好きな食べ物はカレーだ。
カレーの食べ歩きをしたり、自宅でスパイスを使ってカレーを作ったり。旅行に出掛ければ、そのたびにご当地レトルトカレーをお土産として購入する。
それなりにカレー店の取材経験もこなしているし、自分のことを「カレー専門ライター」として認識する編集者すらいる。
そんな筆者には食べてみたいカレーがある。
しかし、物理的にどうしても食べることができないカレーなのだ。
それが、ここ。
日本航空(以下JAL)のラウンジカレーである。
あるいは空港カレーとでも言うべきか。
これは、東京国際空港(いわゆる羽田空港)と、成田国際空港の「JALファーストクラスラウンジ」または「国際線サクララウンジ」で提供している「JAL特製オリジナルビーフカレー」のことを指す。
▲「JALファーストクラスラウンジ」と「国際線サクララウンジ」の入口
▲入ると受付のカウンターが。ここで会員ステイタスか搭乗券を見せてラウンジへ進む
これらのラウンジは、JALカードの会員ステイタスが上位の人、またはファーストクラス、ビジネスクラス、事前予約したプレミアムエコノミークラスに搭乗する人しか利用できない。
ラウンジは無料で使え、カレーを含むビュッフェスタイルの食事も無料。おまけにシャンパンやビールなどのお酒も無料で飲み放題なのだ。
そんな、富裕層の証ともいえるJALのラウンジカレーはSNSにたびたびアップされ、話題になっている。
というのも一見、普通のカレーの写真だが、このカレーの存在を知っている人には、自身のステイタスを証明できるアイテムであるからだ。
言ってみれば、マウンティングのツールになっている。
▲ラウンジを利用できる会員ステイタスを持った者に限られている
純粋なカレー好きの筆者としては、なんとなくケチをつけたくなる現象である(少々ひがんでます、ごめんなさい)。
というか、そもそもJALのラウンジカレーはおいしいのだろうか? さすがに実食してみないとこればっかりはどうにも言えないだろう。
そして「JALのラウンジカレー」はどう写して投稿すれば、イヤミに思われないのだろうか。
実際に食べて、カレーの味を確かめてみたい。
しかし筆者には、食べる資格がない……。
いや、ちょっと待てよ。
私の職業はライターである。
取材という体なら、JALのラウンジカレーを食べられるのではないだろうか?
JALを直撃! どうしてラウンジのカレーにこだわっているの?
ということで、JALの担当者を取材するために羽田空港を訪問した。
▲商品・サービス企画本部開発部で、空港・ラウンジサービス統括の相原光さん(右)
── JALのラウンジカレーがネットでもよく話題に上ります。 そもそもなぜ航空会社がカレーに力を入れているんでしょうか?
相原さん:特別、カレーだけに力を入れているわけではないんですよ(笑)。お客さまに最高のサービスを提供するために、カレーをメニューに加え、お客さまの声を反映しながらマイナーチェンジをくり返していたら、なぜか一番の人気メニューになっていました。今では外国のお客さまにも大変好評です。
相原さんによると、2007年に成田空港のラウンジができた際に、メニューにカレーがラインアップされたのだそう。その後、2010年に大幅にカレーの味を作り替え、現在のカレーのベースが完成した。
相原さん:たとえば、お客さまから「お肉が脂っこい」などのお話をいただきますと、確認して味を変えていきます。ほんの少し脂身の量を変えただけでも、お客さまは味の変化に気づかれます。また今まではサクララウンジで朝食にはカレーを出しておりませんでしたが、2016年4月から終日ご提供するようになりました。これもお客さまからのお声を反映しての変更です。
── なるほど、ラウンジを利用するようなお客さんは舌が肥えているから、そのお客さんを満足させるサービスを提供するとなると、必然的にカレーにも力を入れなくてはならないんですね! ちなみに、いつ頃からSNSでラウンジカレーが話題になり始めたのでしょうか?
相原さん:昔から人気メニューでしたが、2014年9月に羽田空港のラウンジをリニューアルすることになり、テーブルコーディネーターの山本侑貴子さんのアドバイスでカレー用のお皿を黒色の今のお皿に変更しました。自分たちでもスマホで撮影しながら、どう盛ったらかっこよくおいしそうに見えるかを考え、お皿をセレクトしました。これを機にSNSで広まったと思われますね。
── カレーの見せ方まで研究していたとは……!
ちなみにJALは2018年7月に世界の航空関連を格付けするSkytrax社から、最高ランクの「5つ星」を獲得。お皿1枚にもこだわるなど、小さな努力の積み重ねが実を結んだ!?
ある意味で日本の秘境「ファーストクラスラウンジ」に潜入
現在、羽田空港でラウンジカレーが食べられるのは、「ファーストクラスラウンジ」「サクララウンジ(本館4F/本館5F)」「サクララウンジ・スカイビュー」の3カ所。ラウンジカレーを食べる前に、それぞれのラウンジを紹介してもらうことになった。
まずは「ファーストクラスラウンジ」から。
▲ダイニングルームの様子
す、すげぇ……!
空港なのに、しんと静かで優雅な空間である。
こんな場所があったとは。
ある意味で日本の秘境である。
▲お客さまの目の前で料理を焼く「鉄板ダイニング」というサービスもある
相原さん:ちょうど今、朝食メニューのライ麦ガレットが焼きあがったところなので、よろしければ召し上がってください。
……!?!?!?
ラウンジカレーの取材に来たのに、ガレットもいただけることに。本来ならば遠慮したほうがいいのだろうが、食欲に負けてずうずうしくもいただくことにした。
▲朝食メニュー「JALオリジナル ライ麦ガレット」。空港で食べられる
ライ麦粉を薄焼きにして、半熟卵と2種類のチーズ、ハムを包み込んで焼き上げたガレット。アクセントにフランス産のあら塩を使っているそうで、塩気が効いている。
言うまでもなく、絶品である。
また羽田空港のファーストクラスラウンジでは、ディナータイムのキラーメニューとして、羽田市場から届く新鮮なお魚を使った料理やハンバーグ、ステーキなどさまざまな鉄板メニューを用意している。
カレー好きの筆者が言うのもなんだが、こんなセレブなメニューを差し置いてまでカレーが好評だとは。
いったい、どんなカレーなのよ!?
▲羽田・成田空港国際線ファーストクラスでは、世界有数のシャンパンメゾンのひとつ「ローラン・ペリエ」も飲み放題。さすがにアルコールはご遠慮させていただいた(当然だ)
▲朝食の時間帯にはピンチョスなどの料理も用意されている。まず見た目がオシャレすぎ……
やっと合えたね
続いて、ご案内いただいたのは「サクララウンジ・スカイビュー」。
相原さんによると「サクララウンジ(本館4F/本館5F)」のほうが利用者は多いそうだが、こちらの「サクララウンジ・スカイビュー」のほうが広くて、ラウンジから見える景色もいいとのこと。
▲確かにここから見える空は広い! JALの社員さんもおすすめする穴場スポットだ
▲「ファーストクラスラウンジ」よりもややカジュアルな雰囲気の「サクララウンジ・スカイビュー」。なんかちょっとホッとする……
さて、みなさん大変お待たせしました。
ここで念願の“JALのラウンジカレー”こと「JAL特製オリジナルビーフカレー」とご対面です!
キタ……
キタ……
キタ――!!!!
▲これが噂の「JAL特製オリジナルビーフカレー」
やっと合えたね……待ち遠しかったよ……。
感動の対面のあまり、茶色のカレーソースが筆者には光り輝いてみえる。そしてカレーの香りが食欲を刺激してくる。さっきガレットを食べたばかりなのに。
では満を持して、いただきます。
う、うまい……!
牛のバラ肉がゴロゴロと入り、お肉のうま味がたっぷり詰まったカレーソースで、辛味は控えめ。牛肉はほろほろと口の中でほどけていくようだ。なじみのある欧風カレーだが、ワンランク上を行く濃厚さである。
そして、ごはんは山形県産のはえぬきを使用。ほどよいかたさが心地よくて、カレーソースとマッチする。
このカレーを、ずっと食べたかった!!!
世界を股にかけるエリートたちは、このカレーを食べて「これから海外出張だから、しばらくこんなおいしいカレーも食べられないな~。よーし、頑張るか!」という感慨に浸るのだろうか。ぜひとも、浸っていてほしい。筆者なら浸る。
▲福神漬けやらっきょうも。 海外へ飛び立つ人はここで漬物類をたんまり補給するに違いない
ロンドン深夜便ならエコノミーも食べられる
初めてJALカレーを食べた人は、この感激を誰かに伝えたくてSNSに投稿するのだろうか。そんなことを考えながら、目の前で「おいしいでしょう!」とニンマリしながらこちらを見ているJALの相原さんに再びお話を聞いてみる。
── すごくおいしいです。このJALのラウンジカレーは、どのように作っていらっしゃるんですか?
相原さん:申し訳ございません。レシピや材料は非公開なんです。
── 牛肉はどこ産のものとか、そういったことも……。
相原さん:残念ながら、お答えできないんです。
── では、レストランで提供するとなると一皿いくらに?
相原さん:もちろん原価はわかっていますが、お客さまには無料で提供しているので、値段を付けるとかは考えたことがないですね。
▲やや突っ込んだ質問も笑顔でかわす相原さん。この対応術、見習いたい! ことごとくうまくかわされてしまい、カレーの詳しいことは聞けず……
相原さん:ただ、(力強い口調で)牛肉のゴロゴロ感は大事にしています。
相原さんが強調しておっしゃったことが本当に味覚として伝わってくるので、こちらはぐうのねも出ない。
ちなみに、関西国際空港や中部国際空港、マニラ、ホノルル、バンコク、フランクフルトなどの空港ラウンジでも「JAL特製ビーフカレー」を提供しているが、味はそれぞれ異なるという。
▲ビュッフェスタイルなので、好きなだけカレーをかけられる。筆者にはこの開閉フタが天国の入口のように見えた
相原さん:カレーにハンバーグやからあげをトッピングしたり、うどんにカレーをかけてカレーうどんにしたりと、アレンジされるお客さまもいらっしゃいますよ。2018年9月からはチキンカツが登場するのでトッピングして、チキンカツカレーにして食べることも可能です。
── チキンカツカレー!? くぅ~、それも食べてみたかった! ところで、ラウンジに入る資格がなくてもこのカレーを食べられる「裏技」はないのでしょうか?
相原さん:裏技はありませんが(笑)、2017年10月から「プレミアムナイトフライト」というロンドンに向かう深夜便をご利用のお客さまは、ご搭乗者全員がラウンジをご利用できるようになりました。機内でゆっくりおやすみいただけるように、機内食の代わりにラウンジで食事をとっていただくサービスです。
── 深夜でも、好評のカレーは残っているのでしょうか?
相原さん:時間帯によって売り切れることがないよう、スタッフがこまめにカレーソースとお肉の量をチェックして、しっかり準備していますので、ご安心ください。
「プレミアムナイトフライト」ならエコノミークラスでもラウンジ利用できるとはいえ、ロンドンまでの旅費を考えると、庶民の筆者にとってはなかなかのお値段に(苦笑)。まさにこのカレーこそ「無料だけど、実質世界で一番高いカレー」と言えるのではないだろうか。
ちなみに2018年3月には、グルメ雑誌『dancyu』のイベント「dancyu祭」に出店し、イベント価格として500円で提供したのだとか。
もしかしたら今後、イベントで食べられる機会があるかも!? いや、むしろ出店してくれ~!
最後にSNS投稿用の写真を撮ってみた
そして最後に、お決まりの「アレ」をやらなければこの取材は終わらない。そう、SNS投稿用にスマホで記念撮影することだ。
イヤミに受け取られないように、いやらしくならないようにがんばって撮影してみたが、どことなくあふれてくる“コレじゃない感”。
……やっぱ、こうじゃないと。
えいっ!
カレーと一緒にシャンパン!
背景には飛行機がチラリ。おまけにパスポートを添えて。
スマホでパシャっとやった瞬間、いま気づいてしまった。
あ、これ……まんま同じ構図だ。
セレブやVIPの方々の「行ってきまーす! の前にカレーで腹ごしらえ(^^)♪」みたいな投稿そのものである。
なるほど、おこがましいけど、つい同構図で撮っちゃう気持ち、分かる気がする。というか、そんな気にさせられるほど非の打ちどころのないカレーなのだ。日本のここでしか食べられない、オンリーワンな味わい。
今までJALのラウンジカレーはマウンティングに使われていると感じていた節があり、カレー好きとしては内心「カレーを利用している」ような印象を持っていた。
でも、舌が肥えているであろう富裕層の方々ですら出国前にカレーを食べたいと思っているなんて、それはそれで好感が持てる。だって、庶民の私と同じ感覚じゃないか。
しかも外国籍の方も好んで食べるなんて、もはや人類みな兄弟。なにより、シャンパンにも合うカレーの懐の深さ。
やっぱりカレーは最高だね~!
ということで、次回はちゃんと自分のお金で味わえるよう、精進して仕事に取り組んでまいります。(取材を通じて、このJALのラウンジを利用できるステイタスの方はすごいことがわかりましたし、尊敬します。私もそうなりたい!)
快く取材を受け入れてくださったJALさん、ご協力ありがとうございました!
各ラウンジの営業時間
ファーストクラスラウンジ 6:00~翌日2:00
サクララウンジ(本館4F/本館5F) 4:30~翌日2:00
サクララウンジ・スカイビュー 6:00~12:30/21:00~翌日1:30
撮影:松木雄一
書いた人:名久井梨香
フリーライター。東京都出身。新卒で大手広告会社に就職するも、会社員は向いていないと挫折。1年で退職し、その後フリーライターの道へ。趣味は、Jリーグとカレー。週1回、新宿ゴールデン街でバーテンダーもやっています。