流行歌や浪曲を取り入れた姉妹漫才トリオ「かしまし娘」の長姉で、俳優の正司歌江(しょうじ・うたえ)さん(本名平井歌江=ひらい・うたえ)が19日、老衰のため大阪府内の自宅で死去した。94歳。葬儀・告別式は親族で行った。

「うちら陽気なかしまし娘~」。中央の歌江さんが三味線、両脇の照枝(照江から改名)、花江がギターを持ち、歌としゃべくりを“連射”し、歌江さんがツッコむ。姉妹ならではの遠慮のない物言いが芸のテンポをあげ、66年には第1回上方漫才大賞も獲得。昭和の演芸史を代表するトリオだった。

歌江さんは旅回り一座の娘に生まれ、3歳で初舞台を踏んだが、後に一座を離れた。後年、歌江さんは、12歳から約8年にわたり「ヒロポン(覚醒剤)中毒」だったと告白している。軍関係の施設へ慰問を重ね、多忙から覚醒剤へ手を出し、戦後も続けた。56年に妹のもとへ戻り、中毒を克服しトリオを組んだ。

往事を知る事務所関係者によると、姉妹はけんが絶えず「同じ楽屋に他の芸人は入れられない」ほどだったが、姉妹ならではの距離の近さゆえ。芝居の街・道頓堀にあった角座(大阪市)の看板芸人として活躍し、トリオは81年に休止。その後は女優活動に転じ、08年NHK連続テレビ小説「だんだん」(08~09年)にも出演。島田紳助さんの師匠と親交があり、バラエティーにも多く出演した。

近年は体調を崩しがちで、14年5月に急死したレツゴーじゅんさんの通夜へ、車いすで参列。歌江さんは「最近は寝込むことも多くなった」と芸人仲間に漏らしつつも、思い出話に花を咲かせていた。18年には長年の功績がたたえられ、上方演芸の殿堂入りを果たした。【村上久美子】