金沢のかば焼きは「どじょう」
苦みと甘辛いタレ 絶妙
由来には諸説あるが明治初期にまで遡るとされる。
どじょうのかば焼き店は以前は市内のいたるところにあったが、現在は近郊を含めて10軒程度とされる。そのうちの1軒で金沢市中橋町にある「きふじん」を訪ねると、「どじょうは『一物全体食』っていって頭から尻尾、骨まで捨てるところがなく食べられる。栄養も満点」と店主の中宮かおるさんが話してくれた。
どじょうにはカルシウム、鉄分、たんぱく質、ビタミンDなどがバランス良く含まれていて、100グラム当たりのカルシウムはうなぎの約9倍。しかも脂質は少なく、とてもヘルシーな食材だそうだ。
どじょうを背開きにし、3つにぶつ切りにして串を刺す。同店では最初に薄めのタレをつけて焼き、再度、水あめを加えた濃いタレで焼いて香りを深めている。「どじょうは小さいので手早くしないと焦げてしまう。ジューシー感が残っているうちに焼き上げるのがコツ」と中宮さんは説明してくれた。
焼きたてを食べると意外に軟らかく、フワッとした食感が口の中に広がる。どじょうというと泥臭さがあるかとも思ったが、それもない。「オスとメスを比べたら、卵を持ったメスの方がふっくらしていておいしいねえ」と中宮さん。食べ比べると、味もメスの方が濃厚な感じがした。
同市寺中町にある「かばやき屋」のどじょうのかば焼きは、カリッとするまでしっかり焼き上げる。甘辛のタレとどじょうのほんのりした苦みが絶妙のハーモニーを醸し出し、ご飯だけでなく、酒の肴(さかな)にもピッタリだ。
「金沢人はどじょうに対してとにかく熱い。どじょうのかば焼きが売り切れてしまっていると、お客さんに怒られる」と店主の山内登さんは笑う。
新鮮な魚介類が買い求められるスポットとして観光客に人気の近江町市場にもどじょうのかば焼きを販売している店舗が数軒ある。お土産を買い求めに散策しながら、どじょうのかば焼きを食べてみるのもいいかもしれない。
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昨年春の北陸新幹線の開業で、人気が上昇しているどじょうのかば焼き。「開業前に比べて販売量が約6割増えた」(かばやき屋)という店も。石川県内での需要は年間約100万匹ともいわれる。だが、これまで多くは県外産どじょうが材料に使われ、県内産はほとんどなかった。
そこで県では2009年度から内水面水産センター(加賀市)でどじょうの稚魚の生産を始め、県内で養殖業者の育成に乗り出した。現在は25業者が挑戦中という。その一つが七尾市の農事組合法人「万行希望の丘農園」で、4、5年前から山間部の休耕地を利用して養殖を行っている。「先人が開拓した農地が荒れ果ててしまうのはしのびなくて」と代表の西野勝一さんは話す。
どじょうの養殖はけっこう難しいが、先進地である島根県安来市まで視察に行って学ぶなどした結果、今年は昨年の数倍にあたる40キロ(約4000匹)以上を生産できる見通しだ。「なんとか軌道に乗りそうな手応えをつかめた」と西野さん。「年をとると農機具の操作も若者のようにいかない。自分は75歳になるが、どじょうの養殖はこれといった農機具がいらないので高齢者も取り組みやすい」ともいい、来年には稚魚の生産にも挑戦する予定だ。
とはいえ県によると、今年の県内のどじょう生産見込みは、全業者を合わせても1万数千匹程度。県内消費量の1%にすぎない。どじょうのかば焼きは金沢名物だけに、ぜひとも県内産で――。県を挙げての試みは始まったばかりだ。
夏の暑さを吹き飛ばすものとして、金沢では「ささげ餅」もおやつに食べられている。ささげ餅とはお餅が見えなくなるくらいに煮たささげ豆を周囲にビッシリと貼り付けたもの。江戸時代に土用の入りの日にあんころ餅を食べ、無病息災を願う風習が各地で広がり、それが根付いているそうだ。
小豆は煮たら皮が破れやすいため切腹を連想させるものとして武士の間では嫌われ、破れにくいささげ豆が代用として使われた。味は塩味で甘くなく、暑い夏でも食べやすいものになっている。
(金沢支局長 鉄村和之)
[日本経済新聞夕刊2016年8月30日付]
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