ページの本文へ

  1. 首都圏ナビ
  2. ちばWEB特集
  3. 栗原心愛さん虐待死から3年 児童相談所の現場は

栗原心愛さん虐待死から3年 児童相談所の現場は

  • 2022年02月09日
亡くなった栗原心愛さん

千葉県野田市で小学4年生の女の子が虐待を受けた末に死亡した事件から2022年1月24日で3年が経ちました。千葉県はこの事件を受けてきめ細やかに虐待対応にあたれるよう児童相談所の体制を強化してきましたが、この3年で現場はどこまで変わったのでしょうか。千葉県の一時保護所で働いていた元職員の証言から現場の課題を考えます。

届かなかったSOS

「お父さんにぼう力を受けています。先生、どうにかせきませんか。」
野田市の小学4年生栗原心愛さんが(当時10)小学校で行われたアンケートに訴えたSOS。心愛さんは一時保護されましたが、自宅に戻った後、3年前の2019年1月24日、自宅の浴室で死亡しているのが見つかりました。

冷たいシャワーを浴びせるなどして死亡させたとして、傷害致死などの罪に問われた父親の勇一郎受刑者(44)は2021年3月、2審の東京高等裁判所で懲役16年の判決が確定しています。

 

行政は対応強化も 課題が

野田市の事件以降、千葉県は年々増加する児童虐待相談件数に対して、きめ細かな対応をしようと、職員を増やしたり、職員のサポート体制を強化したりするなどの、児童虐待防止緊急対策をまとめました。3年前にはおよそ400人だった児童相談所の職員の数を、2022年度までに260人程度増やす計画です。

また、心愛さんの対応をしていた柏児童相談所が管轄する(かしわ)地域の人口が平均を大きく上回っていたことから、近隣の松戸市と印西市にそれぞれ令和8年度に新たに児童相談所を開設する準備を進めています。

一方で、現場で虐待などに対応する職員の精神的負担は大きく、昨年度(2020年度)精神疾患で1か月以上の療養休暇を取得した児童相談所で働く職員の割合(休暇取得時の職種)は、364人中、児童福祉司が15人、児童心理司が11人、児童指導員が3人のあわせて29人、7.9%にのぼり、県職員全体の平均の2.7%と比べて3倍近く多くなっています。また、27人が定年退職前に離職しています。

職員の負担、その実態は

千葉県内の児童相談所の一時保護所で働き、その後、療養休暇をとって去年離職した飯島章太さん(28)が現場の課題を伝えたいと当時の状況を話してくれました。飯島さんは、もともと子ども向けの電話相談をしていた経験から、子どもの相談に乗る仕事をしたいと児童相談所の一時保護所で2019年4月から働き始めました。しかし、▼虐待を受けたり、非行をした子どもたちにどのように接したら良いか学ぶ研修がないまま入庁翌日から現場対応にあたったこと、▼保護される子どもが多く、仮眠時間中も記録を書く時間にあてなくてなならず、ほとんど仮眠がとれなかったこと、▼1人1人の子どもと向き合って話を聞く時間の余裕がなく無力感を覚えたことなども重なり、精神的な負担になっていたということです。その後不眠になり、うつ病と診断され、療養休暇を取得しました。

児童相談所の元職員 飯島章太さん

「仮眠時間には私たちは子どもたちの寝室の横の廊下で寝ていました。子どもが増えたときには、職員分の布団がなくなることもありました。これが休憩として扱われてるというのはあまり納得できませんでした。全く寝る時間のない夜勤もあり、入庁して1か月ぐらいたってから眠れなくなるという症状が出て来ました。そうした勤務を続けていると体が起き上がらなくなり、これは無理だなと上司に電話をして休むことになりました」

また、子どもたちに課される厳しいルールにも違和感を覚えていたといいます。
 

「例えば昼食や夕食を完食をさせるというルールがあり、無断外出をした子には反省文を書かせたり、一時保護所を出たあとに養護施設に行くのか家庭に帰るかをほかの子にしゃべってしまった子には楽しみにしていたイベントに参加できないようにしたりするなど、実質的には罰則もありました。子どもの話を聞きたいとか子どもの役に立ちたいと思って入った一時保護所でしたが、果たして子どもたちのためになってるんだろうかと葛藤があり苦しくなっていきました」

 

飯島さんのフェイスブック

働いていた当時、フェイスブックには無力感をつづっていました。
「人が本当に足りない。色んな状況の中で、心が揺れて落ち着かない子のそばにいて話をすることすらできない。俺らができるのは、即座にその場を治めるために、強く注意することしかできない。その子は、拠り所のない気持ちを無理やり自分の中に押し込める。押し込め切れない気持ちは、大声や大きな行動になって現れるけど、それすら注意をして無理矢理沈めるしかない。こうすることしかできない。今の状況では、しょうがない。でも目の前にいながら、こんなことしかできない自分が虚しいし、悲しいし、もどかしい。
こんなに怒らないといけないのだろうか。それぞれの背景があって、そうせざるを得ない状況にあって、決して責められないのに、怒らざるをえない。自分の大事にしてきた思いを今自分でぐちゃぐちゃにしつつある。私に経験があれば別だが、指導力もないゆえ、一番瞬間的に効果が生まれる怒りに頼らざるをえない。私が一番忌避してきたことにも関わらず。怒って、自らをすり減らしている。何のためにこの仕事についたのかと、自問したくなる。」

2021年秋に退職した飯島さんは、職員が子どもたちに向き合える環境にするために▼休憩時間や仮眠時間を確保すること▼仕事だけでなく健康的面精神面のアドバイスをくれる存在、▼職場でおかしいと思ったことを伝えて、改善する仕組み作りが必要だと話してくれました。

専門家 職員に必要な支援を

千葉県の一時保護所で勤務した経験のある東京経営短期大学の小木曽宏特任教授は、サポート体制の充実が欠かせないと指摘します。

東京経営短期大学 小木曽宏特任教授

「現場の職員からは、人員を増やしても休職したり退職したりする職員も多く、相談対応件数は増えているため、人員確保はまだ追いついていない状況だと聞く」

また、職員のサポートを強化するためには、研修に参加できるようにする仕組みや、スーパーバイザーの体制を強化することが必要だと話しています。

「現場の職員は緊急対応が優先で、研修があっても出られないこともあると聞くので、研修に参加できるようにした上で、外部のスーパーバイザーが児童相談所を回り、職員の空いている時間にいつでも相談に行けるような仕組みを作るのがよいのではないか」

必要な支援とは

児童相談所の職員のうち、特に研修が不十分なのが、一時保護所で子どもたちの学習などの指導にあたる児童指導員です。千葉県の児童相談所で児童心理司、児童指導員として10年勤務していた昭和学院短期大学の阪無勇士助教によりますと、現場では、記録の書き方や一時保護所の生活面の指導方法は教えられるものの、虐待を受けた子どもとの関わり方については研修がなく、子どもとの関わりを学ぶには年に2回ほど行われる外部の研修に参加するか、独学で勉強するしかないといいます。2018年の厚生労働省の調査によりますと、外部の研修に参加できる児童指導員は、「職員全員参加できる」が20.2%、「一部の職員が参加できる」が69.7%、「参加できない」が6.7%となっていて、シフトの都合や業務の多忙を理由に参加できないことが多いのが実態です。

昭和学院短期大学 阪無勇士助教

阪無助教は、一時保護所で働く職員と保護されている子どもたちにインタビューやアンケート調査を行い、何に困っているのかという現場の声に基づいた「職員支援のモデル」をまとめました。支援モデルはステップ1から4に分けられています。

職員支援モデルの全体図

ステップ1では「子ども中心の関わり方」について学びまず。
阪無助教が去年秋に行った調査では、子ども同士がけんかしたときなどにその場を収めようと厳しく指導する強制的な関わりや、子どもの問題に関わらないようにする回避的な関わりをしてしまうことに悩む職員が1割あまりいるということで、冷静な態度で解決しようとしたり、寄り添った関わり方に変えていくために、職員自身の関わり方のパターンを整理します。

ステップ1

ステップ2では実際にあった事例を振り返りながら、トラウマや問題行動などの虐待の影響を理解し、子どもにどのような声かけをするべきか考えます。

ステップ2

ステップ3は、トラウマを抱えている子どもに対して、トラウマの影響を十分に理解して、配慮ある関わりをする「トラウマインフォームドケア」の方法を学びます。

その上で、ステップ4として、子どもの権利の理解と活用や、職員のスキルアップや心理ケアが図られるように職員を支援する体制を築くなどの組織づくりを行うというものです。

阪無勇士助教「研修に参加できるようになればよいということではなく、組織全体でこども中心の関わり方ができるようになることが重要です。子どもとの関わり方について学ぶ時間が少ない現場の職員の方たちに、この支援モデルを参考してもらい、できることを増やしてもらいたい」

取材後記

野田市などの虐待事件を受けて、虐待防止の機運は高まりましたが、子どもを守る現場がどれだけ変わったのか、引き続き確認していくことが必要です。私は事件発生直後から、心愛さんと家族がどのような生活を送っていたのか、そして周囲に支援を求められなかったのか取材を続けてきました。事件から3年、今年も最後に心愛さんが住んでいたアパートに足を運び、手を合わせました。3年前に取材を始めたときの初心を忘れず、今後も取材を継続していきたいです。

  • 杉山加奈

    千葉放送局東葛支局

    杉山加奈

    野田市の虐待事件の発生から裁判を含め継続的に取材

ページトップに戻る