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 印刷 2021年11月25日デイリー版1面

インタビュー 2050ゼロエミ実現へ 日本の技術力結集】日本舶用工業会会長・木下茂樹氏。造船と連携、変化を好機に

日本舶用工業会会長 木下 茂樹氏
日本舶用工業会会長 木下 茂樹氏

 日本の海運業界が2050年のGHG(温室効果ガス)排出ネットゼロ(実質ゼロ)への挑戦を決める中、その実現に向けて舶用機器メーカーが果たす役割に注目が集まっている。6月に就任した日本舶用工業会の木下茂樹会長に今後の舶用工業が向かうべき針路を聞いた。(聞き手 松下優介)

■世界シェア高める

 ――舶用工業の現状をどう見るか。

 「日本の舶用工業の世界的なプレゼンスは、日本の造船業が世界のトップに君臨していた数十年前に比べると低下している。足元の生産高は日本が約1兆円なのに対し欧州は約6兆円とされ、足元では9兆円規模に達しているとのリポートも出てきた。こうした現状に対し、造船業と連携を強めて、日本の舶用工業の世界シェアを何とか引き上げていきたい」

 ――日本が欧州勢に劣後している要因は。

 「機器のパッケージ化の進度に差があることが大きい。欧州メーカーは造船所に対し、エンジンのほか例えば冷却器やシャフトなど、機関室内の機器類を丸ごとパッケージで提供するような提案を行っている。中国造船所が大型LNG(液化天然ガス)船を建造するケースでも、欧州ブランドのライセンシーである中国メーカーの機器が採用される比率が高まっている」

 「一方で機器のパッケージ化は、総論で賛成を得られても各論になると各社の利害が輻輳(ふくそう)する難しいテーマで、日本ではなかなか進んでいなかった。しかし日舶工での取り組みの成果として昨年、国土交通省、日本造船技術センターに支援・協力を頂いた結果、日本製舶用機器パッケージで構成するオフショア支援船(OSV)の設計図面が完成した。また造船資機材のサプライチェーン(SC)改革に向け、日本造船工業会と『SC最適化委員会』を立ち上げ、先月に合同委員会を初開催するなど着実に歩を進めてきた」

 「欧州勢のパッケージ提案には、日本メーカーの提案にあるきめ細かさが不足しているとの声も聞く。日本の舶用工業各社の技術力には優位性があると自信を持っており、造船業と協力しながらそれらをインテグレート(統合)していけば、パッケージ化の遅れという課題を今後、強みに変えていくことは十分可能だと考えている」

■技術力強化へ協調

 ――そうした中、何に重点的に取り組むか。

 「国際競争力の強化、業界活動の活性化、人材育成―の3つだ」

 ――国際競争力の強化には何が必要か。

 「国交省、日本船主協会が50年までのGHG排出ネットゼロを目指す方針を打ち出した。こうした中で日本の舶用工業が国際競争力を発揮するには、技術力のさらなる強化が一層重要になる。技術に優位性があれば、こうした変化は大きなチャンスになるからだ」

 「エンジン自体の開発は世界では終わりつつあり、今後の重点は各新燃料に対応する燃焼技術の開発に移る。この新技術に関わる特許などの知的財産について、日本の総力を挙げて開発を急ぎ、海外勢との競争に必ず打ち勝っていきたい」

 「ゼロエミッションを可能にする新燃料の候補には、アンモニアや水素、バイオ燃料などが挙がっているほか、足元では自動車船を中心にLNG燃料化が急速に進んでいる。われわれ舶用機器メーカーは当然こうした動きにきめ細かく対応していくが、将来主流になり得る新燃料の選択肢が複数ある中、個社の技術開発のリソースには人員・資金の両面で限界がある。このため技術力の強化には、さまざまな協力体制が必要になると考えている」

■造舶一体で工夫を

 ――協力体制の方向性は。

 「造船業との連携を強めた上で、新技術の開発にオールジャパンで取り組むことが一つだろう。例えば日本中小型造船工業会は設計の面で、肝になる各造船所の特色は生かしつつ、土台の部分をある程度共通化して省力化する方向で検討されていると聞いている。取り組みが具体化する段階でわれわれも一緒に入って議論させていただければ、一部機器仕様の標準化など、造船・舶用が一体となって創意工夫できる余地が大いにあると考えている」

 「前述の日本造船工業会との『SC最適化委員会』も、方向性としては同じだ。SCの最適化は、機器仕様の共通化だけを意味するものではない。最も重要なのは船主の要望であるため、共通化は簡単ではない。だが、仮に複数のメーカーが同じような寸法でエンジンを製造すれば、造船所が設計をしやすくなるのは間違いない」

 「われわれ舶用メーカーは日本造船所とこれまで以上に密に連携し、両者の技術力を結集して、日本の海事クラスターのさらなる発展に貢献したい。そのための具体策を今議論しており、その一つが機器仕様の共通化になる」

 「造船所と舶用メーカーがデジタルツールを使い、設計段階で情報交換を深める取り組みもその一つだ。両者間の仕様書交換の電子化を国が支援する『造舶ウェブ』は01年度に実用化されたが、当時の技術では設計や生産工程全体の効率化には踏み込めなかった。デジタル技術が飛躍的に向上した今なら、SC全体の効率化を実現できる可能性がある」

■業界の魅力発信

 ――業界活動の活性化、人材育成への取り組みは。

 「会員企業の若手技術者を対象とする人材育成の一環で9月、『次世代海洋エンジニア会』を立ち上げた。今後2年間で計5回の交流会を開催し、業界のさらなる発展に寄与するべく、会員企業の横のつながりや新たな視点に基づく協調領域の在り方に関する検討などを行う」

 「また既存の『技術開発戦略検討委員会』に日本舶用工業会のメンバーだけでなく、オブザーバーとして海運会社の方に参加いただき、船舶の運用面の課題や要望などを伺いながら、交流を深める企画も検討している」

 ――人材確保に向けた取り組みは。

 「大学生へのリクルートや舶用工業の周知を目的とした舶用工業講義を2008年度から実施しており、対象校を広げながら舶用工業の仕事の魅力を地道に発信し続けている」

■誇りと感動の仕事

 ――舶用工業の魅力とは。

 「舶用工業はものづくりの感動を存分に味わえる魅力的な仕事だ。私自身がそう強く思っている。例えば昨年から今年にかけて日本郵船と川崎汽船がLNG燃料焚(だ)きの自動車船を初めて竣工させたが、そのようなエポックメーキングな大型船に自社の製品が搭載されれば、技術者はもちろん営業や製造現場にとっても大きな誇りになると思う」

 「また例えば私が所属するダイハツディーゼルでは、夏休み前の社内報に、当社製品を採用いただいている全ての国内フェリー船社の航路図を掲載したことがある。社員が家族旅行に出掛ける際、子どもさんに『この船はお父さんやお母さんが作ったエンジンで動いているんだよ』と話してもらいたかったからだ。人々の生活を支える大きな船のためのものづくりは、大きなやりがいが間違いなくあると思う」

■クラスターに貢献

 ――デジタル関連の取り組みは。

 「舶用機器のデジタル化への関心は、脱炭素化や運航自動化の流れを受けて一層高まっている。自動運航船に関しては、サイバーセキュリティー対策や船内データサーバー試験規格の開発などを手掛ける研究会『スマートナビゲーションシステム研究会(スマナビ研)』の活動を通じ、自動化・省力化に向けた機器の開発、機器などの状態監視や予防保全に関する検討を引き続き進める」

 ――会長就任の抱負を改めて。

 「日本の舶用工業は、日本の海運会社や造船所の要請に懸命に応えてきた過程で、技術とサービス品質が徐々に世界で認められるようになった。つまり、両者に育てていただいたからこそ今があると認識している。海運業界が前倒しでゼロエミッション化への挑戦を決めるなど、業界を取り巻く環境は大きく動いているが、技術力に強みを持つわれわれはこの変化をチャンスと捉えている。今後も海運・造船業の皆さまとより密に連携し、日本の海事クラスターの発展に貢献するべく、技術面で新たな解決策を打ち出していきたい」

 きのした・しげき 77(昭和52)年東海大工卒、ダイハツディーゼル入社。12年取締役守山工場長、13年常務、14年専務などを経て16年代表取締役社長、20年6月から会長。17年日本舶用工業会副会長、21年6月から現職。67歳。