トルコ共和国建国100周年を迎えたエルドアン大統領の新たな挑戦
-ウクライナ危機の中で注目されるトルコ外交-


  駐トルコ大使 勝亦孝彦

はじめに

 本年トルコ共和国は建国100周年を迎える。第一世界大戦に敗れたオスマン帝国が西側列強によって次々と領土を割譲され、交通の要衝であるボスポラス海峡及びダーダネルス海峡を連合軍が接収する中、ムスタファ・ケマル(アタテュルク=トルコの父)が反旗を翻し、現在の領土を奪還し、共和制を宣言したのが1923年10月29日である。
 この記念すべき年に、トルコは2月6日に5万人余の人命を奪った未曾有の大震災に見舞われる中、与党公正発展党を率いるエルドアン大統領は5月14日に大統領選挙と総選挙を迎えた。2003年に首相就任以来、歴代最長の20年にわたり政権を維持してきたエルドアン大統領にとって、これまで経験したことがない厳しい状況の中で野党候補のクルチダルオール共和人民党党首との接戦(52.16%:47.84%)を制して、現行憲法上大統領としての最後の5年の任期を迎えるに至った。大統領就任式に総理特使として出席された山田外務副大臣(当時)に随行して同式典を見る機会を得たが、エルドアン大統領の表情には、国民を二分した選挙を終えた安堵と疲弊の両方が感じ取れた。
 筆者は、初めてトルコの地を踏んでから40年トルコと関わりを持ってきたが、本稿では、その希有な地政学上のポジションを有し、近年力強い経済成長、産業振興をバックにダイナミックな外交を展開するトルコについて、筆者の見解も交えながらご紹介したいと思う。

図1トルコを取り巻く周辺地図

トルコを取り巻く外交・安全保障環境

 改めて地図を見て頂けると分かるように、トルコは、欧州、ロシア、中東・北アフリカ、コーカサス、中央アジアに隣接または近接する特異な地理的環境にある。1953年にNATOに加盟、1999年にEU加盟候補国となり、西側の一員としての立ち位置をとりながらも、不安定でリスクの高い各国・地域を相手に国益を守るという厳しい外交・安全保障環境にあると言えよう。EUと中東の結節点にあり、クルド人武装勢力やISILといったテロの脅威とアフガン、イラク、シリア等の多くの難民の流入を真っ向から受ける中で、時には欧米と対立し、ロシア及びイランとも関係を維持する中で、NATO、EUからトルコへの厳しい見方がされることもある。一方、トルコの政治・外交を評価するに当たっては、欧米とは異なるトルコの地政学上の環境を良く理解して、分析することが公平であると考える。
 エルドアン政権以前のトルコでは、度重なる経済危機、軍部の政治介入、政権の頻繁な交代といった内政・経済の不安定から、国際政治の場において存在感を発揮することが難しい状況にあった。2002年の政権獲得後、圧倒的な議席数に基づく安定した政権運営と同年から開始されたIMFによる経済安定化プログラムにより、エルドアン政権は、経済成長を成し遂げ、2022年にはGDPランキングで世界第19位に位置している(トルコ側の表現を借りれば、人口8000万人超で、パーキャピタ1万ドルを達成している国は世界で10カ国に満たない。)。かつては前述の地域環境がトルコ内外政の負担になっていたとの見方もできるが、今や経済成長と長期安定政権を背景に、地域最大の国力と軍事力を擁するNATO及びG20のメンバー国として、多方面な外交フロントで影響力を示している。
 「トルコを囲むこの地域の平和と安定は、強いトルコがなければ成り立たない」-これは、トルコの知識人がよく口にする言葉であり、自負と気概が感じられる。

図2 トルコの名目GDP推移(出典:世界銀行)

ロシアのウクライナ侵攻で注目されるトルコの仲介・人道外交

 昨年2月24日にロシアのウクライナ侵攻が勃発すると、エルドアン大統領は早速仲介外交に乗り出した。これまでも、トルコが中心となって地域の平和と安定を目指すという方針の下、古くはシリア・イスラエル関係、イランの核開発問題等で仲介役を試みてきたが、ウクライナ危機は、プーチン大統領とゼレンスキー大統領双方とパイプを持つエルドアン大統領にとって国際社会への貢献を示す好機となった。現在に至るまで停戦の仲介は功を奏していないが、トルコは引き続き外交手腕を発揮する。穀物の一大輸出国であるウクライナとロシアが交戦状態に入ったことにより需給バランスが崩れ、特に途上国における食糧危機を招きかねない状況となった。トルコは国連と連携して、ウクライナとロシアを当事者とした「黒海穀物イニシアティブ」によってウクライナの穀物を輸送する体制を整え、その実施を担ってきた(7月にロシアが離脱したことから同イニシアティブは停止しているが、引き続き、イニシアティブ再開の可能性について関係方面と調整を続けている。)。機雷が至る所に散在し、攻撃が行われているウクライナ沿岸と黒海近海でこのオペレーションを確保することは、国連の関与と共に、ロシア及びウクライナと対話ができ、黒海からエーゲ海、地中海に展開する唯一の国際海峡を有するトルコならではの貢献である。
 また、トルコは、これまで近隣地域の紛争によりアフガニスタンやシリアをはじめ何百万人もの難民を受け入れ、保護する人道外交を大きな負担の下(もちろん、各国や国際機関の支援もあるが)進めてきた。長年にわたる難民に対する人道支援や今回の食糧安全保障上の役割を含めてトルコが進めている地域及び国際社会への貢献を、日本の方々ももっと知るべきであろう。

国益を守る「強靱な外交」

 トルコ外交は、その地理的環境から様々な影響を受け、それに応じた舵取りをするというプラクティスを積み重ねてきている。そのような中で、バランスを取りつつ、国益を守る強靱なトルコ外交が培われており、我々現場の外交官も大変注目している。その立役者はエルドアン大統領であるが、その舞台裏ではトルコの高い情報収集能力と有能な側近が支えている。
 ウクライナ危機の中で、NATO拡大の動きが加速し、フィンランドと共にスウェーデンの新規加入が優先案件となった。これに待ったをかけたのがトルコである。トルコはクルド労働者党(PKK)への対応をはじめスウェーデンのテロ対策不備を指摘するなど、自国の安全保障を確保するために、NATOを舞台にした交渉を展開した。米国をはじめとする他のNATO加盟国はトルコの妥協を求めたが、エルドアン大統領は首を縦に振らず、最終的にスウェーデンが法改正を行い、テロ対策を強化するなどトルコ側の要望に応じたことを踏まえて、本年7月のNATO首脳会合にてエルドアン大統領はスウェーデンの加盟に同意するとした(ただし、トルコ国会での承認が必要。)。
 さらに、トルコは米国からのF16戦闘機の新規購入を図っているが、米議会はこの売却とスウェーデンのNATO加盟をリンクさせているとの見方もあり、今回のやりとりがどう影響するのか注目される。既にスウェーデンからテロ対応と対トルコ武器禁輸解除を取り付けており、F16問題も好転すれば、トルコは大きな外交・安全保障上の成果を勝ち得たということになろう。エルドアン大統領は、各国との首脳会談を精力的にこなし成果を上げているが、そのカリスマ性のある存在感と共に、確かな情報と国益を守るとの強い意志があることは論を待たないであろう。安全保障上の脅威が常在する不安定な地域情勢の中で、トルコの情報収集・分析能力は極めて優秀であると目されており、フィダン外相やカルン国家情報庁長官をはじめとする長年大統領に仕える優秀な側近がサポートする体制の下、強靱なトルコ外交が展開されている。

今後のトルコ外交

 建国百周年を迎えた今年、エルドアン大統領の胸中を知る由もないが、建国の父ケマル・パシャ(アタテュルク)と自分を重ね合わせ、大統領として最後の任期における政治家としての集大成を思い描いているのかもしれない。
 外交面で申し上げれば、中東情勢はじめ、トルコの安全保障に直結するフロントに優先度が置かれ、地域の安定化のため仲介外交も積極的に継続していこう。トルコがクルド武装勢力掃討のための軍事作戦を展開しているシリア情勢は、トルコの国益に最も直接に関わる問題であり、米国との対立構造(トルコがテロ集団とみなす反アサド・クルド系勢力への米国の支援)がある中で今後も政治的コストを伴ったとしても毅然と対応していくと思われる。ウクライナ、ロシアについては、引き続き、両者とのパイプをテコに、国際社会にアピールする仲介外交を図りつつ、対露関係も維持していくという点に大きな変更はないと見られる。NATO及び米国との同盟関係はトルコの安全保障の根幹を成すものであり、他の同盟国と異なる安全保障環境から政策上の一定のギャップが生じることがあっても、概ね維持していくものと考える。
 最近勃発したイスラエル-パレスチナ(ハマス)情勢については、トルコは大統領自ら各国首脳と連絡して事態の沈静化に向けた外交努力を行っている。しかしながら、仮にイスラエルが地上作戦をはじめ大規模なガザ侵攻に突入する場合は、元々パレスチナへのシンパシーが強い政権であることから、イスラエルへの反発が高まり、米国との関係を含め、トルコが強い姿勢に転換することも想定される。
 エルドアン大統領は、選挙後にEU加盟交渉を促進するとの考えをあえて表明したが、20年に及ぶ交渉に大きな進展はない。ギリシャ、キプロスをはじめトルコの加盟に反対する既加盟国が存在する中、トルコの正式加盟への道程は極めて厳しい。一方、EU加盟交渉国として国内の社会経済改革を進め、欧州との関係強化も図ってきたトルコにとって、現在のステータスを維持することは、世界の先進化をリードするEUの協力を得ながらDX、GX、エネルギー対応など重要インフラのアップデートに対応していく上でも優先度の高い政策となっている。

最後に-日・トルコ外交関係樹立百周年に向けた両国関係

 2024年は日本・トルコ外交関係樹立百周年の節目を迎える。長きに亘る友好関係を基礎として経済分野を中心に発展的関係を築いてきた両国であるが、両国の戦略的パートナーシップの下で中東、ウクライナ情勢や安全保障を含め、一層の対話と協力関係を進めていく時期に来ているというのが、このダイナミックな外交の現場にいる者の実感である。三方を海洋に面し、ロシア、中東フロントにあって民主主義をはじめとする基本的価値観を共有するトルコは、我が国が「自由で開かれたインド太平洋」を推進する上でも重要なパートナーとなることが期待される。今後予定される要人往来、官民の様々な協議や交流を通じて、両国の外交関係を一層深化する年にしたいと考えている。
 経済関係では、交渉中の経済連携協定及び社会保障協定について早期に合意し、貿易・投資環境を整備することが急務である。後に交渉を開始した韓国が先にFTAを締結し、対トルコ貿易・投資実績を著しく伸ばしているのが現実である。さらに、西村経済産業大臣が9月にトルコ訪問した際に、先方貿易大臣とエネルギー・天然資源大臣との間で打ち出した、ウクライナ復興での両国企業協力やエネルギー・フォーラムの立ち上げにより、新たな取り組みがスタートする。
 最後に、震災支援に触れたい。両国は、幾多の震災に見舞われてきたが、近年共に最大級の被害を経験した。一方、防災分野で世界をリードする我が国は、トルコ地震発生直後から、緊急支援チームの派遣、技術・資金支援を切れ目なく実施し、復興協力を継続中である。1890年に串本沖で遭難したオスマン・トルコの使節団を乗せたトルコ艦船の遭難者救助、イラク・イラク戦争の際のテヘラン在留邦人のトルコ機による救出、大震災での相互援助など、アジアの東端と西端に位置する両国は、困難な時期にこそ友好関係を育んできた歴史がある。トルコ語で「(誰が)親友であるということは、苦難の時にこそ明らかになる」という言葉があるが、両国は正にそういう関係であることを私自身誇りに思う。
(以上)