発端はある「うわさ」だった

 2017年の年末。東京のホテルの一室で坂本龍一さんにインタビューする機会を得た。普段は米ニューヨークに住む坂本さんが8年ぶりの新アルバム「async」(アシンク)をリリースし、各社の取材に応じていた時期だった。

 この機会に、どうしても尋ねたいことがあった。

 発端は、あるうわさだった。

 「あの坂本龍一さんが京都に移住しようとしているらしい」

 ―まさか、それはないだろう。最初に聞いた時は、信じられなかった。

京都新聞社のインタビューで脱原発への思いを語っていた坂本龍一さん(2012年7月17日、京都市東山区)

ボウイゆかりの邸宅跡

 東京で生まれ育ち、長くニューヨークで暮らす「世界のサカモト」が京都で暮らす必然性が思いつかないからだ。

 ただ、すでに土地を購入しているという。

 しかも、その場所を知って驚いた。

 京都市東部にそびえる東山連峰。その中の九条山中腹にある土地は、ロックスターの故デビッド・ボウイにゆかりのある邸宅跡だったからだ。

九条山の「桃源洞」。桜と木蓮が満開を迎えた頃に撮られた(1993年撮影)

九条山の「桃源洞」跡地

 坂本さんは、映画「戦場のメリークリスマス」でボウイと共演していた。そのボウイはインタビューの2年前に亡くなっている。

 土地購入にはボウイとのつながりが関係しているのだろうか。根も葉もない「うわさ」ではないかもしれないと思い始めた。

 九条山にはかつて、米国人の東洋美術家の故ディヴィッド・キッドが住んでいた邸宅「桃源洞」があり、ボウイが来日のたびに足を運んだ。

「桃源洞」でキッド(左)と山本寛斎さん(中央)と記念写真に納まるボウイ

登記簿に紛れもなく名前が

 京都市中心部に近いものの、都市の喧噪を忘れさせるほどの静かな森の中にあった「桃源洞」とキッドの存在は京都でもほとんど知られておらず、ボウイが九条山に別荘を持っているという「都市伝説」がまことしやかに信じられていた。実はキッドの邸宅だったことを記事で私は書いたことがあった。

 坂本さんはボウイとの関係から「桃源洞」を訪れたことがあったのだろうか。

 想像を膨らませながら、土地の登記簿を調べてみると、そこには紛れもなく坂本さんの名前が記されていた。

桃源洞 Photo by 打田浩一

 うわさは本当だった。

 その真相を確かめたい思いもあって、インタビューに臨んだ。

東京都内のホテルで取材に応じた坂本龍一さん 2017年撮影

語られた「京都移住」計画

 近況や新作アルバムについて話を聞いた後、おもむろに京都の土地について尋ねた。

 「それはですね…」

 坂本さんは一瞬驚いた表情を見せて笑いながら、取材に立ち合っているマネジャーに「もう済んだ話だから、言ってもいいよね」と了解を求め、意を決したように語り出した。

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