【安藤美姫〈上〉】歩み始めた指導者の道「1人じゃないよ」初の教え子に込めた思い
日刊スポーツ・プレミアムでは毎週月曜に「氷現者」と題し、フィギュアスケートに関わる人物のルーツや思いに迫っています。
シリーズ第24弾は、指導者としての道を本格的に歩み始めた安藤美姫(36)にフォーカスします。今季途中からジュニア男子の田内誠悟(15=富士FC)のメインコーチに就任。幼少期からの夢を実現し、世界女王、2度の五輪出場など、培ってきた経験を伝え始めています。3回連載の第1回では、師弟関係となった経緯、試合で伝えた言葉の理由を描きます。(敬称略)
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安藤美姫(あんどう・みき)1987年(昭62)12月18日、愛知県名古屋市生まれ。4回転ジャンパーとして大注目され、中京大中京高1年から全日本選手権2連覇。2007年の世界選手権(東京)で女王となり、2011年大会(モスクワ)も優勝。トリノ五輪15位、バンクーバー五輪5位。2013年4月に第1子の長女を出産し、同年で引退した。現在はコーチ業、振り付け、プロフィギュアスケーター活動も行いながら、介助犬サポート大使も長年務めている。162センチ。血液型A。
最後の力になる
「1人じゃないよ」
すっと出てきた言葉だった。
演技直前、選手と向き合う。何かを伝え、時には手を握り合い、背中を叩き、有形無形の後押しでコーチは選手をリンクに送り出す。
これまでは受ける側だった。これからは送る側に-。
10月27日、広島県広島市のひろしんビッグウエーブのリンク。西日本選手権のジュニア男子ショートプログラム(SP)。
安藤は新たな立場に身を置き、田内に伝えた。
「考えて準備して言っていないので細かい事まで覚えてないですけど、でも今までなんとなくリンクの上で1人だった感じがして。コーチやいろんな人がいても、1人で頑張ってたイメージがあったので」
初めて1対1で教える選手にほほ笑みかけて、スタートポジションへと向かう背中を見つめた。
不安はあった。何しろ、リンクサイドから1人で見守るのも初めてだった。選手生活を終えた後、フリーの指導者という立場で幾人かに携わってきたが、メインコーチではなかった。選手の希望で試合のリンクサイドに立つ時には、先輩指導者の後ろが定位置。あくまでも最後に送り出すのはメインコーチの仕事だった。
「1対1で向き合って選手の力、後押しになるために。最後の最後の力になるべく、コーチがいると思う」
何度も救われてきたから、その重要性を分かる。
「うまく送り出せるかな」
師弟関係となってまだ1カ月あまり。調整方法から心理状況から、手探りは否めなかった。
「普通に滑れれば(全日本ジュニア選手権へ)通過できると思っていましたが、本当に一番緊張しました」
初めての教え子
突然の懇願だった。
秋、安藤の恩師でもある門奈裕子からの連絡だった。小学校3年生から指導していた田内がコーチ就任を希望している。そう伝えられた。フリーの立場として、数カ月に一度リンクで指導する機会はあったが、それは意外な依頼だった。
「ジャンプを含めてとにかくうまくなりたいという理由があり、自分の事を知ってくれている先生の方がいいというのはあったんじゃないかなと思います」
所属クラブの変更はフィギュアスケート界では珍しいことではない。深く聞かずとも、その意志は感じ取れた。
田内自身はその決断を、9月のジュニアグランプリ(GP)シリーズ日本大会(11位)で触れた優しさにあったと振り返る。
「すごく悔しい思いをして辛くて泣いていた時に、先生が優しくそばにいてくれたことがすごくうれしくて。今のままじゃなくて、変わりたいって言った時に、先生がいろいろ考えてくださって。それがすごくうれしくて、先生になってもらいました」
ただ、安藤にとっては意外なタイミングだった。シーズン序盤、これから「全日本」という冠がつく大会へ、寒さが増していく頃だった。
「アイスショーやテレビのお仕事もまだやっていて。独り立ちするのもちょっと何年か後かなって、自分の中で思っていたので」
フィギュアスケート界の外で得られる知見は貴重だった。プロスケーターとして演じ続けることも大事な場所だった。40歳前後が、指導者に専念していく1つのタイミングと考えていた。
あと数年-。そんな胸中に、15歳の熱望が響いた。
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阿部健吾Kengo Abe
2008年入社後にスポーツ部(野球以外を担当します)に配属されて15年目。異動ゼロは社内でも珍種です。
どっこい、多様な競技を取材してきた強みを生かし、選手のすごみを横断的に、“特種”な記事を書きたいと奮闘してます。
ツイッターは@KengoAbe_nikkan。二児の父です。
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