東京・日本橋には、「日本橋」という名の橋があり、それが地名の由来となっている。
では……東京23区中、「地味」「目立たない」と言われがちな板橋区には?
ここ……
ん?
え……
あった。
「板橋」という名の橋が。
都営三田線板橋本町駅から徒歩約10分。旧中山道が石神井川を渡る地点にかけられており、日本橋同様、地名の由来となった橋である。
「板橋」という名前の通り、まさに板で作られた橋。
でもよく見ると、板風デザインなだけだった……(なので木の橋じゃない)。
「こういうツッコミどころが、たまらなく板橋的な感じなんですよね」
こう話すのは、板橋区の情報を発信するローカルメディア「いたばしTIMES」の編集長・ちゅうぞうさん(写真上)。
実は板橋区を案内してもらおうと、ガイドをお願いしていたのだった。
本日のガイド:ちゅうぞうさん
1976年生まれ。いたばしTIMES編集長。IT関連の会社を経て、現在は介護系の会社経営。知る人ぞ知る、板橋区内の有名人。一緒に板橋区を散策していたら、すれ違う人から声を掛けられるほど。
──板橋区って住宅街のイメージで、何があるのか正直わからないです。
ちゅうぞうさん(以下敬称略):そう、板橋区は観光地ではないし、わかりやすいものがないんです。たとえば台東区だったら「浅草雷門」とか、港区だったら「六本木ヒルズ」とかあるじゃないですか。でも道行く人に「板橋区といえば?」と聞いても、たぶん答えに詰まります。だけど、わかりやすいものって必要ですっけ?
── は、はあ……。
ちゅうぞう:小さいことでも面白がる気持ちがあれば、板橋区って宝の山。そこらへんに面白いものが転がっているんです。日々の生活を貪欲に楽しみたいなら、板橋区はむしろ魅力的かもしれません。たとえば、この「板橋」が架かっている石神井川も、春には桜が満開になるし、あの目黒川にも全然負けていないと思うんですよね。でも人が全然いないので穴場ですよ!
── へえ~! なんだか板橋区に興味が湧いてきました。
ちゅうぞう:では今日は、「いたばしTIMES」を主宰する僕がおすすめする板橋区のスポットを紹介しますね。どれも胸を張って誇れるお店です。
中華料理界の巨匠が腕をふるう「髙野」
最初にやってきたのは、東武東上線・大山駅から徒歩約3分、遊座大山商店街にある「肉饅・餡饅専門店 髙野 大山店」。
ここはテイクアウトがメインの肉まん屋さんだ。
お店の中に入ると熱々の肉まんをすぐに食べられるようにと、ちょっとしたイートインスペースがある。
実はこちらのお店で腕を振るう料理人は「中国料理の職人の間では知らない人がいない」ほど有名な存在。元目黒雅叙園で料理長を務めた高野文雄さん、その人だ。
▲現場を仕切る髙野賢司さん(左)と、スタッフの内田さん。髙野さんは髙野三代目、老麺を引き継ぐ唯一の後継者だ
「料理⻑は、⾼級料理ならいくらでも作れるんです。でも第一線を退いた後はそういうのはやりたくない、と。最高級の技術を日常の暮らしの中で気軽に食べてもらいたい。地域の人々と交流しながら、地域に根差した店をやりたかったのです。それには普段着で気軽に暮らせる板橋という町が最適だったのです」と賢司さん。
▲写真の方が、目黒雅叙園の元料理長・髙野文雄さん。気になる「老麺(ろうめん)」についてはもうちょっと下段で説明します
▲看板メニューは、肉まん。1個300円(2019年8月時点の価格)
レアな「老麺」を求めて海外からもお客さんが
ではさっそくホカホカの肉まんをいただいてみよう。
▲出来たて熱々の肉まんを。あまりに湯気がすごくてピンボケしてしまった……
餡がぎっしり詰まっていて、まるで特大ハンバーグのよう。具材は、豚肉とタケノコ、しいたけ、小松菜。豚肉がプリっとしていてジューシーで重たくなく、小松菜の青みがアクセントに。
なにより肉汁が染み込んだ、内側のトロッとした食感(お店曰く「しみとろ」)の生地がうまいっ! 一見フワっとしつつも口の中に入れると適度にもちもちしていて、コンビニのそれとは明らかに違う、職人の技術が伝わってくる噛み心地だ。
▲髙野文雄さんは、日本人初の中国料理最高資格者
この肉まんは中国の伝統製法である天然酵母の「老麺(ろうめん)」を使って作るという。老麺で作ると、小麦の風味が豊かになり、ほんのりと甘く、そして弾力ある生地感になるんだとか。
しかし、この老麺はなかなかのクセ者で、発酵に時間がかかり、また天候や湿度で変化してしまうそう。そのため現在は老麺を使わず、イースト菌を使って作るのが主流で、老麺を使っているお店は、世界でもわずか。
ちゅうぞう:こんなスゴイお店が板橋にあったなんてすごすぎないですか?
▲板橋至上主義者として著名な「えっぐたると」さんも常連らしい……
ちゅうぞう:老麺の肉まんが食べられる貴重な店として、香港など海外からもお客さんがやってくるそうですよ。
えっ、海外から……板橋に!?
オープン当初は⾁まんしか販売していなかったが、地域の方々の声に応えながら今ではシュウマイや餃⼦、からあげ、冷やし中華(夏季限定)などを販売。お惣菜系のサイドメニューも豊富だ。
ちゅうぞう:目黒雅叙園の元料理長が作る最高級の味が、板橋なら日常的に食べられるんですよ。しかも1個300円で!
▲思わず笑みがこぼれるおいしさ
1軒目から、板橋の実力を垣間見た気がする。ちなみに関東屈指の格安スーパーマーケットチェーン「Big-A」の本社は、この「髙野」のすぐそばにある。
店舗情報
髙野
住所:東京都板橋区大山東町46-6
電話:03-6912-4137
営業時間:10:30〜なくなり次第終了
定休日:なし
板橋は、個人経営>メジャーチェーン
続いてやってきたのは、東武東上線・大山駅から徒歩約3分、ハッピーロード大山商店街にある「フロンティアしなのや」。
創業約60年の老舗洋服店である。
個性豊かなデザインのアイテムや品質と着心地にもこだわったMADE IN JAPANのアイテムをそろえる。
▲店長が手に持っているのは商店街公認レスラー「ハッピーロードマン」のTシャツ。ほぼ区内でしか売ってないレアモノ
店長・臼田武志さん(写真上)は、ハッピーロード大山商店街振興組合の第1事業部長。板橋区の盛り上げ役のひとりだ。
たとえば板橋区内の7商店街を食べ飲み歩きができるイベント「板橋バル」や「東上線バル」を開催したり、
「ハッピーロード大山TV」というハッピーロード大山商店街のイベントやお店紹介、その他大山地域の情報を発信するインターネットTVを運営したり。
最近では「いたばしプロレスリング」という団体が板橋区内の各商店街にレスラーを誕生させて試合をし、地域を盛り上げている。
itabashi-prowrestling.jimdo.com
ちなみにハッピーロード大山商店街からは「ハッピーロードマン」「ハッピーロードマン・ダーク」「ハッピーでんきマン」の3人のレスラーが誕生している。
そんな効果もあってか、近年ハッピーロードは通行客が増えているらしい。
たしかに、この商店街不況の時代に、平日の昼間だというのに、結構な人が歩いていて、商店街が賑わっている。
ちゅうぞう:もともと板橋は、江戸時代に宿場町として栄えた町。その名残で、今でも商店街が多く、個人店も豊富です。ただ、複数路線乗り入れる駅を作らなかったので、交通が不便で地価が下がってしまったんです。でも、そのおかげで地価の高い都心では出店できないけど、板橋なら……と、ユニークでチャレンジ的なお店がたくさん出店するようになりました。そういう土壌があるから、資本のあるチェーンが板橋でお店を出しても、すぐ撤退してしまうんですよ。
▲ハッピーロード内にある人気のクレープ店「ピエロ」は1979年開店。このメニューの数に注目!
板橋が誇る超ド級居酒屋店「花門」
そして最後に案内されたのは、東武東上線・上板橋駅北口から徒歩約8分の「花門(かもん)」。
知る人ぞ知る、板橋を代表する居酒屋店なんだそう。
ここか。
ちょっとひとクセありそうな居酒屋さんだ。
ちゅうぞう:「花門」の特徴は、料理全品400円と明朗会計なところです。でも安さやコスパをウリにしているお店ではないんですよ。とりあえず中に入ってみましょう!
店内はカウンターと小上がりあわせて20席ほど。
「カルボナーラ始めました」「ナポリタンはやめません」「20周年記念1時間飲み・食べ放題20円」。中に入ると、一気に濃度が上がる。
まずは乾杯(ビール、サワー、緑茶ハイ400円)。
ちゅうぞう:僕のおすすめは「おまかせサラダ」「とりの唐揚げ」「イラン人気ロール」です。料理は全品400円と安いので、ぜひドリンクはたくさん飲んでくださいね。そうしないと採算が合わなくて、このお店の経営はもっと大変なことになりますから……。
──は、はい……?
と、そこに現れたのは居酒屋さんでは定番の「おまかせサラダ」。
イラン人店主・マンスールさん(通称マンスさん)が直々に運んでくださったのだが。
!!??
な、なんですかこのデカさは。(ちゅうぞうさんの顔よりデカイ)
ポテトサラダにトマト、コーン、レタス、水菜などがてんこ盛りに。なんとこれで、たったの400円なのである。
「食べきれなかったら、私が食べるから言ってね!!」とマンスさん。
が、がんばります……。
目を疑うような大皿料理(400円)が続々と
しばらく超大盛りサラダと格闘していると……
「おまちどうさん、唐揚げだよ」とマンスさんの声が。
こ、これが400円の「とりの唐揚げ」ですか!
食べてみると、しっかりした味付けでウマい。
「イラン人気ロール」もボリューム満点!
これはイランでは「アブグーシュト」と呼ばれる煮込み料理。イランではナンにつけて食べるのだが、「花門」ではトルティーヤで巻いたオリジナルスタイルになっている。
しつこいようだが、これもやっぱり400円だ。
▲隣のテーブルのお客さんが注文したオムライス。写真だけ撮らせてもらった。もういいよと言われそうだが400円です
常連客たちの愛がとまらない
それにしても、
まだ3品しか頼んでないのに、テーブルの上にも乗りきらない……
ちゅうぞう:「花門」はよくデカ盛りのお店としてテレビなんかでも紹介されるのですが、そのたびにマンスさんは「テレビを見て来た人がガッカリしないように」と、どんどん盛りを良くしていって、このスタイルになったんですよ。つまりこのデカ盛りは心意気なんです。こういう感じなんで、料理だけだとお店が赤字になっちゃいます。ドリンクを飲むことでお店を応援してあげてほしいんですよね。
▲お店のメニューはすべて撮影OK。ただインスタ目当て「だけ」の来店・注文はヤメようね
──単なる話題のためじゃなく、あくまでお客さんのことを考えてってことですか。
ちゅうぞう:はい。だから常連さんほど「量は少なめで」とオーダーします。ちなみに余ったら持ち帰れますよ。そのためのラップ類などは、常連さんたちからの寄付なんです。また常連さんによる「花門にカモン」という、「花門」を紹介するブログも存在します。
▲われわれも持ち帰ることに。これで翌日の食事にも困らない
──す、すげえ。常連さんたちからの愛がハンパない……!
ちゅうぞう:板橋には知名度やブランドに左右されることなく「いいものはいい」と認める感性があると思っていて。だから背伸びをしなくても自然体でいられる空気感というか、人情味があるというか。意外と下町っぽいんですよ。それが住む心地よさにつながっていると思っています。でも外部の人には、ふわふわしすぎてて板橋の魅力が伝わらないんですよね。住んでみるとわかるんですよ、板橋の良さが!
何もないように見せかけて、「本物」がたくさんある板橋。
おみそれしました!
店舗情報
花門
住所:東京都板橋区上板橋3-6-7
電話:03-3935-9222
営業時間:18:00〜25:00
定休日:火曜日
書いた人:名久井梨香
フリーライター。東京都出身。新卒で大手広告会社に就職するも、会社員は向いていないと挫折。1年で退職し、その後フリーライターの道へ。趣味は、Jリーグとカレー。週1回、新宿ゴールデン街でバーテンダーもやっています。