核実験で発生した地震の規模はマグニチュード6.1で、前回の約6倍に相当する約70キロトンの規模と試算した。
各種ミサイルに搭載するため、核爆弾を小型化する技術も進んだもよう。今回は「ICBM搭載用の実験に成功した」と主張した。急速な核技術の進展には、日米韓だけでなく、中国も強い警戒感をあらわにしている。北朝鮮の「核保有」に対抗するため、日本や韓国、さらに台湾で核武装論が力を増す、東アジア全域の「核ドミノ現象」を誘発する可能性があるためだ。今後も大規模な核実験を繰り返せば、中国・東北地方をはじめ周辺地域に放射能汚染の影響が及ぶ可能性もあり、環境問題への懸念も深まる。
ミサイルの新型が続々、発射技術も向上
北朝鮮のミサイル開発は1980年代に始まり、短距離弾道ミサイル「スカッドC、ER」に加え、日本全域を射程に収める中距離弾道ミサイル「ノドン」は200基以上を実戦配備済みだ。
さらに、2011年末に金正恩氏が最高指導者に就いて以降は開発を加速。16年以降は潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)や中距離弾道ミサイルの「ムスダン」や「火星12」、長距離弾道ミサイル「テポドン2派生型」やICBM級の「火星14」など、さまざまな射程の発射実験を繰り返している。
特に、技術力の向上を示すのが発射台付き車両(TEL)を用いた移動しながらの発射だ。短時間で注入できる装填しやすい固体式燃料や、台車の損傷を防げる冷発射(コールドローンチ)式に成功。さらに高高度に打ち上げる「ロフテッド軌道」の技術も進展した。
英シンクタンク国際戦略研究所のミサイル専門家は、北朝鮮が闇市場で、ウクライナで生産された旧ソ連の液体燃料式エンジンの改良型を入手し、ミサイル発射技術を飛躍的に向上させた可能性があるとの分析を発表した。北朝鮮の発射技術が短期間にこれだけ大きく進歩した背景には、こうした旧ソ連からの"支援"もあったことがうかがえる。
日本が人工衛星で発射の兆候を捕捉し、イージス艦の海上配備型迎撃ミサイル(SM3)や地対空誘導弾パトリオットミサイル(PAC3)などで迎撃するには、ハードルが高くなりつつある。
制裁を強化してきた安保理
国際社会は、北朝鮮の度重なる挑発に対抗するため、国連安全保障理事会による制裁を段階的に強化してきた。特に、8月5日に採択した「決議2371号」は、核・ミサイル開発の資金源を断つため、北朝鮮からの輸出の4割弱を占める石炭や鉄の輸出を「制限付き」から「全面禁止」に強化し、海産物も輸出禁止品目に加えた。海外出稼ぎ労働者の追加受け入れや、新たな合弁企業の設立なども禁止。韓国政府は「約10億ドル(約1100億円)の外貨収入を遮断できる」と見積もった。
ただ、制裁に消極的だった常任理事国の中国やロシアから賛成を得るため、完全には踏み込んでおらず、なお「逃げ道」も残っている。北朝鮮経済への打撃が大きい原油の供給中断と、北朝鮮が激しく反発する「金正恩氏の制裁対象入り」だ。北朝鮮は制裁決議後の8月29日にも、日本上空を通過する弾道ミサイルを発射した。日米韓などは、「石油カード」「正恩氏の制裁対象入り」も視野に、安保理制裁のさらなる強化に乗り出した。
制裁に及び腰の中国、ロシア
北朝鮮制裁の実効性を高めるには、隣接する二大国の中国とロシアによる厳密な履行が欠かせない。中国は北朝鮮経済の命綱となる原油を毎年約50万トン供給し、北朝鮮はロシアからの調達も増やしている。
北朝鮮の貿易総額のうち対中国は9割を占める。北朝鮮は合法的な外貨稼ぎの手段として海外への出稼ぎ労働者を積極的に派遣し、合計で40カ国に10万人近くいるとされるが、多くが中ロで働く。北朝鮮と境界を接する中ロは、統計上表れない密貿易も活発で、制裁の網を張り巡らせるのは難しい。
一方、制裁による影響の兆候はある。中国税関総署の統計を基に経済調査会社CEICがまとめた資料では、中朝間の貿易額は13年の65億4660万ドル(約7200億円)をピークに下降傾向にある。中国が安保理決議を厳密に履行すれば、さらなる下落が見込まれる。
中国は北朝鮮の核・ミサイル挑発に不信感を強めるものの、制裁で追い詰めて暴発することや、金正恩政権の崩壊により極めて多くの難民が流出することを懸念し、制裁の強化には及び腰だ。ウクライナ問題などで国際的に孤立するロシアも、北朝鮮への影響力をテコに発言力を高めたい思惑がある。ただ、北朝鮮は制裁決議に賛成した中国やロシアも強く非難しており、対話による解決を主張する中ロも、局面打開の糸口を見いだしていない。
米国の「核の傘」が破れる懸念
北朝鮮の弾道ミサイル脅威に対し、日本は従来、攻撃されたら日米同盟に基づいて米軍が報復する態勢をとることで北朝鮮を抑止する「拡大核抑止(核の傘)」と、抑止が崩れて発射されたミサイルを迎撃する自衛隊の「ミサイル防衛(MD)」システムの配備という2段構えで臨んでいた。
しかし、北朝鮮が米本土に届くICBMを持てば、米国がそれによる攻撃を懸念して、日本が攻撃されても報復をためらう(核の傘が破れる)という懸念が出てきた。また、北朝鮮が今年5月に発射した火星12号は、自衛隊のMDでは迎撃できないほどの高度と再突入速度を実現した。
これを受け日本としては、万一ミサイルが日本本土に撃ち込まれても国民の被害を最小限に食い止めるための「ミサイル避難訓練」を拡大することが急務だ。また、これまでは米軍に任せきりだった北朝鮮のミサイル基地を発射前に無力化する「敵基地攻撃能力」を持つことに関しても早急な対応が求められている。
避難訓練、各地で 光と爆風への対策
ミサイル警報を受け取った場合、どう行動すればよいのか。
政府の内閣官房は「国民保護ポータルサイト」で、屋内にいる場合の対処法として「窓から離れるか、窓のない部屋に移動する」ことを挙げている。ミサイルの弾頭が核であってもなくても、着弾地に近い場所にいる場合、閃光(せんこう)や爆風が来る。このため、政府が今年に入って各地で実施しているミサイル避難訓練では、警報を受けたらすばやく窓とカーテンを閉めて身を伏せたり、窓のない部屋に入ってしゃがんだ姿勢で頭部を守ったりするよう推奨している。
屋外にいる場合は「できる限り頑丈な建物や地下に避難する」、建物がない場合は「物陰に身を隠すか、地面に伏せて頭部を守る」ことが重要だ。いずれも閃光・爆風対策だ。
都市部で通勤途上などの場合は、近くに地下街や地下鉄の駅があれば速やかに入ることが望ましい。内閣官房と総務省消防庁は7月、富山県高岡市で初めて地下施設に避難することをミサイル避難の訓練メニューに組み込んだ。1945年8月、米軍が広島に原爆を投下した際、爆心地に近い日銀広島支店にいた職員がたまたま地下階にいて助かった例もある。
(編集委員 高坂哲郎、電子版アジア編集長 山口真典)