「医師の指示なく医療行為が行われている」。大阪市内の美容クリニックで勤務していた看護師らが内部告発した。その実態に迫るべく取材班はオーナーのX氏を直撃した。

『オーナーらが診察なく注射の指示を』取材班宛てに届いたメール

 今年4月、取材班宛てに1通のメールが届いた。送り主は大阪市内の美容クリニックで事務員として勤務していたというAさんだ。

 【メールより】
 『医師が常駐してない。医師が常駐してないため、事務長やオーナーが診察なしに、薬の処方、注射の指示、検査結果の説明を行う。どうにかして食い止めたいと思ってます』

 自身が働いていたクリニックで、医師の指示を受けずに看護師が医療行為を行っていることを告発したものだった。

 去年の秋ごろに開院したこのクリニック。美容を目的にした注射や点滴をリーズナブルな料金で受けられることを売りにしているようだ。
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 取材班はAさんとコンタクトを取り、事務員であるAさんのほか看護師のBさんCさんの3人から話を聞くことができた。

 (看護師Bさん)「医者が常時いないっていうのが印象的でした」
 (看護師Cさん)「あれ?と思いながらも、指示が出たので注射を打ってしまって。その時は上から言われてやってしまったんですけど、やっぱり後で考えるとすごく不安になりましたね」

「同じことを繰り返すと誰かの命を奪ってしまう危険性がある」

 医師法では医師以外が医療行為を行うことを禁じている。違反した場合、3年以下の懲役・100万円以下の罰金などの刑事罰が科される。看護師は医師から指示を受けた場合のみ、診療の補助行為として医療行為を行うことが許されている。しかし、Aさんらによると、このクリニックには医師が常駐しておらず、医師免許を持っていないクリニックの出資者で実質的なオーナーのX氏や事務長と呼ばれる人物の指示の下で、一度も医師の診察がないまま注射などの医療行為が行われていたという。

 (事務員Aさん)「(オーナーや事務長は)自分たちが医者と同じくらい知識を持っているから大丈夫や、みたいな感じだったので」
 (看護師Bさん)「医師がいない間に私たち看護師が注射をして、もし患者に異変が起きても、私たちは何もすることができない」

 クリニックで働く限り違法行為に加担してしまう。Aさんらは働き始めてから数か月で退職を決意。被害者が出る前にクリニックの違法行為を止めようと、内部通報を行うことを決めた。
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 (看護師Bさん)「同じことを繰り返すと、誰かの命を奪ってしまうんじゃないかとか、そういう危険性があったので、これを止めたいなと」
 (看護師Cさん)「看護師たちが警察から何か罰を受けたりとかっていうのも怖いから、一旦警察への相談は待って、取材を受けてくれるところに相談しようということになったんです」

シフト表とカルテを照らし合わせると…医師不在の日に『初診の患者に注射』

 クリニックのシフト表には、日付の下にその日に出勤予定のスタッフの名前が記されている。例えば今年1月28日は、医師の出勤予定はなく、名前は空欄となっている。
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 しかし、患者のカルテと見比べてみると、この日初めてクリニックを訪れた患者の中には注射を打たれた人もいる。
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 また、3月18日のシフト表でも医師の名前は空欄になっているが、カルテには同じように注射を打った形跡が。看護師が医師以外の誰かから指示を受けて注射を打っていたとみられる。
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 医師がいない場での医療行為。オーナーのX氏もこのことについて認める発言をしている。

 【録音より】
 (スタッフ)「お医者さんがいない時に、ここ(クリニック)も注射したりしているから、お医者さんは欲しいですよね」
 (オーナーX氏)「お医者さんはそう、お医者さんはそうやね、全部いるようにしないと」

実質的オーナーX氏を直撃「医師がいない時は医療行為を全くやっていない」

 患者を危険にさらす行為をなぜ指示したのか。取材班はオーナーのX氏を直撃した。

 (記者)「オーナーのX氏ですよね?」
 (X氏)「はい」
 (記者)「このクリニックに医師が常駐していないという話を聞いているんですけれども、それは事実ですか?」
 (X氏)「いますよ、普通に。今ランチ行っていますけど」
 (記者)「いたりいなかったりという話を聞いていて。医師は常駐しているべきだと思うのですが、いないときもあるという話が」
 (X氏)「いない時はクリニックは医療行為を全くやっていない」

 X氏は取材にもクリニックに医師が常駐していないことを認めた。一方で医師がいない時は医療行為は一切行っていないと主張した。

 (記者)「医師の指示を受けずに看護師が注射などの医療行為をしていたと聞いているんですけれども、それは本当ですか?」
 (X氏)「いや、そんなことやっていないですよ」
 (記者)「私が聞いている話だと、医師の問診なしで事務長が注射を打っておいてと」
 (X氏)「それは100%ないです」
 (記者)「言い切れますか?」
 (X氏)「だってそれは違法だから」

 X氏は初診の患者に医師の指示なく看護師が医療行為を行うことを違法であると認識していて、そのような事実はないと否定した。

専門家は“国や行政がチェック体制を強化すべき”訴え

 救命医として働きながら弁護士としても活動する浅川敬太医師は、医師の指示を受けずに医療行為を行う危険性をこう指摘する。

 (浅川敬太医師)「医師の指示を受けずに医療行為を行うとなると、当該医療行為の危険さを上手に見積もれない。注射をしてアレルギーの反応が出てアナフィラキシーになるとか、もしくは何かの侵襲によって致死的な不整脈が起こってしまうとかということがあれば、患者さんは先ほどまで元気でも急変して、場合によっては死に至るということもあり得る話なので」

 浅川医師は国や行政に対して医師法が守られているかのチェック体制を強化するべきだと訴えた。

 (浅川敬太医師)「医師法がきちんと守られているかどうかというところに国はまず危機感を持たないといけない。医師はきちんとやるだろうというふうなところが前提なのは確かだと思いますね。そうじゃないことが増えてきたというところで、性善説だけに頼ったシステムに限界があるのはその通りだし。当局が効果的な検査であったりチェックをするというのはその通りだと思いますね」

「患者に申し訳ない。こんなところ来ないほうがいいと言いたい」

 今回、勇気を出して自らの違法行為を告発したAさんたち。クリニックを訪れた患者にどうしても伝えたかったことがある。

 (事務員Aさん)「申し訳ないなというのと、こんなところ来ないほうがいいよ、というのを言いたかった。危ないところですよと」
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 (看護師Cさん)「自分が医師の指示なく医療行為をしてしまったことにすごく反省というか後悔しているというのがありました。(オーナーや事務長は)本当に医療をなめているなというか、言い方悪いですけど、美容だから自分らでもできるとか思ったんだろうなと。美容だからとかそういうことではなく、これは医療なので」

 近年人気の美容医療。提供する側は患者の安全が委ねられていることを忘れてはいけない。