絵巻物の基本

源氏物語絵巻とは - ホームメイト

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「源氏物語絵巻」(げんじものがたりえまき)とは、「紫式部」(むらさきしきぶ)が著した「源氏物語」(げんじものがたり)を絵画化した絵巻物のことです。平安時代中期に評判となった憧れの貴族社会の恋愛物語が、平安時代後期の一流画家や書道家達によって、数多く具象化されました。刀剣ワールドが所蔵する「九条家」(くじょうけ)伝来の源氏物語絵巻や国宝の源氏物語絵巻について、詳しくご紹介します。
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源氏物語絵巻とは

源氏物語絵巻の歴史と概要

絵巻物

絵巻物

源氏物語絵巻」とは、「源氏物語」を絵画化した絵巻物のことを言います。

源氏物語とは、11世紀はじめの平安時代中期に、「紫式部」(むらさきしきぶ)が著した全54帖、3部からなる長編物語のことです。

源氏物語の主人公「光源氏」(ひかるげんじ)は、帝(みかど:天皇)を父に持つ高貴な男性で、容姿端麗、才能もあるという優れた人物。その光源氏が後継者争いに巻き込まれないよう、臣籍に下って源姓を賜るのですが、数々の素敵な女性と恋愛する中で出世し、「太上天皇」(だいじょうてんのう)に準じる地位まで昇り詰めるという内容です。

さらに、当時の貴族社会の矛盾と行きづまりを反映して、苦悩と憂愁に満ち、栄華が崩壊していく過程までもが描かれ、「もののあわれ」(しみじみとした情趣)の世界が展開されています。登場人物の心情などの描写にすぐれ、日本古典の最高峰と評価されている作品です。

一方、源氏物語絵巻がはじめて制作されたのは、12世紀前半の平安時代末期。源氏物語が発表されてから源氏物語絵巻が作られるまでには、約150年が経過しています。したがって源氏物語絵巻は、評価の高い源氏物語をもとに、入念に企画制作された絵巻物だと言えるのです。

なお、紫式部とは、「藤原道長」(ふじわらのみちなが)に認められ、一条天皇の中宮「藤原彰子」(ふじわらのしょうし)に仕えた女房で作家のこと。「紫式部日記」、「紫式部集」の著作物も有名です。

源氏物語絵巻の見どころ

源氏物語の名場面

源氏物語絵巻の見どころは、源氏物語の名場面に比例します。それは、何と言っても、容姿・才能に恵まれた貴族の「光源氏」が成長して、数々の美しい女性と恋に落ちていくところ。

なかでも、第1部の「藤壺」(ふじつぼ:父である帝の後妻。亡き母・桐壺に顔がそっくり)との禁断の恋や「若紫」(わかむらさき:紫上。藤壺の姪で、顔が藤壺にそっくり。幼少期から自分好みに育てあげた女性)との恋が有名です。また、夕顔の花が咲く家に住む「夕顔」(ゆうがお)や、明石の海岸でひとめぼれした「明石の君」(あかしのきみ)との恋にも胸がときめきます。

刀剣ワールド所蔵の「朧月夜」(おぼろづきよ)で描かれているのは、花見の宴で、光源氏が「朧月夜」にひとめぼれした場面。背景には、夜桜と朧げな月が描かれ、幻想的です。

朧月夜/源氏物語絵巻/刀剣ワールド所蔵

朧月夜/源氏物語絵巻
(刀剣ワールド財団所蔵)

また、第2部では、光源氏の栄華が崩壊する様子が描かれます。光源氏の継室「女三宮」(おんなさんのみや)が、「柏木」(かしわぎ:頭中将[とうのちゅうしょう:左大臣]の嫡男で、右衛門督)と密通して、罪の子「」(かおる)を産む場面や、最愛の正室・紫上が死去する場面が描かれています。

徳川美術館(愛知県名古屋市)が所蔵する「柏木三」に描かれているのは、光源氏が生まれたばかりの薫を胸に抱いているところ。女三宮と柏木の子であることを知り、自分と藤壺とが禁断の恋をした過去の報いだと、幼い子どもの未来を心配する様子が印象的です。

源氏物語絵巻 柏木(三)

源氏物語絵巻 柏木(三)

最後に、第3部は、光源氏が亡くなり、20歳に成長した罪の子・薫が主人公。薫と宇治の姫君達の恋が描かれ「宇治十帖」(うじじゅうじょう)と呼ばれています。「橋姫」(はしひめ)、「椎本」(しいがもと)、「総角」(あげまき)、「早蕨」(さわらび)、「宿木」(やどりぎ)、「東屋」(あずまや)、「浮舟」(うきぶね)、「蜻蛉」(かげろう)、「手習」(てならい)、「夢の浮橋」という構成です。

橋姫/源氏物語絵巻/刀剣ワールド所蔵

橋姫/源氏物語絵巻
(刀剣ワールド財団所蔵)

源氏物語絵巻の技法

夕顔/源氏物語絵巻/刀剣ワールド所蔵

夕顔/源氏物語絵巻
(刀剣ワールド財団所蔵)

引目鉤鼻

引目鉤鼻

源氏物語絵巻の料紙には、金銀の砂子や切箔がちりばめられるなど、王朝貴族にふさわしい華麗な装飾が施されているのが特徴です。さらに、ぼかし染めや型抜き、雲母刷(きらづり:雲母の粉を用いる手法)なども施されています。

例えば、夕顔を見てみましょう。一枚一図の構成になっており、絵画には以下の技法が用いられているのがポイントです。

  • 吹抜屋台(ふきぬきやたい):屋根や壁を描かず、部屋の様子をあらわす。室内生活が中心の源氏物語に適している
  • 俯瞰描写(ふかんびょうしゃ):高いところから見下ろす視点により、奥行きを出して多くの物を描ける
  • 異時同図法(いじどうずほう):同じ人物をひとつの場面に何度も登場させて時間の経過をあらわす
  • 引目鉤鼻(ひきめかぎばな):人物の顔を下膨れの輪郭、一直線の目、鉤型の短い鼻に描くこと。貴族の男女の顔貌表現に用いられた

源氏物語絵巻の種類

複数ある源氏物語絵巻

現存する最古の源氏物語絵巻は、徳川美術館所蔵の「徳川家本」と五島美術館(東京都世田谷区)所蔵の「蜂須賀家本」です。このふたつは、同じシリーズで、ともに国宝に指定されています。物語の本文である詞書(ことばがき)と、絵が交互になる形式。絵の作者については平安時代の宮廷絵師である「藤原隆能」(ふじわらのたかよし)と伝えられる説があり、「隆能源氏」(たかよしげんじ)と呼ばれることがありますが、詳細は不明です。

詞書は5種類の書風に分けられ、それぞれ違いがあることから複数人によって分担制作されたと推定されます。どの書風も平安書道の名筆であり、流麗な仮名文字で書かれているのが特徴です。源氏物語は全54帖ですが、国宝の源氏物語絵巻はその中の18帖、詞25段、絵19図。「伴大納言絵詞」(ばんだいなごんえことば)、「信貴山縁起」(しぎさんえんぎ)、「鳥獣人物戯画」(ちょうじゅうじんぶつぎが)とともに、「四大絵巻」(よんだいえまき)と言われています。

徳川家本の来歴
徳川美術館

徳川美術館

徳川家本は、「徳川家康」が「大坂夏の陣」の戦利品として押収し、尾張国(現在の愛知県)の名古屋城に保管していたのが尾張徳川家に伝わり、現在は徳川美術館に所蔵されています。

源氏物語絵巻が知られ、展示されるようになったのは明治時代に入ってからです。絵巻が損傷することを考慮し、1932年(昭和7年)に切断して台紙に貼り、額装にして展覧会に展示されました。国宝に指定されたのは1952年(昭和27年)。

その後、「絵巻」でありながら絵巻ではない状態であり、額面装であっても劣化しやすい可能性があったため、修復とともに再び巻物の状態(巻子装)に戻すことに。再び巻子装にするため2016年(平成28年)~2020年(令和2年)にかけて修復作業が行われました。徳川家本は絵15図、詞書16段。「蓬生」(よもぎう)、「関屋」(せきや)、「絵合」(えあわせ:詞のみ)、「柏木」(かしわぎ)、「横笛」(よこぶえ)、「竹河」(たけかわ)、「橋姫」(はしひめ)、「早蕨」(さわらび)、「宿木」(やどりき)、「東屋」(あずまや)となっています。

蜂須賀家本の来歴
五島美術館

五島美術館

蜂須賀家本は、阿波国(現在の徳島県)蜂須賀家に伝来したとされていますが、それ以前の状況は不明です。

明治維新のあと、処分のために売却した絵巻を「蜷川式胤」(にながわのりたね)が購入し、1887年(明治20年)頃に美術商である「柏木貨一郎」(かしわぎかいちろう)に売却。柏木貨一郎の死後の1900年(明治33年)頃に、生前より譲渡が約束されていた「益田孝」(ますだたかし)の手に渡りました。

益田孝も徳川家本と同様に絵巻を裁断して台紙に貼り、額装。なお、蜂須賀家本が国宝指定されたのは、徳川家本と同じ1952年(昭和27年)です。益田孝の没後は次男の「益田太郎」が所持し、そののち東京飲料株式会社(東京コカ・コーラボトリングの前身)の創業者である「高梨仁三郎」(たかなしにさぶろう)が購入。1959年(昭和34年)に、美術館の公開を考えていた実業家の「五島慶太」(ごとうけいた)が当時3億円で購入し、公益財団法人五島美術館に保管されています。

蜂須賀家本は絵4図、詞書4段。「鈴虫一」(すずむしいち)、「鈴虫二」(すずむしに)、「夕霧」(ゆうぎり)、「御法」(みのり)という構成です。

「九条家本」の来歴
「源氏物語絵巻 全三巻」(刀剣ワールド財団所蔵)

「源氏物語絵巻 全三巻」
(刀剣ワールド財団所蔵)

刀剣ワールドが所蔵する源氏物語絵巻は、「九条家」(摂政・関白に任じられる五摂家[ごせっけ]のひとつ。関白であった藤原忠通[ふじわらただみち]の三男・藤原兼実[ふじわらかねざね]が創設)に伝来した全3巻。詞書はなく、絵のみの構成で未鑑定です。

1巻は、第1帖「桐壺」(きりつぼ)から第22帖「玉鬘」(たまかずら)まで。
2巻は、第23帖「初音」(はつね)から第44帖「竹河」(たけかわ)まで。
3巻は、第45帖「橋姫」(はしひめ)から第54帖「夢浮橋」(ゆめのうきはし)まで。

徳川家本、「蜂須賀本」とは違い、全54帖のすべての名場面が描かれ、揃っています。絵師・制作年代ともに不明ですが、人物・建物などのタッチがとても繊細で品のあるのが特徴です。

この他にも、源氏物語絵巻は、「東京国立博物館」(東京都台東区)に「若紫の巻」の断簡、「書芸文化院」(東京都千代田区)には「末摘花」(すえつむはな)、「松風」(まつかぜ)、「常夏」(とこなつ)、「柏木」(かしわぎ)の詞書の断簡を所蔵。「若紫」、「薄雲」、「少女」、「蛍」、「柏木」の詞書は、諸家に所蔵されています。

【国立国会図書館ウェブサイトより転載している作品】

  • 源氏物語絵巻 柏木(三)