発端はある「うわさ」だった
2017年の年末。東京のホテルの一室で坂本龍一さんにインタビューする機会を得た。普段は米ニューヨークに住む坂本さんが8年ぶりの新アルバム「async」(アシンク)をリリースし、各社の取材に応じていた時期だった。
この機会に、どうしても尋ねたいことがあった。
発端は、あるうわさだった。
「あの坂本龍一さんが京都に移住しようとしているらしい」
―まさか、それはないだろう。最初に聞いた時は、信じられなかった。
ボウイゆかりの邸宅跡
東京で生まれ育ち、長くニューヨークで暮らす「世界のサカモト」が京都で暮らす必然性が思いつかないからだ。
ただ、すでに土地を購入しているという。
しかも、その場所を知って驚いた。
京都市東部にそびえる東山連峰。その中の九条山中腹にある土地は、ロックスターの故デビッド・ボウイにゆかりのある邸宅跡だったからだ。
九条山の「桃源洞」跡地
坂本さんは、映画「戦場のメリークリスマス」でボウイと共演していた。そのボウイはインタビューの2年前に亡くなっている。
土地購入にはボウイとのつながりが関係しているのだろうか。根も葉もない「うわさ」ではないかもしれないと思い始めた。
九条山にはかつて、米国人の東洋美術家の故ディヴィッド・キッドが住んでいた邸宅「桃源洞」があり、ボウイが来日のたびに足を運んだ。
登記簿に紛れもなく名前が
京都市中心部に近いものの、都市の喧噪を忘れさせるほどの静かな森の中にあった「桃源洞」とキッドの存在は京都でもほとんど知られておらず、ボウイが九条山に別荘を持っているという「都市伝説」がまことしやかに信じられていた。実はキッドの邸宅だったことを記事で私は書いたことがあった。
坂本さんはボウイとの関係から「桃源洞」を訪れたことがあったのだろうか。
想像を膨らませながら、土地の登記簿を調べてみると、そこには紛れもなく坂本さんの名前が記されていた。
うわさは本当だった。
その真相を確かめたい思いもあって、インタビューに臨んだ。
語られた「京都移住」計画
近況や新作アルバムについて話を聞いた後、おもむろに京都の土地について尋ねた。
「それはですね…」
坂本さんは一瞬驚いた表情を見せて笑いながら、取材に立ち合っているマネジャーに「もう済んだ話だから、言ってもいいよね」と了解を求め、意を決したように語り出した。