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松山市の覚醒剤密造拠点に潜入取材

防犯カメラ、釘付けのカーテン・・・貸した家がまさか・・・
  • 2023年12月19日

「あなたの家で覚醒剤が密造された」。警察からの電話に男性は耳を疑った。作業場として使っていた民家。「どうしても貸してくれ」と頼まれ貸した家は密造拠点に使われた。

(NHK松山放送局 記者 川原の乃)

“家を貸してほしい”

ことの発端は1年ほど前にさかのぼる。

令和4年12月、男性の職場に、突然、会社の経営者をかたる高齢の男女2人組が訪ねてきた。

男女
「社員の通勤に便利なので、家を貸してほしい」

松山市郊外にあるその家は、男性が農作業の資材置き場や作業スペースとして使っていた。風呂やトイレなど生活に必要な設備はあるものの、人に貸すような家ではない。不審に思った男性は依頼を断った。しかし2人はその後も毎日のように職場に通い詰めたという。

男女
「貸してくれるまで帰らんけん」

そう迫られ男性は根負けし、令和5年1月、1年契約で賃貸契約を結んだ。契約はその家に60代の社員が1人で住むという内容だった。

男性が貸した松山市郊外の民家

当初は、住民を名乗る人物からも頻繁に連絡があったが、1か月ほどたった2月に入るとぱたりと途絶え、その後は家賃の振り込みも遅れがちになったという。

そして、家を貸して半年が経った5月末。男性のもとに突然、電話がかかってきた。警察からだった。

警察
「あなたの家で覚醒剤が作られていました」

警察によると、内偵情報をもとに捜査員が家に踏み込み、その場で台湾出身のメンバーを確保。その後、複数のメンバーが逮捕、起訴された。その中には家を貸してほしいと頼み込んできた男女も含まれている。

警察の押収品

現場からは、覚醒剤およそ100グラムのほか、ミキサーやIHヒーターなどの調理器具、原料とされる薬品も押収された。こうした身近な道具を使って密造が続けられたとみられている。
捜査関係者によると、グループは市販の風邪薬を大量に仕入れ、わずかに含まれる覚醒剤の原料成分を抽出していたという。錠剤数十万錠を取り出す作業はグループの間で「プチプチ」と呼ばれ、手作業で行われていたとみられる。

男性も貸主として警察署で事情聴取を受けた。
「まさか自分の家でそんなことが起きていたなんて・・・」
男性は逮捕・起訴された男女に対して、すぐに賃貸契約の解除を通知。その後、密造拠点として使われた家からは足が遠のいていた。

民家に残された製造の痕

覚醒剤を密造していた家はどのような場所だったのか。
グループの摘発から半年が経った11月、記者は男性に連絡を取って、室内を取材することができた。

松山市中心部から車で数十分。その家は、木々がうっそうと生い茂る林道沿いにポツンとたたずんでいた。周辺に民家はなく、人通りもほとんどない。事件発覚後、初めて家の中に入るという男性に同行して、記者も室内に足を踏み入れた。

メンバーの生活の痕跡がそのまま残されている室内。2台のベッドにダイニングテーブルと冷蔵庫。どれも貸す前にはなかったものだ。戸棚には、インスタントラーメンなど保存がきく食料も大量に買い込まれていた。
 

室内の様子
ジュースのペットボトルや、たばこの吸い殻もそのまま残されている


さらに、中国語で書かれた広島県の観光ガイドブックや、逮捕・起訴された台湾出身の被告の名前が書かれた運転免許証、それに日本までの航空券を手配したとみられる旅行会社の領収書まで残されている。警察は、製造方法を習熟した台湾出身の被告が密造の重要な役割を果たしたとみている。

身を潜めるようにして生活していたのだろうか。家の前を人が通ることはめったにないにも関わらず、玄関の前には防犯カメラが新たに設置され、ほとんどの窓にカーテンがつけられていた。カーテンレールのない窓には釘を打ち付けて張る徹底ぶりだ。

 

釘で打ち付けられたカーテンと防犯カメラ

“極めてまれな事件”なぜ民家が狙われたのか

警察庁の統計によると、令和4年、覚醒剤取締法違反で検挙されたのは、およそ6000人に上る。しかし、ほとんどが「所持」や「使用」によるもので、「製造」したとして検挙されたのはわずか4人。愛媛県内では初めてのケースだ。

薬物犯罪に詳しい専門家は、今回の事件を極めてまれなケースだとしたうえで、次のように分析する。

元関東信越厚生局麻薬取締部長 瀬戸晴海さん
「日本で覚醒剤を製造すれば無期懲役になる場合もあり、原料を仕入れるのも難しい。現状では密輸した方が低リスクで安く手に入る。そうした状況にも関わらず、あえて覚醒剤の密造に手をかけたのは、将来的に国内で大量生産することをもくろんでいたからではないか」

さらに専門家は、今回の事件のように過疎化や人口減少が進む地方にある人目が届かなくなった民家や空き家が、今後、犯罪インフラとして目を付けられるケースが増えるのではないかと指摘している。

「中山間地域では過疎化で空き家がどんどん増えていて、密輸入した大麻の『置き配』場所に空き家が使われたり、家主に黙って大麻を栽培するケースが起きている。覚醒剤を密造する過程では有害なガスや悪臭が発生するため、人目につかない空き家は格好の拠点になる」

“貸してしまったばっかりに”

男性も、狙われた理由について「周辺に民家もなく、ふだんは誰も来ないような場所だった。密造に最適な場所だったのではないか」と推測する。

かつて男性は、この家の近くにある果樹園で梨を育てていて、山ほど収穫した果実を家の中で選別し仕事仲間に振る舞うのがささやかな楽しみだった。そんな思い出が詰まった大切な場所を犯罪の拠点に使われたことに男性は大きな憤りを感じている。さらに家に残されたものは男性の負担で処分しなければならない。貸してしまったことを今でも悔やんでいる。

家の所有者の男性

男性
「自分が貸してしまったばかりにこんなことになってしまった。覚醒剤が作られていたなんて人に言えない。今一番感じるのは怒りですね。この場所を犯罪に使われたことに」

取材内容は動画でも視聴できます。

  • 川原の乃

    川原の乃

    2022年入局。関心分野は教育・福祉。 大学時代は登山をしていました。 最近はキャンプ道具探しにはまっています。

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