特集:世界経済の混乱で求められる海外ビジネスの再構築経済安全保障、8割の日本企業が経営課題と認識
ジェトロによるアンケート調査

2022年11月24日

サプライチェーンの途絶リスク増大や米中間の戦略競争など、国際環境の変化に伴い、主要国が「経済安全保障」推進のための制度の整備を急いでいる。経済安全保障とは、経済的な側面で国家安全保障上の課題への対応を強化することである。具体的には、産業政策としての特定分野における研究開発・設備投資の支援に加え、輸出管理や投資審査、政府調達などの対外政策を通じた重要技術や基幹インフラなどの保護といった対策が取られる。ジェトロが主催したウェビナーに参加した企業向けのアンケートや独自のヒアリングを基に、日本企業の経済安全保障への対応状況を報告する。

米中対立で高まるコンプライアンス要請

日本企業にとっては、貿易投資の最大相手国として、米国と中国の動向が特に重要となる(図1参照)。輸出管理や投資・輸入規制など、多くの政策領域で企業活動が影響を受ける。たとえば米国の輸出管理規則(EAR)については、安全保障上の懸念がある国に軍事転用の可能性がある米国製品・技術・ソフトウエアを輸出するなどの場合に、事前の輸出許可申請が必要となる。EARの対象製品である場合には、米国外での取引であっても規制が適用される(いわゆる「再輸出」規制)。中国も、2020年12月に施行した輸出管理法で再輸出規制を導入するほか、他国による法律の域外適用への対抗措置を用意する。たとえば反外国制裁法(2021年6月施行)では、企業が他国の法律を順守するかたちで、中国企業に差別的な措置をとった場合に、損害賠償請求を受ける可能性がある。海外ビジネスを展開する日本企業は、経済安全保障を踏まえたコンプライアンス対応が求められる。

図1:米中の戦略競争下におかれる日本企業(イメージ)
米国と中国が相互主義による報復措置の応酬で対立がエスカレートしていることに伴い、追加関税や輸出管理、投資規制、輸入規制などの規定が乱立している。米国の輸出管理では、輸出規制対象の米国製部材を一定割合以上使用する場合などで再輸出規制に基づく域外適用が想定される一方、それに対する中国の対抗措置もある。日本にとっては、中国が日本の輸出に占めるシェアが21.6%で世界第1位、進出日系企業数でも3万1,047拠点と世界第1位であり、米国も日本の輸出に占めるシェアが17.8%と第2位、進出日系企業数でも8,874拠点と第2位を占める。

出所:外務省・財務省資料や各国政府資料を基にジェトロ作成

デカップリングは1割未満、全社的な方針策定や情報収集が進む

ジェトロは2022年9月、経済安全保障をテーマとするウェビナーを主催。同イベントに参加した企業向けに実施したアンケート(実施時期:2022年9月14~20日)の結果では、回答企業のうち、米国または中国いずれかでビジネス展開している企業の割合は91.5%に上った(図2参照)。また、米中両国でビジネスを有している企業は74.9%と大半を占める。

経済産業省の海外事業活動基本調査によると、日本企業の海外売上高約241兆円(2020年度実績)のうち、米国が約73兆円、中国が約50兆円と、両国で半分超を占める。日本企業の海外展開における米国および中国の存在感は突出しており、輸出入においても両国との取引規模の大きさがうかがえる。

図2:米国および中国でのビジネス展開状況
回答企業565社のうち、米中両国でビジネスを有する割合は74.9%、中国でビジネスを有する割合は11.9%、米国でビジネスを有する割合は4.8%、米中いずれでもビジネスを有していない割合は8.5%。結果として、米国または中国いずれかでビジネス展開している日本企業の割合は91.5%に上る。

出所:ジェトロによるアンケート調査結果(2022年9月実施)

回答企業のうち、経済安全保障を経営課題として認識する割合は8割近い(78.8%)。そのうち、喫緊の対応または検討が必要と回答した企業は34.8%を占める(図3参照)。企業からは、「米国顧客とも中国顧客ともビジネスがあり、両国の輸出管理制度の板挟みとなっている」(精密機械)、「中国向けビジネスを展開する中、米国の規制が今後どの程度拡大していくのか見えないため、中国ビジネスの事業計画が立てづらい状況」(専門・技術サービス)といったコメントが聞かれる。

図3:経済安全保障を経営課題として認識しているか
回答企業595社のうち、「喫緊で対応検討が必要」と答えた割合は34.8%、「中長期的に対応検討が必要」と答えた割合は44.0%、「経営課題とは認識していない」と答えた割合は10.6%、「わからない」と答えた割合は10.6%。結果として、経済安全保障を経営課題として認識する割合は8割近い78.8%に上る。

出所:図2に同じ

経済安全保障に関わる体制や取り組みに係る取り組みを聞いたところ、「情報収集の機能強化」(64.2%)が最も多くの回答を集めた(複数回答、図4参照)。次いで、「全社共通の対応方針の策定・実施」(31.5%)、「サプライチェーンの多元化」(23.3%)が多い。責任者(役員など)や専門部署の設置を行う割合は約2割(22.5%)を占める。市場ごとに扱う製品・技術・サービスの切り離しなどを行う「各事業展開先における事業の分離」の回答割合は4.7%と1割に満たない。

図4:経済安全保障に関わる体制や取り組み(複数回答)
「情報収集の機能強化」と答えた割合は64.2%、「全社共通の対応方針の策定・実施」は31.5%、「サプライチェーンの多元化」は23.3%、「責任者や専門部署の設置」は22.5%、「有事に備えたBCP(事業継続計画)の策定」は21.1%、「特段対応する予定はない」は11.6%、「外部サービスの利用」は11.1%、「各事業展開先における事業の分離」は4.7%、「その他」は6.0%

出所:図2に同じ

ITツール導入が進展する一方、個別のリスク判断で苦慮する声も

取り組み上の課題としては、社内のリソース不足を挙げる企業が48.4%と回答の半数近くに上った(複数回答、図5参照)。企業からは、専門人材の育成の重要性を指摘する意見(医療機器)が出たほか、「各国の制裁法に関する体制がしっかりとしていない点を不安視している」(輸送用機器部品)とのコメントがみられる。次いで、「米国法や中国法令など変化しやすく情報収集が大変」(電子機器部品)など、関連情報の収集を課題と答える割合が高い。また、経営層における理解や課題認識の浸透が不十分との回答も26.0%もある。経済安全保障は、幅広い部署に関係する上に、緊急の対応が求められることもあり、経営層の関与が欠かせないということを意味するのだろう。さらに、サプライヤーの協力や理解を得ることが難しいとの回答(16%)もあり、「サプライチェーンにおける中国製部品の末端までの調査が難しい」(建設機械)との意見が聞かれる。

図5:経済安全保障に取り組む上での課題(複数回答)
「取り組むための社内リソースが不足している」と答えた割合は48.4%、「関連する情報を集めることが難しい」は39.5%、「経営層における理解や課題認識の浸透が不十分である」は26.0%、「サプライヤーの協力や理解を得ることが難しい」は16.0%、「特段ない」は14.2%、「何から手をつければよいかわからない」は12.0%「その他」は5.1%

出所:図2に同じ

具体的な取り組みや課題について、ジェトロでは日本企業へのヒアリング(2021年10月~2022年3月)を別途実施した。たとえばA社は、経済安全保障に関して経営判断が必要な事項とプロセスのルール化を行っている。社内全体で統一的な方針を固めることで、特定の事業で対応を怠る事態を防ぐ目的である。またB社は、米国政府が指定する貿易取引制限リストであるエンティティー・リスト(EL、注)に該当する企業との契約が生じる場合に、受発注システムで自動的に取引停止する仕組みを導入している。こうしたサプライチェーン管理のため、ITツールの導入は、A社を含めて各社で進みつつある。

また社内の検討においても、サプライチェーンにおけるチョークポイント(脆弱性)の把握や対策といったモノの流れに加え、研究開発や情報管理にまで取り組みを広げる動きも出ている。米国や中国などの輸出管理は、国境を越えなくても、外国籍の個人に技術を移転する「みなし輸出」を規制対象としている。日本の輸出管理を定める「外国為替及び外国貿易法」(外為法)においても、経済産業省が2022年5月にみなし輸出の管理を明確化する省令を施行している。

取り組みが進む一方、課題も多い。前出のB社は、懸念のある取引の是非を判断する部署や方針がなく、対応に苦慮している。たとえば人権侵害の疑いのある顧客と取引することで、仮に法順守で問題はなくとも、対外的な評判、いわゆるレピュテーションの問題が生じ得る。他方、ヒアリングを行った企業の中には、取引停止にもリスクがあるとする向きもある。米国では、米政府が中国の新疆ウイグル自治区からの輸入を規制する中、米半導体大手インテルが同自治区との取引停止をサプライヤーに呼びかけた結果、中国内で反発を受けて謝罪に追われた(2021年12月24日付ビジネス短信参照)。こうしたサプライチェーン上の課題は、輸出管理の面でもみられる。ヒアリングの中でも、EARの対象製品が含まれているかを把握する上で、サプライヤーによる協力や(輸出管理手続きに対する)理解の必要性を強調する企業の声が聞かれた。

ルールの実態を捉え、適度なコンプライアンスを

経済安全保障をめぐる企業の対応には、行き過ぎると海外展開を停滞させる懸念がある。前出のA社は「(経済安全保障上の対応を)やり過ぎるとビジネスを萎縮させるなどのデメリットとなる」と指摘する。この点、過度なコンプライアンスとならないよう、他国企業の動向や関連規制の運用実態などを適切に把握し、経営判断につなげることが重要となる。対中政策が厳格化する米国であっても、2021年の米中貿易は輸出入額とも過去最高を記録し、集積回路などの半導体関連製品の対中輸出も伸びている(2022年3月29日付地域・分析レポート参照)。EL指定企業である中国の華為技術(ファーウェイ)と中芯国際集成電路製造(SMIC)向けの輸出についても、輸出許可手続きを経て、同許可申請の多くが承認されている(2021年10月26日付ビジネス短信参照)。日本の梶山弘志経済産業相(当時)は、2020年11月の記者会見で「各国の輸出管理上求められている内容を超えて、過度に萎縮していただく必要は全くありません」と発言し、輸出管理の状況を踏まえ、自社のサプライチェーンのリスクについて精緻に把握するとともに、必要に応じて規制当局に許可申請を行うよう、企業に促している。


注:
ELに該当する企業に米国製品・技術・ソフトウエアを輸出するには事前許可が必要となり、場合によっては申請しても「原則不許可」となる。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課 リサーチ・マネージャー
藪 恭兵(やぶ きょうへい)
2013年、ジェトロ入構。海外調査部調査企画課、欧州ロシアCIS課、米州課を経て、2017~2019年に経済産業省通商政策局経済連携課に出向。日本のEPA/FTA交渉に従事。その後、戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員を務め、2022年1月から現職。