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数珠・念珠の歴史と宗派の数珠について

数珠の知識

【お数珠・念珠の歴史】

数珠の起源については、諸説あります。
『仏説モクケンシ経』では、灘陀国の波瑠璃王が乱れ果てた国を立て直すためにお釈迦様に救いを求めたことから始まったとされています。

どうすれば国をまとめ、立て直せるのかと問いかけた波琉璃王に、お釈迦さまは「国を治めたいのなら、モクケンシの実を108個つなぎ、仏の名を唱えよ」という教えを授けました。
その教えに従い、王は108個のモクケンシの実を糸でつなげて数珠を作りました。これを常に身に着け、念仏を唱えるようになったことで国は治まり、人々も豊かで幸せな生活ができるようになったと言われています。 モクケンシの実は、現代では「無患子(ムクロジ)」とも呼ばれ、羽子板の羽根の先につける珠にも用いられています。

ところが一方では、お釈迦様の時代以前より数珠は使用されていた、と考える説もあります。
古代インドのバラモン教の聖典に登場してくる「毘沙門天」、「弁財天」、「梵天」は連珠を持ち物としており、それが数珠の原型であると考えるものです。
これがお釈迦様の手に渡り、中国に伝わったことでのちに日本にも伝来することになったと言われています。

数珠は、仏教と同じタイミングで日本に伝来しました。
東大寺の正倉院には、聖徳太子がかつて愛用していたとされる蜻蛉玉(とんぼめ)金剛子の数珠、 聖徳太子の遺品であるとされる水晶と琥珀の数珠二連が現存しており、日本でも古くから数珠が用いられていたことが明らかになっています。
この金剛子の数珠は、平安時代中期に成立した『源氏物語』の「若紫巻」にも登場するなど、文学的にも注目されていたと考えられます。

・数珠は高価なものだった

天平勝宝8年(756年)に書かれた聖武天皇の「東大寺献物帳」によると、数珠はかつて「国家の珍宝」として認められるほどに価値の高いものであったと言います。
特に金、銀、水晶、琥珀、真珠などといった高価な素材で作られた数珠には大変な価値があり、船載品として献納されていました。
そのため、当時の数珠は誰しもが持てる日用品ではなく、一部の僧侶や貴族にしか使われない珍しい品物でした。

・一般庶民と数珠

数珠が現在のように「仏具」として一般庶民に浸透したのは、仏教が広まった平安後期から鎌倉時代以降のことです。
あくまでも国家や貴族のためのものという認識が強かったこれまでの仏教とは異なり、鎌倉時代以降の仏教では一般民衆を救うためのものという目的が強くなりました。
宗派が増えるにしたがって数珠の活躍の場は増えていき、人々が数珠を使いやすいように改良されていったのです。
さらに一般庶民の間で数珠の売買が行われるようになったのは、それから時を経た江戸時代のことでした。仏教が国教として認められ、すべての人々が寺に檀家として所属することになると、数珠の需要が著しく増加しました。

【お数珠・念珠と宗教】

数珠は、宗教・宗派によってその構造や名称が異なります。また、珠に込められた意味や名称も宗教によって異なります。

天台宗

天台宗は中国で発祥し、平安時代に最澄によって日本に伝えられた宗派です。天台法華円宗、天台法華宗等と称することもあります。
人や生物、この世に存在するものすべてが仏になれる可能性を秘めていると考え、教えを授けます。
天台宗の数珠には、平玉を用いるのが特徴です。母球からは2本、20顆の平玉と10顆の丸玉が下がっています。真言や陀羅尼を唱える際、指で爪繰ってその数を数えるために用いられます。

天台宗の男性用数珠
天台宗の男性用数珠
天台宗の女性用数珠
天台宗の女性用数珠
天台宗の数珠コーナー
天台宗の腕輪数珠コーナー

真言宗

真言宗は空海(弘法大師)が中国の長安に渡り、そこで学んだ密教を基盤とした宗派です。9世紀の初めに開かれて、発展しました。
別名「真言密教」とも言います。「即身成仏」―つまり、密教の修行を重ねることで、誰でもすぐに仏になれるという教えです。
真言宗は、数ある宗教の中でも、特に数珠に対して大きな思い入れを持つ宗教です。
母珠から7顆目と21顆目の位置に四天と呼ばれる珠があり、それを基にして真言・陀羅尼を唱えた数を数えるのです。有名な四国八十八札所も真言宗のものであり、数珠の一顆一顆が一寺一寺を示しています。108つの子珠と2つの母珠(親珠)、その片方には浄名という小さな珠が付属しています。
また、四天と呼ばれる色・材質の異なる小さな珠が4つと、弟子珠(記子)が20顆。弟子珠が両房に付いている場合、それを留めるための珠が4つ。このように構成されています。

真言宗の男性用数珠
真言宗の男性用数珠
真言宗の女性用数珠
真言宗の女性用数珠
真言宗の男性用の数珠コーナー
真言宗の女性用の数珠コーナー
真言宗の腕輪数珠コーナー

浄土宗(時宗)

浄土宗は鎌倉時代に興った法然を開祖とする宗派です。阿弥陀仏のお慈悲を信じ、「南無阿弥陀仏」と称えることで身も心も清め、死後は浄土に生まれることを願う信仰です。
阿弥陀如来がつくられた、極楽浄土への往生を説く教えです。阿弥陀如来の救いを信じて「南無阿弥陀仏」を唱えることで、心も体も清らかになり、人生を豊かに過ごした死後、浄土に生まれて仏になれると考えています。浄土宗の壇信徒は、必ず数珠を持つことを心得とします。

浄土宗の男性用数珠
浄土宗の男性用数珠
浄土宗の女性用数珠
浄土宗の女性用数珠
浄土宗の男性用の数珠コーナー
浄土宗の女性用の数珠コーナー

浄土真宗本願寺派

仏になるためには、修行を重ねて煩悩を消し去り、善行を積む必要があるとされてきました。しかし、それを実行するのは難しいことでした。そこで、人々のために阿弥陀如来は救いを与え、浄土を建立しました。この浄土に往生する道を説くことこそ、浄土真宗の教えとされています。「阿弥陀如来に帰依する」と決めた時点で誰でも仏になれるため、念仏は仏になるためではなく、仏になれた感謝をこめて唱えるという点が特徴的だと言えるでしょう。
浄土真宗は、念仏の数を数えることがないため、数取りができないよう房が「蓮如結び」となっています。煩悩を消す必要がないこともあり、形や色に制約はありません。しかし、数珠を大切にする心は常に必要です。

真宗大谷派

本願寺派と同様、仏になれたことを感謝するための念仏を唱えます。
これは、自分の力で修行をして極楽浄土へ往生しようとする「自力念仏」ではなく、阿弥陀如来を信じ、感謝とともに称える「他力念仏」であると言えるでしょう。
同じ浄土真宗であっても、本願寺派と大谷派では、数珠の使い方や持ち方が異なります。

浄土真宗の男性用数珠
浄土真宗の男性用数珠
浄土真宗の女性用数珠
浄土真宗の女性用数珠
浄土真宗の男性用の数珠コーナー
浄土真宗の女性用の数珠コーナー
浄土真宗の腕輪数珠コーナー

曹洞宗

曹洞宗の基本は、「坐禅」から成ります。
もちろん坐禅だけには限りませんが、ただひたすらに坐禅を行う「只管打坐(しかんたざ)」こそ最も重要な修行であると考えられています。
そして、その坐禅によって生まれた心の姿こそが仏であり、仏とともに生活を送っていく―つまり「即身是仏」であると説くのです。
坐禅と日常生活はひとつであり、座禅を通して日常生活を営む大切さと、かけがえのない命を感じながら生きることで、自己修行になるのです。
曹洞宗の数珠は、108個の主珠を基本として、1個の親珠(母珠)、1個の向珠、4個の四天で構成されています。親珠、向珠、四天の間に18個ずつ、主珠が挟まっている形をとるのが特徴です。また、曹洞宗の数珠には金属の輪が挟まっており、紐房やヨリ房といった房の形が用いられます。

曹洞宗の男性用数珠
曹洞宗の男性用数珠
曹洞宗の女性用数珠
曹洞宗の女性用数珠
曹洞宗の男性用の数珠コーナー
曹洞宗の女性用の数珠コーナー
曹洞宗の腕輪数珠コーナー

臨済宗

悟ることによって、仏と同等である「人間の尊さ」を把握することを目的とします。 禅宗のひとつでもあるため、坐禅を重視するのが特徴です。曹洞宗の数珠と構造は似ていますが、臨済宗用の数珠には金属の輪は入っていません。また、四天と呼ばれる珠の配置も曹洞宗とは異なります。

臨済宗の男性用数珠
臨済宗の男性用数珠
臨済宗の女性用数珠
臨済宗の女性用数珠
臨済宗の男性用の数珠コーナー
臨済宗の女性用の数珠コーナー
臨済宗の腕輪数珠コーナー

日蓮宗

数ある日本仏教・各宗派の中でも日蓮宗に限り、日本人宗祖の名前をとって宗派名に採用しています。そこからも、宗祖・日蓮聖人の存在がいかに大きいものであるかを感じ取ることが出来ます。
日蓮宗では「法華経」こそがこの世を救う最高且つ絶対的な教えであるとしています。
かつて「法華経」を日本に広めた日蓮聖人の教説を通して法華経の理解を深めていき、実際に取り入れていきます。
法華経本仏の声そのもの、という意識がとても強い宗派です。  108個の主珠を基本とし、2個の親珠と4個の四天を加えた数珠を使用します。
また、浄名のある親珠のほうに20個の弟子珠(記子)、もう一方の親珠にはつの房。更にそのうち2本には5個ずつの弟子珠、もう1本には10個の弟子珠が付属する独特な形をしています。

日蓮宗の男性用数珠
日蓮宗の男性用数珠
日蓮宗の女性用数珠
日蓮宗の女性用数珠
日蓮宗の男性用の数珠コーナー
日蓮宗の女性用の数珠コーナー
日蓮宗の腕輪数珠コーナー

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