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2023年10月24日(火)

“危険”か“過失”か 「猛スピード運転」と死亡事故

“危険”か“過失”か 「猛スピード運転」と死亡事故

「危険運転致死傷罪は何のためにあるのか…」遺族がカメラの前で胸中を明かしました。法定速度を大幅に上回るスピードで走行し死亡事故を起こしても、なぜ危険運転の罪に当たらないのか。今、各地で遺族が法の不備を訴え改善を求めています。大分市では時速194kmでの死亡事故をめぐって過失運転から、より罪の重い危険運転に起訴内容が変更、裁判の行方に注目が集まります。猛スピード運転は“危険”か“過失”か、徹底検証しました。

出演者

  • 城 祐一郎さん (昭和大学医学部教授・元最高検察庁検事)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

番組に届いた手紙 “奪われた大切な命”

桑子 真帆キャスター:
私たちの取材のきっかけは、番組に届いた一通の手紙でした。寄せてくれたのは波多野暁生さん。信号無視の車に小学5年生の長女の命を奪われました。


ただでさえ大切な人を殺され、その上、一般常識を逸脱した運転によってもたらされた結果を司法から「過失です。お気の毒ですが」とダメ押しをされるのです。これらの悪質運転により家族を殺された人たちは「気の毒だった」だけで黙殺されて良いのでしょうか?

波多野暁生さん

悪質な運転を巡って、今、何が起きているのでしょうか。

「猛スピード」での死亡事故 “危険”か“過失”か

この夏、猛スピードによる事故で家族を亡くした人たちが被害者の会を立ち上げました。

中心メンバーの一人は、番組に手紙を寄せた波多野さんです。危険運転を取り締まる法律に問題があるのではないかと訴えました。

高速暴走・危険運転被害者の会 波多野暁生さん
「異常な高速運転で重大な事故を起こしたにもかかわらず、加害者に危険運転致死罪が適用されない。理不尽が実際に起きていることを認知していただく」

今、法定速度を大幅に超える猛スピードで事故を起こしても「危険運転には当たらない」と判断されるケースが各地で相次いでいるのです。

2023年2月、宇都宮市で起きた事故で夫を失った佐々木多恵子さん。

佐々木多恵子さん
「『今から帰るよ』って。本当に寒い日だったので、お風呂を沸かしたり準備をしていた」

事故は、夫の一匡さんが会社から帰宅途中に国道で起きました。乗っていたバイクが、時速160キロを超える車に追突されたのです。

一匡さんのバイクに追突したのは、二十歳のドライバーの車。仲間が乗った2台のバイクと競い合うように走行していました。

そして、仲間のバイクに追いつこうと法定速度の2倍を超える160キロまで加速。一匡さんのバイクに追突しました。

定年を2年後に控え、夫婦でこれからの過ごし方を話し合っていたやさきの事故でした。

佐々木多恵子さん
「これは退職後のライフプランイメージとか書いていますね。NPOに参加する。社会貢献と趣味。近所の人たちと知り合いになる。心の広い人、優しい人ですね」

事故のあと、多恵子さんは検察の判断に衝撃を受けました。ドライバーは「危険運転」ではなく「過失運転」の罪で起訴すると伝えられたのです。

事故で人を死傷させたドライバーに対する罪は大きく2つあります。故意に危険な運転をした場合「危険運転致死傷罪」。刑の上限は懲役20年です。
一方、不注意だった場合は「過失運転致死傷罪」。上限は懲役7年で、危険運転の罪に比べ、刑が大幅に軽くなっています。

なぜ危険運転ではなく、過失と判断されたのか。

危険運転致死傷罪は、進行を制御することが困難な高速度での走行を処罰の対象にしています。これまで、スピードを出し過ぎてコントロールを失い、車線から外れた場合などに適用されてきました。しかし、いくらスピードを出していても車線の中を走行できていれば多くの場合、適用されないと解釈されてきたのです。

検察は危険運転の罪で起訴してほしい。多恵子さんは署名を集め、こう訴えています。

佐々木多恵子さん
「時速160kmで亡くなった、危険な運転をして起こした事故も過失。うっかり過失犯と同じ過失ということでは全くない。許せないです」

危険運転致死傷罪が制定されたのは、1999年に起きた事故がきっかけでした。常習的に飲酒運転をしていたトラックのドライバーが、乗用車に追突。炎上した車内で、3歳と1歳の幼い姉妹が亡くなりました。当時、交通死亡事故は過失を問う法律しかなく、判決は懲役4年。

遺族の会見 2000年

井上郁美さん
「懲役4年というのは、あまりにも(刑が)軽いんじゃないか」

社会に衝撃が広がり、法の整備を求めて37万を超える署名が集まりました。2001年、危険運転致死傷罪が制定。飲酒運転などとともに制御困難な高速度の運転も処罰の対象になったのです。

なぜ「制御困難」という要件がつけられたのか。当時の議論に参加していた弁護士は、刑罰が大幅に重くなることから、その対象が広くなりすぎないようにすることを意識していたといいます。

弁護士 髙井康行さん
「(交通事故は)誰でも起こす可能性があるので、めったやたらに拡大解釈されることになってくると、通常のスピードオーバーによる交通事故、これも全部、危険運転になってしまう。普通の交通事故で処罰されるべき事故が、すべて極めて重い危険運転致死で処罰されてしまう」

法案作成の中心的な役割を担った法務省の元刑事局長は、道路の形状や車の性能などによって状況が異なるため、スピードだけを基準にして危険運転と判断するのは難しかったといいます。

法務省 元刑事局長 古田佑紀さん
「例えば狭い道で時速100kmのスピードで走るのと、高速道路で時速150kmのスピードで走るのと、どっちが危険だというと、それは恐らく狭い道で時速100kmで走ったら大変なことになるわけで。そういう状況に応じて変わってきてしまう」

こうして「制御困難」という要件がつけられた危険運転致死傷罪。猛スピードの悪質な運転に対応できているのか。

2018年、津市で起きた事故。タクシーに時速146kmで走行する乗用車が衝突し、4人が死亡、1人が大けがをしました。

亡くなった大西朗さんの母・まゆみさんです。

危篤状態で病院に運ばれた朗さんは、6日間生きるために闘い続けました。

大西まゆみさん
「名前のとおり、朗らかでおおらかな子でした。本人は即死のほうが楽だったんじゃないかなと思ったんですけど、6日間、頑張ってくれたのは本当に朗の優しさだったなと思って。みんなに祈りの時間と、お別れの時間をくれたんだなと」

朗さんたちが乗ったタクシーが飲食店を出て、国道を横断中、猛スピードで走行する乗用車が接近しました。タクシーは一旦停止。しかし、車線変更してきた乗用車がそのまま突っ込んだのです。

事故を起こしたドライバーは危険運転ではなく、過失運転の罪で有罪が確定しました。大きな決め手となったのが、直前の車線変更。これは衝突を避けるために行われたとして「制御困難」には当たらないと判断されたのです。

判決は「時速140キロを超える運転は常識的に見て『危険な運転』であることはいうまでもない」と指摘したものの「スピードだけでは『危険運転』の要件を満たさない」としました。

大西まゆみさん
「危険だけど、法律にはそれは危険運転じゃないって書いてあるから危険運転は適用できないって言われると、誰がそんなこと納得できるんだろうって思いますよね。じゃあ危険運転致死傷罪って、いったい何のためにあるのって」

「猛スピード」での死亡事故 “危険運転”ではないのか?

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、元検事で危険運転の捜査を指揮してきた城祐一郎さんです。

「危険運転致死傷罪は何のためにあるのか」という言葉がありましたが、これまでどのようなケースが危険運転で適用されてきたのでしょうか。

スタジオゲスト
城 祐一郎さん (昭和大学医学部教授・元最高検察庁検事)
元検事 危険運転の捜査を指揮

城さん:
危険運転には基本的に8つぐらいの類型があるのですが、今回問題とされてるのは「高速度」によるものだと思いますが、高速度による危険運転のケースとしては年間30~40件ぐらい検挙されていると思います。

一番多くはカーブが曲がり切れないといったケースですね。これが最も多いのですが、そのほかには道路に凹凸があり車体が浮かぶような場面での走行。また、路面がぬれていたりしたことで路外、道路の外に飛び出してしまう。こういったケースが一番多いケースだと思います。

桑子:
多くの場合、直線であると制御できていると解釈されているということですが、「危険運転致死傷罪」というのは「制御困難な高速度」のほかにも「飲酒運転」それから「信号殊更(ことさら)無視」「妨害(あおり運転)」などの要件が処罰の対象になります。

22年前に制定されてから、これまで悪質な事故をきっかけに度々見直されてきました。例えば「妨害(あおり運転)」でいいますと3年前に見直されまして、あおり運転の処罰の対象が広がったということがあります。

桑子:
こうした中で、実は「制御困難な高速度」というのは一度も見直されてきていません。城さん、これはどうしてでしょうか。

城さん:
これまで検察は、この「制御困難な高速度」が適用されるべき事案に対して「解釈」で闘ってきたわけです。これは古典的にはというか、伝統的には車体の性能とかですね、もしくは道路の状況といった客観的な要素に限定されて、それに応じて運転できない、走行できないというのを入れてきたわけです。検察はそれに加えて、例えば交通ルールに従えないような場合なども「制御困難」に入れようとしたわけです。

ところが、それらの新しい解釈がことごとく裁判所に否定されてきたわけです。そういう意味で新しい見直しという以前の段階で、検察は「解釈」によってこれをなんとか被害者のために適用しようとしてきたわけですが、そういった意味で言えばもう、これだけ解釈の限界というかですね。解釈では無理ということであれば、おっしゃられるように法律の改正等の見直しというのも必要だろうと思います。

桑子:
この猛スピードと危険運転の問題に一石を投じるのではないかと、今、ある裁判の行方に関心が集まっています。2021年、大分市で起きた時速194キロでの死亡事故の裁判です。

“時速194km”の事故 危険運転の罪に当たるか

ボンネットが潰れ、原形をとどめないほど大破した車。この車を運転していた会社員の小柳憲さんが亡くなりました。小柳さんの母親は、事故から2年たった今も毎週のように現場に通い続けています。

小柳さんの母親
「痛かっただろうと頭から離れないです」

深夜、帰宅途中だった小柳さん。県道の交差点を前の車に続いて右折しようとしたところ、法定速度の3倍を超える時速194キロで走ってきた車と衝突しました。

猛スピードで運転していたのは、当時19歳の被告。捜査関係者によると、事故現場までのおよそ1キロの間、車線に沿って走行し、交差点で小柳さんの車と衝突したといいます。

検察は当初、被告を「過失運転」の罪で起訴しました。しかし、遺族の声を受けて再捜査し、起訴の内容を「危険運転」の罪に変更しました。

「制御困難な高速度」だけでなく「妨害運転」にも当たると主張することにしたのです。妨害運転は「あおり運転」で事故を起こした場合などが想定されていて、猛スピードの運転に適用しようとするのは異例です。

一体どういうことなのか。危険運転の罪について研究している名古屋大学大学院の古川伸彦教授に、最新の運転シミュレーターを使って解説してもらいました。

今回の事故は、捜査関係者は被告の車が法定速度で走っていれば小柳さんは既に右折を終えていた可能性が高いと見ています。右折している車を認識していながら猛スピードで走行したのであれば、進路を妨げる「妨害運転」に当たると古川さんは指摘します。

名古屋大学大学院 古川伸彦教授
「この状態で直進すると、その車両の通行の邪魔になる。妨害目的を認定することは論理的には可能であろう」

そこでポイントになるのが、右折車をどの時点で認識していたのか。右折車に気付いた時には十分な距離がなく、よけ切れなかったのであれば「妨害運転」とは言えず「過失」になる可能性もあるといいます。

古川伸彦教授
「もはや手遅れな状態だったのであれば(妨害運転は)立証はできない。裁判所としては、かなり難しい判断が迫られることになるのではないか」

裁判に向けて争点の整理が進められている今回の事故。司法の判断が注目されます。

小柳さんの母親
「あんなひどいあれ(スピード)じゃなかったら、生きてくれていろいろ話したと思うんですけど。ごめんなさい」

危険運転致死傷罪 どうあるべきか

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
今見たように、検察が「妨害」も当てはめて起訴内容を変えるという異例の動きも出るほど猛スピードの死亡事故が危険運転に適用されないケースが相次いでいること。法律の制定に携わった人たちはどう見ているのか私たちは聞きました。

まず、法務省元刑事局長の古田さん。

現在の法律でも対応は可能だと。「制御困難」というのが、今は狭く解釈されているので法律の運用を合理的に改めてもよいのではないかということでした。
また、弁護士の髙井さんは、法律の拡大解釈はすべきではないと。そうすると対象でなかった人も重い罪になる。今、道路や車の状況が変わっているなら新たな法律や条文を作るのが筋だと話していました。

こういう意見もあるわけですが、城さんは現在のこの法律の運用をどう考えていますか。

城さん:
先ほど申しましたように、高速度の制御困難という概念は裁判所が検察の新しい解釈を否定してきてますので、やはりこれはこれからも難しい、解釈を取るのは難しいのかもしれません。

そうであるなら私は、以前からこの妨害行為による危険運転の適用はどうかというふうに申し上げております。というのはですね、妨害運転というのはほかの車の進行を妨害することは確実であるという認識を持って妨害目的と同様に解釈することができるというのが今の裁判所の解釈ですから、高速度で走って自車が避けたり止まったりすることができないのであれば、もうこれはほかの車に止まってくれとしてもらうしかないわけですから、これは他車の進行を妨害することは確実であると認識していることになります。

そして更に私の考えで言えば、要するにその他車の存在を認識する必要はないと考えておりますので、通常そこに車が来るということをありえることが分かってさえいれば、この妨害行為の解釈の適用は可能だと思っております。

桑子:
時代に、状況に合わせて法律というのは考えていく必要があると思うのですが、例えばどういう変え方というのが考えられますか?

城さん:
高速度に関して言えば、例えば制限速度の2倍を超える速度で走った場合、高速度の危険運転として新たな類型を設けるというのは一つの方法だろうと思います。

桑子:
この時代に合った法律はどういうふうに作っていったらいいと考えられますか?

城さん:
やはり法律というのは、国民の選挙によって選ばれた人たちが国民のまさに幸せや安全を守るために作るものが法律です。その法律が国民の多くの方々の幸せなり安心を得られるようなものになっていないのであれば、これは国会なり司法に対する信頼が失われていくことになると思います。

やはり、この法律というものが本当に真に国民に寄り添ったものであるためには、その内容について不断の変更が必要だろうと思います。そういった中で、やはり適切な法改正が今回はまさに迫られていると思いますし、その法律の中で今、交通警察官が多く頑張っていただいていることも認識していただければと思います。

桑子:
ありがとうございます。今回の私たちの取材は、番組に寄せられた声をきっかけに始まりました。これからも皆さんの声をもとに取材をしていきます。

今、取材を進めているのは過去最多になっている認知症の行方不明者についてです。「スクープリンク」から体験談や情報をお寄せください。

最後は、20年以上にわたって危険運転をなくす活動を続けてきた遺族の思いです。

“危険運転なくしたい”活動続ける夫婦の思い

2000年 井上郁美さん
「懲役4年というのは、あまりにも(刑が)軽いんじゃないか」

立法のきっかけとなった東名高速飲酒運転事故で、幼い姉妹の命が奪われました。

井上郁美さん
「危険運転致死罪が適用されるように署名をお願いしています」
井上保孝さん
「ご協力ください」

両親は今、猛スピード事故の被害者を支援しています。

活動の源は、当時寄せられた2千通以上の手紙です。

井上郁美さん
「全く見ず知らずの人が手紙を書いて送ってくれて」
井上保孝さん
「『おふたりの無念さを思うと胸が痛みます』『私たちの署名がよい意味で物事の解決や変化に役立てれば幸いです』」
井上郁美さん
「被害者の立場だけではなくて、その後ろに被害者じゃない人たちもこんなふうに思っているんだ。(法律が)出来て終わりじゃなくて、その後、ちゃんと使い続けられる。私たちがずっと見守り続けなければいけない。やっぱりもっと人の命の重みを反映する法律であってほしい」
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