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宮城県図書館 「本の虫」たちの系譜【書庫拝見16】

宮城県図書館 「本の虫」たちの系譜【書庫拝見16】

南陀楼綾繁

 宮城県図書館の4階の書庫には、奥に向かって電動の書棚が続いている。その長さは200メートル以上あるという。こんなに長い書庫を見たのは初めてかもしれない。

 そして、思った。ココにある本は、江戸時代以降の「本の蟲」たちによって受け継がれてきたものなのだ、と。

4階書庫

 6月23日、仙台市地下鉄の泉中央駅からバスに乗って、宮城県図書館にやって来た。交通アクセスがいいとは云えない場所なので、今回で2回目だ。

 ガラス張りの建物の中に入る。京都駅を手がけた原広司が設計したもの。西側の入り口が、少し低くなっている。「地形広場ことばのうみ」と名付けられたこのスペースでは、谷川俊太郎の詩の朗読会も行なわれたという。

地形広場ことばのうみ

 その隣にあるカフェで、早坂信子さんとお会いした。私は2015年に〈せんだいメディアテーク〉で早坂さんとトークイベントをしている。穏やかな印象だが、本の話になると尽きることがない。2021年に『司書になった本の虫』(郵研社)を刊行した。

 早坂さんは1946年、父が赴任していた北京で生まれ、仙台で育つ。
「父が本好きだったので、家の中は本だらけでした。私は小さい頃から、その本棚から手あたり次第読んでいました。ずっと本を読んで暮らしたいと思ってましたね(笑)」

 1948年、仙台に連合国軍最高司令官総司令部のCIE(民間情報教育局)が設立した図書館が開館した。このCIE図書館については、本連載の第1回(県立長野図書館)でも触れた。
「父に連れられて行きました。子どもの本や雑誌が輝いてみえたものです」。『司書になった本の虫』によると、CIEが企画した映画『格子なき図書館』のロケ地は、仙台と新潟だったという。CIE図書館は1952年、仙台アメリカ文化センターとなるが、1971年に閉鎖された。

 早稲田大学を経て、図書館短期大学に進学。宮城県図書館に実習に行ったところ、副館長から誘われて、卒業後に同館に勤務する。閲覧、コピーサービス、目録などの担当を経て、調査相談の担当となる。さらに貴重資料のデジタル化にも携わった。
2006年に退職するまで37年間、この図書館で働いてきて、館内を知り尽くした早坂さんに、今日の取材に立ち会ってもらえることになったのは心強い。

空襲で失われた本

 同館は横長になっていて、3階は見渡す限り、ずらりと書架が並んでいる。その眺めは壮観だ。西の端にあるのが、「みやぎ資料室」だ。開架で2万5000冊、書庫に5万6000冊を所蔵する。

みやぎ資料室

 担当の佐尾博基さんが出迎えてくれる。青森県生まれで仙台育ち。2002年から同館に務める。
「みやぎ資料室の担当になったのは、2011年4月、東日本大震災の直後でした。書棚の本が飛び出して床に積み重なりました。書庫の電動書棚も動かなくなりました。復旧作業中に余震が起こって、また本が落下することもありました」と、当時を振り返る。

 郷土資料の大切さを知ったのも、3.11だった。津波で図書館が流されてしまったことで、失われた資料の貴重さに気づいた。また、県外から来た復興ボランティアの人が、土地の歴史を調べに来たことに「ありがたい」と感じたという。なお、同館には震災関係の資料を集める「東日本大震災文庫」がある。

 ここで、宮城県図書館の歴史を駆け足で。

 前身は1881年(明治14)、宮城師範学校内に創設された宮城書籍(しょじゃく)館だった。1907年(明治40)には「宮城県立図書館」と改称した。

 1912年(大正元)には現在の勾当台公園に独立した図書館を建設。新潟県出身で、宮城県内で洋風建築を手がけた山添喜三郎らが設計した、「ドーム型屋根を持つ美しい木造洋風建築物」だった(『司書になった本の虫』)。のちに「宮城県図書館」と改称される。

 1945年(昭和20)7月9日深夜から10日未明にかけて、仙台の空襲で建物や書庫が全焼。蔵書の93パーセントを失う。この時、疎開によって約9500冊が残った。この時に作成された疎開図書の目録が残っている。

1945年4月に疎開した図書の目録

 被災5日目、当時の菊地勝之助館長の自宅に図書館の仮事務所を置き、図書の収集と館外貸し出しをはじめたという(『宮城県図書館百年史』)。

 1949年、宮城県庁の西側に図書館が落成。1967年には榴ケ岡に新図書館ができる。そして、1998年、現在の地に移転したのだ。

特殊文庫の貴重書

 では、佐尾さんと早坂さんに案内していただいて、書庫に入ろう。3階の郷土資料の棚から見ていく。

 まず気づくのは、棚によっては結束バンドがかけられて、本が飛び出さないようになっていることだ。東日本大震災の教訓だろう。

震災後、結束バンドがかけられた

 特殊文庫としては、「伊達文庫」「小西文庫」「青柳文庫」「養賢堂文庫」「大槻文庫」などがある。

 伊達文庫は仙台藩主だった伊達家の旧蔵書。仙台藩関係の絵図、古版本、古写本などを含む。小西文庫は仙台の旧家・小西家の蔵書、養賢堂文庫は仙台藩校の旧蔵書だ。

 青柳文庫については、早坂さんが長年研究されており、『公共図書館の祖 青柳文庫と青柳文蔵』(仙台・江戸学叢書)という著書もある。
「青柳文庫は江戸の富豪・青柳文蔵が献上した約1万冊の書籍と維持資金1000両を仙台藩が受け入れ、1831年(天保3)に設立した、日本初の公共図書館です」と、早坂さんは説明する。

 青柳文蔵は現在の一関市出身で、江戸で公事師(現在の弁護士)や娼家の口入屋(遊女周旋業者)で蓄えた富を、蔵書の収集に注いだ。『青柳館蔵泉譜』『青柳館蔵書目録』を自ら編纂している。
「収集した各種目録には、入手した本のタイトルに扇型の朱印を押すなど、文蔵が熱心にチェックしている様子がうかがえます。また、青柳文庫には同じ本が重複していないのも特徴です」

 青柳文庫は「書籍は土蔵の文庫に収蔵され、専ら『宅下げ拝借』とよばれた貸し出しサービスに供された。文蔵は、七坪の土蔵と、遊歴の者が望めば暫く逗留もできるように一〇畳と八畳二間の貸出業務用御役所の建物を建てること、また貸出期間は三〇日限りとするなど、細かい要望も出している」(『司書になった本の虫』)

 青柳文庫は宮城書籍館、のちの宮城県図書館に引き継がれた。先に触れたように、県図書館は空襲に遭うが、青柳文庫は疎開の対象に選ばれたために、現在も残る。江戸時代のひとりの「本の虫」の夢が受け継がれているのだ。

青柳文庫の蔵書印が押された『御撰大坂記』巻の一

 大槻文庫は、国語辞典『言海』の編纂者である大槻文彦の旧蔵書。『言海』の自筆稿本や北海道に関する地誌『北海道風土記』の自筆稿本などを含む。
「大槻文彦の祖父・玄沢は、仙台藩の船員津太夫らの漂流記『環海異聞』を著しています。大槻家に蔵する膨大な参考資料を駆使して、文彦は『北海道風土記』をまとめました」と、早坂さんは説明する。同書はここ以外には内閣文庫にしか存在しない。

大槻文彦『北海道風土記』稿本

鈴木雨香と常盤雄五郎

 特殊文庫以外の郷土資料は、「宮城県図書館郷土資料分類」によって配架されている。ここにも貴重で珍しい本が見つかる。

 仙台生まれの英語学者・斎藤秀三郎が編纂した『斎藤和英大辞典』(1928年)は、その分厚さに驚く。詩人・尾形龜之助の研究雑誌『尾形龜之助』は、館員がつくったらしい函に収められている。1910年(明治43)の『仙台新報』は。いまでいうタウン誌か。当時、普及していたのか、自転車についての話題が多いのが面白い。

斎藤秀三郎編『斎藤和英大辞典』

『仙台新報』

 棚を眺めているうちに目に留まったのが、「仙台叢書」だ。

 仙台藩に関する古典籍を選び、翻刻刊行するシリーズで、1922年(大正11)から1929年(昭和4)にかけて22巻が刊行された。

仙台叢書

「貴重な資料が収録されているので、利用率が高いです」と、佐尾さんは話す。

 別の棚を眺めていると、吉岡一男『鈴木雨香の生涯と岩沼』(鈴木雨香生誕一五〇年顕彰会)という本が目に入った。手に取って驚いたのは、鈴木雨香(本名は省三)が、「仙台叢書」の編集責任者だったことだ。書庫の神様は、ときどきこういう悪戯をする。

 雨香は現在の宮城県岩沼市に生まれ、仙台で医師として働くかたわら、歴史を研究。60歳を過ぎてから「仙台叢書」の編集主任となった。

 1937年(昭和12)には『仙台風俗志』を刊行。衣・食・住・教育・年中行事・芸能・歌謡など多方面にわたって広く題目を設け、一般の読者にわかり易く絵入りで執筆」した民俗誌だった。雨香が1939年(昭和14)に85歳で亡くなってから、続編が刊行された。

『仙台風俗志』

 鈴木雨香とともに「仙台叢書」に関わったのが、常盤雄五郎という人物だ。常盤には『本食い蟲五拾年』(仙台昔話会)という著書があり、無類に面白い。

常盤雄五郎『本食い蟲五拾年』

 常盤は小学校を出た頃に、古切手や古銭を収集する。「これがそもそもの私の好古趣味のはじまりであり、これが起因となつて七十歳の今日までつづいている訳である」と書く。古書にも関心があった常盤は、仙台市立商業を中退後、内閣文庫で資料整理にあたる。家の事情で仙台に戻ってからは、宮城県図書館、東北帝国大学(現・東北大学)附属図書館、宮城県史編纂室などで働く。題名通り「本食い蟲」として生きた。

 常盤は1907年(明治40)に山中樵(宮城県立図書館。のち新潟県図書館長)らと「仙台考古会」、1921年(大正10)には「郷土史談会」を結成している。図書館員が文化組織をリードしているのだ。「仙台叢書」の事務局が県図書館に置かれていたのも、常盤の関与があったのかもしれない。

『本食い蟲五拾年』には、仙台の古本屋事情も出てくる。

 名掛丁に〈尚文館〉という古本屋があり、郷土本を集めていた。この店は「馬鹿ほんや」と呼ばれていたが、それは店主の記憶力の良さから、「馬鹿にかしこい」を略した尊敬の念が込められていたと、常盤は書く。
「彼は本を決して売りいそぎなどしなかつたので、相当の良書を保有していた。(略)郷土史資料収集の目的で、彼の家に蔵書の閲覧方を申入れ承諾を得たので、図書館から私が三日間も出張して二階の本の全部を隅から隅まで調べあげ、その中から郷土関係のものだけを抜き出したところ、積み重なり二列も三列もの高い山になつた。この分を図書館で買入れたい旨申入れたが、躰よくお断りを受けたのは、労して功なく、すこぶる残念なことであつた」  

 このように本を愛した常盤にとっては、空襲で図書館の蔵書を失ったことは大きな悔恨だった。
「私からいえば、古い本はまたと求め得られないものだから。面倒なら全部紙包に縄掛けでもよいから疎開して欲しかつた。それをば、ズックで全部を包み、馬皮の丈夫な帯を十文字にして錠をかけた、もつたいないほどのヤナギ行李を新調して本を入れ疎開した訳だから、容易なことではない。だから十四万余冊もあつた本が、僅か二十分の一足らずしか運べなかつた次第で、非常の場合だから、官庁の責任を問う訳ではないが、これを思うと、私は情けなくていつも涙がこぼれる」

 当時の常盤は、同館から離れて、東北帝国大学の図書館にいた。それだけに、自分がいたら、むざむざ焼けさせなかったのに……という思いが強くあったのだろう。

スペース問題とデジタル化

 4階の書庫には、郷土に関するもの以外の古書などを収める。青柳文庫、小西文庫も同様で、内容によって3階と4階に振り分けられている。この中にも、たとえば、鷹狩り、印刷などさまざまなテーマで利用できる貴重書が多い。

 その奥には、一般書の書庫が続く。見渡す限り、棚の連続だ。
「開館から25年経って、すでに本を収蔵するスペースが限界に来ていますね」と、佐尾さんは苦笑する。

 その一方で、資料のデジタル化が進んでいる。

 2005年には「叡智の杜Web」がスタート。「宮城県内公共図書館所蔵郷土関係論文目録」は調べ物に便利。「宮城県図書館古典籍類所蔵資料」では、貴重書の画像データを見ることができる。
「『宮城県内公共図書館所蔵郷土関係論文目録』は1982年に紙版として刊行、その後続編を経て、2003年にCD-ROM版が刊行されました。それが自宅からネットで検索できるようになったんです」と、早坂さんは感慨深げだ。

 江戸時代の青柳文蔵。明治大正期の常盤雄五郎、そして、昭和平成期の早坂信子さんと、仙台の「本の虫」の系譜は続いてきた。そして、いまこの図書館で働く人も、「本の虫」の部分を持っていてほしい。

 取材を終えた翌日、仙台の古本屋をめぐっていると、〈阿武隈書房〉で常盤雄五郎『本食い蟲五拾年』と吉岡一男『鈴木雨香の生涯と岩沼』を見つけて驚いた。昨日書庫で見た本を手に入れることができるとは。自分も仙台の「本の虫」の仲間に入れてもらったようで、嬉しかった。

 
 
 
 
 
南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。著書に『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)、『古本マニア採集帖』(皓星社)、編著『中央線小説傑作選』(中公文庫)などがある。

Twitter
https://twitter.com/kawasusu

 
宮城県図書館
https://www.library.pref.miyagi.jp/

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