陸上女子400メートルの世代最速スプリンターがこの春、旅立ちのときを迎えた。昨年、高校2冠に輝いただけでなく、日本選手権で2位に入り、日本代表としても戦った相洋高3年の青木りん。その輝かしい成績とは裏腹に一時はトラックを離れることも考えた18歳は卒業後、社会人、大学生、そしてアスリートの三つの顔を持って歩むことを決めた。挑戦の先にあるのは日本最速という夢だ。
2016年6月25日、名古屋市のパロマ瑞穂スタジアムのトラックを打ち付ける雨音は大歓声にかき消されていた。
それもそのはずで、この年の国内最高峰の大会は約1カ月後に迫ったリオデジャネイロ五輪代表の選考会を兼ねていた。出場するほとんどのアスリートが4年間の全てを懸けて臨んでくる。高校3年生はその熱狂の外にいた。
「日本選手権っていう大会自体、よく分かっていなかった。自分の力を試せればいいやってぐらいで出ていましたね」
余計な気負いがなかったのが奏功したのかもしれない。予選で53秒44の自己ベストをマークした勢いは、決勝でもとどまることを知らなかった。
コーナーを回るごとに並み居るランナーを抜き去っていく。「1周が一番早く感じた。後にも先にもない感覚。どれだけ走っても足が疲れなかった」。トップとは0秒62差の2位。それでも堂々の準優勝だった。
日本女子陸上界にさっそうと現れたヒロインはこの後、1600メートルリレーの日本代表候補に選ばれ、夏の全国高校総体(インターハイ)、秋の岩手国体でも優勝するなど輝かしい足跡を残した。ただ、内面は決して満ち足りてはいなかった。
トラック1周で争われる400メートルは人間が全力で走れる限界とされる。最も過酷とも言われる種目の一つだが、自分に適性を感じているという。
「頭を使うところが魅力的。400メートルは考えながら走らないといけない。そこに自分の特性があった」。学業は優秀で、寝る前には読書を怠らない。理知的なスプリンターは持久力、脚力はもちろん、いかに筋肉、スタミナを効率的に使い、勝負どころで爆発させるかという戦略にも秀でている。
日本選手権で見せた後半の伸びに象徴されるような強さはしかし、競技を始めた頃には兆しも見えなかった。