日本が掲げた「大東亜共栄圏」とは

共存共栄という「大東亜共栄圏」の理想を現地の人はどう受け止めた?

太平洋戦争で東南アジアを占領した日本は、その目的として「大東亜共栄圏」の建設を掲げました。大東亜とは、東アジアから東南アジアにかけての一帯を指します。東條英機総理大臣は、この地域は資源が豊富であるのに、アメリカやイギリスなどによって搾り取られ、文化の発展も阻害されており、日本を中心にした「道義に基く共存共栄の秩序を確立」すると述べました(東條英機『大東亜戦争に直面して』)。アジアの人々はどう受け止めたのでしょうか。

開戦直後、日本が占領したオランダ領東インド(現在のインドネシア)のある住民は、「気球の先にヒノマルの旗が、そしてもうひとつの先に(現在の国旗の)紅白旗が結ばれていました。その気球には「旗の色も、民族も同じ」と書かれていて、若い人や学生たちはそれを見て喜びにわきたっていました。ええ、とても友好的でした」と当時を振り返っています。

「歓喜に沸く東印度」(日本ニュース第226号)

「共存共栄」の実態は

一方、日本側の本音としては、自国の事情が最優先でした。東南アジアに軍事進攻したのは、石油や鉱物などの資源獲得が目的です。政府と軍は、資源獲得と日本軍の自活のために生じる現地住民への悪影響は我慢させ、早急な独立運動を誘発するのを避けるという方針を決めていました(大本営政府連絡会議「南方占領地行政実施要領」)。

また、共存共栄を呼びかけた現地住民を「土民」と呼び、日本が中心となって各地域を指導し、その独立も日本が判断することが前提となっていました(海軍省調査課「大東亜共栄圏論」)。日本軍による解放に期待したインドネシアのある住民は、日本人は「バゲロー(馬鹿野郎)と言って頭を叩くのです。インドネシア人にとって、頭は神聖で敬うべきものなのです」と振り返っています。自転車に乗っていて憲兵隊に捕まり一週間拘禁された男性は、「ケンペイタイは、常軌を逸するほど、乱暴で残酷でした」「日本人はどうしてこんなことをするのか、本当に理解に苦しみました」と回想しています。

「共栄圏」住民の生活は?

もともと東南アジア諸国は、イギリス、アメリカ、オランダ、フランスの植民地で、こうした国々などとの交易で経済圏が成立していました。日本の進攻はそれまでの関係を断つことになりましたが、欧米に代わった日本には、太平洋戦争を遂行しながら新たな経済圏を確立するだけの国力はありませんでした。各地で激しいインフレが起こり、日本軍が自活のために食糧などを取り立てたため、人々は食料や生活物資の不足に苦しみ、飢饉も起こりました。

また、住民を労働者として集め、鉄道や道路建設など、様々な場所で働かせました。過酷な労働、食料不足や感染症で多くの人が亡くなりました。ビルマ(現在のミャンマー)の鉄道建設現場で日本軍に雇われたある人物は、コレラで「同時に4、5人もがかたまって死んでいく」「日本人は労務者の健康にはまったく注意を払わない」と記しています。

フィリピンでは、女性への性的暴行が多くあったとして、部隊の上層部から注意が促されています。女性に対し横暴に振る舞う将校を見たある軍人は、「これでは征服は出来るかもしれないが、治政は到底困難だ」と日記で嘆いています。

各地で起きた日本への反乱

1943年、東京で大東亜会議が開かれ、タイ、フィリピン、ビルマ、満州国などの代表者が参加、自主独立の尊重と相互親睦、互恵的経済発展、人種差別の撤廃などを掲げました。フィリピンやビルマの独立が約束される一方、重要な資源地帯であるマレーやインドネシアから代表者は招かれませんでした(翌年、インドネシアに対しては将来の独立を容認)。

大東亜会議に参加した各国の代表者

戦局の悪化とともに、日本に反発する動きが各地で強まりました。もともとアメリカからの独立を認められていたフィリピンでは、抗日ゲリラが支配地域を広げ、日本軍を圧迫していきました。開戦当初、日本軍を解放軍として迎えたインドネシアやビルマでも、日本への反乱が起きました。

日本の軍人や、東南アジアに進出した企業人の中には、「大東亜共栄圏」の理想を信じた人たちもいました。日本の敗戦で、東南アジア諸国は再び旧宗主国の統治に服することになりましたが、その後、各国で独立運動が起こりました。日本の軍人の中には、独立運動に身を投じた人もいます。大東亜共栄圏の理想と現実は、日本人、アジア諸国の人々に、相矛盾する認識や感情を抱かせることにもなりました。

参考資料

  • 『インドネシアにおける日本軍政の研究』早稲田大学大隈記念社会科学研究所編 紀伊国屋書店
  • 『太平洋戦争とアジア外交』波多野澄雄 東京大学出版会
  • 『日本の南進と大東亜共栄圏』後藤乾一 めこん
  • 『ふたつの紅白旗』インドネシア国立文書館編 倉沢愛子・北野正徳訳 木犀社
  • 『死の鉄路 泰緬鉄道ビルマ人労務者の記録』リンヨン・ティッルウィン 田辺寿夫訳 毎日新聞社
  • 『一中尉の東南アジア軍政日記』榊原政春 草思社

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