東京湾上空に謎の雲列出現!

(地球海洋学科での最近の卒業論文から)

 

地球海洋学科では、「地球と海」をキー ワードにして幅広い分野(気象学、海洋学、地震学、天文学、水中音響工学、計測工学)の教育研究を行っています。これらの分野は密接に関連しています。例えば台風を予報するには気象以外にも、海洋のことを知る必要があります。台風は海から水蒸気の供給を受けて発達するからです。さらに海には観測場所が無いので人工衛星を使って宇宙から観測する必要があります。これには天文学や計測工学の知識が必要です。あるいは船からソーナーを使って観測することもあります。これには水中音響工学というソーナーに関する学問を知る必要があります。最近は津波で大きな被害がでましたが、これも海洋学と地震学の両方を知る必要があります。

このように「地球」を理解するには様々な分野の知識が必要なため、授業科目も多岐にわたります。4年生になるとそれまで学んだ知識を総動員して卒業論文を書きます。もちろん、専門的な知識も必要となります。ここでは最近の卒業論文をいくつか紹介しましょう。

 

東京湾上空に謎の雲列出現

グライダー部に所属するI君は、クラブ活動中に不思議な雲を見つけました。細長い形の雲が空の南から北まで延びているのです。この雲の下ではグライダーが上昇流にのって高くまで上がれたので、滞空時間を延ばすことができました。グライダー乗りにとってはうれしい限りです。

この不思議な雲ができた理由を解明したい!彼はこれを卒業研究のテーマに選びました。しかし研究は困難を極めました。なにしろ、当日の雲の状況は彼が撮った写真でしか残っていなかったからです。この雲は小さかったので、気象衛星ひまわりが撮影した写真には写っていませんでした。気象庁に足を運び、データを集めグラフを描き、天気図を解析する日々が続きます。雲の大きさを求めるため、写真に写っていた木の高さを測量したりもしました。

I君:「千葉の山に風がぶつかって雲ができたと思うんですが」

先生:「山って言ったって、君、そんなに高い山かい?」

I君:「......」

I君:「では、沿岸前線でできた雲ではないでしょうか?」

先生:「では、まず沿岸前線とはどういうものか、説明してみなさい。君が雲列を見た日は沿岸前線が発生する条件を満たしていましたか?」

I君:「......」

先生:「似たような雲列として、冬の日本海にできる筋雲があります。これについては教科書に載っているので、もう一度ひととおり読んでください」

こういう時は先生も真剣勝負です。自然現象には正解はないので、学生が出す思ってもいない意見も丁寧に検討する必要があります。彼は基本に立ち返り教科書を調べなおしました。そんな中で彼が発見したのは、当日、地上と上空では違う風向になっていたことです。これを気象学では風向シアーと呼びます。シアーがあるとそこでは大気不安定なため、上昇流と下降流が発生します。これが雲列の原因だったのです。

 

図1 2010年11月27日 東京湾周辺に発生した雲列(撮影I君)

 

図2 雲列発生時の風向の高度分布

900〜900mで下層は南西風、上空は北東風となっており、

風向シアーがみられる

 

楽天が負けたのは霧のせいか?

楽天イーグルスファンのN君は、ホームスタジアム(仙台)で観戦していて霧でゲーム中断、中断後に逆転負けという悲劇を2度も経験します。そのシーズンの楽天の悪成績が霧のせいなのかどうかはさておき、「仙台って霧が多い?」と疑問に思った彼は仙台の霧を卒業研究に選びました。

200805052009

 2008年5月5日に試合が中断し、最も霧が濃くなったとき(20:09)の写真(撮影N君)

この時の球場内の推定視程は180m、同時刻の仙台管区気象台では0.5km、

球場と気象台の距離はおよそ0.8km

 

霧の研究といえばアメリカのオールバニーという所の霧について研究した有名な論文(英語)があります。彼は論文を丹念に読み込んで、その研究方法を仙台に応用することにしました。1995年から13年間のデータを使い、統計処理をします。防大2年生の時に勉強したコンピュータープログラミングの知識が役に立ちました。

彼の研究では、仙台の霧は5〜7月に多いこと、日の出1時間前ぐらいに発生して日の出3時間以内に消えるパターンが多いこと、霧がでる時の風向は南東風が多く季節風の影響が強い、ということが明らかになりました。

 

図4 540事例を月ごとにまとめたもの

縦軸は発生回数、横軸は発生月、黒の部分は降水霧を、斜線部は無降水霧を表す

 

 霧発生・消滅時の風向を表したもの

白棒は霧の発生時の風向、黒棒は霧の消滅時の風向をそれぞれ表す

風向は16方位で表わしている

 

飛行機は乱気流を避けられるのか?

Y君は将来、航空自衛隊のパイロットを志望しています。パイロットにとって目に見えない乱気流は恐怖です。どんな時に、どんな場所で乱気流が発生しているのかを調べました。

 国内で2003年からの3年間に報告されている乱気流は14132件ありました。高度は6〜7km付近が多く、特に春先に多い傾向があります。報告があった1日ごとに天気図とにらめっこしながら、発生原因を特定していきます。地味で気の遠くなる作業ですが、研究科の大学院生に助けてもらいながら作業を進めます。研究科の学生は自衛隊での勤務を経て防大の大学院に来た人がほとんどです。作業の合間に自衛隊での仕事や生活について教えてもらえました。こういう所も防衛大のいいところです。最終的には1日に何件も発生している事例を選びだし99日分の解析をしました。下の図はその一例です。彼が突き止めた乱気流発生の原因は、最も多い要素としてジェットに伴う風のシアーでした。これは特に冬に多くなります。一方、夏は気圧の谷に伴う風向の乱れでした。

図6 乱気流発生件数の季節変化

図7 2005年3月11日の乱気流発生状況

発生件数:69件、発生地点:北海道南部〜南西諸島、

発生高度:9,000〜41,000ft

関東以西は太平洋側で多発している

 

いかがでしたでしょうか。これらはほんの一例ですが、卒業研究の雰囲気を感じていただけたでしょうか?皆さんが防大の門をくぐり、我々と一緒に勉強・研究する日を楽しみにしています。

 

【文責:地球海洋学科 准教授 菅原広史】

(図および写真はI君、N君、Y君の卒業論文から転載しました)