中核市

山形市タウン情報/ご当地あれこれ検索|ホームメイト

山形市のタウン情報/ご当地あれこれ検索では、山形市の歴史や主要産業をはじめ、人気の観光スポットや祭り、イベント情報など、山形県山形市に関する情報を集約しています。
山形市内で賃貸物件をお探しの方など、山形市の特徴(特色)をまとめて知りたい方は、ぜひご活用下さい!

山形市役所

山形市(やまがたし)は、山形盆地の南部に位置し、扇状地が市街地となっています。気候は典型的な内陸性気候で、夏と冬の寒暖差が激しく、1933年(昭和8年)には、40.8℃と2007年(平成19年)まで日本での最高気温を記録した程です。市の東部は蔵王国定公園に入り、温泉やスキー場など大勢の観光客が訪れます。また、北東部には松尾芭蕉の有名な句で知られる立石寺が存在。山形芸妓などの伝統芸能も息付き、全国的に有名なサクランボの産地として歴史と自然の魅力があふれる都市です。

山形市の基本情報

市の概要

市の位置
市の花 ナナカマド
市の木 ベニバナ
市の鳥
国際友好・姉妹都市 キッツビューエル市(オーストリア)、スワンヒル市(オーストラリア)、吉林市(中国)、ウランウデ市(ロシア)、ボルダー市(アメリカ)

山形市の周辺地図

山形市役所

山形市の代表的なご当地キャラ

はながたベニちゃん
ご当地キャラ名 はながたベニちゃん
好きなこと おいしい芋煮作り
好きな祭り 8月の花笠祭り
チャームポイント 「~ベニ」がつく話し方、紅花のような髪、その他いろいろ
プロフィール 江戸時代の紅花商人の蔵屋敷の奥から飛び出した可愛い女の子で、いつも明るく元気いっぱい!大好きな山形市をPRするために、いろんなことにチャレンジする頑張り屋です!

山形市の歴史と歴史人・著名人

山形市
の歴史
平安時代の末期、この地は最上と呼ばれ、出羽路の主要な宿駅のひとつでした。
室町時代中期には、出羽探題として入部した斯波兼頼がこの地に城を築き、神社仏閣を整備するとともに城下町を整えました。
この頃、地名が最上から山形と改められます。
山形が出羽地方の中枢をなしたのは戦国時代で、最上義光によるものでした。
江戸時代、領主の最上氏の改易後に13回もの領主交代があり、幕末には水野氏5万石まで減少しました。
侍町は衰退しましたが、商業は発展し、城下町としてよりも商業都市として繁栄しました。
当時、染料や口紅の原料となる紅花は全国随一の生産量を誇り、関東や関西に移出されていました。
明治維新後は県庁が置かれ、初代県令の三島通庸により近代都市としての一歩を踏み出しました。
以来、県の行政・経済・文化の中心として発展し、第二次世界大戦後は多くの町村を合併し、区画整理や大規模なプロジェクトが発動されるなど、市街地の拡大が進められています。
市の歴史人・著名人(出身者)
服部公一(作曲家)、渡辺えり(劇作家)、高橋みゆき(バレーボール)、加藤条治(スケート)

山形市の日本一

芋煮の鍋
日本最古の石鳥居

山形市の農業・水産業

盆地に位置する山形市の気候は、夏場は35℃を超え冬はマイナス10℃近くまで気温が下がる激しい寒暖差が特徴です。また、流域面積が県内75%にも及ぶ一級河川・最上川があり、かつては多くの伏流水による井戸が生活を支えていました。

そのため、この特徴的な気候や地理、豊かな水により、おいしいお米の産地として知られています。特に山形市の主力品種「はえぬき」は味が良く、食味ランキング「特A」を獲得した実績も多数。さらに、2010年(平成22年)に誕生した「つや姫」も、コシヒカリに匹敵する高い評価を得ました。加えて、これらの良質なお米を使ったお酒の生産も盛んで、「雪女神」「出羽燦々」「出羽の里」など、多くの地酒があります。

また、一時期は全国生産量の約70%を占めたことから、「さくらんぼ王国」とも呼ばれ、観光果樹園には多くの観光客が訪れます。梅雨のある日本では、山形県は数少ないさくらんぼの適作地。特に「佐藤錦」は味も人気も高い品種で、通常のさくらんぼよりも少し遅い6月半ばが旬となります。さらにブルーベリーやラ・フランスなど、さくらんぼ以外の果樹の生産にも力を注いでおり、全国的な普及に余念がありません。

海岸線が短いため農業に比べて漁業は盛んではありませんが、日本海に面した鶴岡市や酒田市、遊佐町では採れたてのおいしい海産物を楽しめます。

山形市の工業・産業

山形市は山形県の県庁所在地で、2019年(平成31年)には中核市として指定されました。県内随一の商業都市として発展し、第三次産業に属する市民が多いのが特徴です。古くは山形城の城下町として発展し、仏具の生産地が有名で重要産業に位置付けられていました。

1960年代から企業誘致が盛んに行われ、山形市の北部には大型の工業団地があります。その結果、車部品や食料品、金属、電気機械、電子部品・デバイスなどの基盤技術産業の立地が進展。その後は、「産業熱都YAMAGATA」として、きわめて技術力が高く、かつ裾野の広い産業集積として成長を遂げています。また、2本の高速と4つのICがある自動車道、新幹線も停車する山形駅の存在も注目点。これらの充実した交通網により隣接する福島や仙台といった大型都市へのアクセスが容易となり、山形市の産業の発達に大きく貢献してきた背景があります。

中小企業庁発表の「元気なモノ作り中小企業300社」においては、山形県の企業が多く選定。なかでもその多くが山形市の産業団地に集中しています。市内の企業間での交流も盛んで、部品の調達に始まり、加工・製造・出荷を同じ場所で一気通貫して生産できるのが山形市の工業の強みです。

山形市の商業・サービス業

江戸時代中期、山形市は染料や口紅の原料として用いられていた、「紅花」(べにばな)の生産高全国随一を誇っており、関東・関西への移出によって商業が発達していました。山形県全土の繁栄を支えていたといっても過言ではなく、歴史的にも当時の山形市は、経済活動の中心地だったのです。

また、武士の裃や富裕階級の単衣などに使用される高級織物糸の原料、「青苧」(あおそ)の生産や鋳造などの物産交流も盛んに行われていました。そのため、中央文化の導入、及び観光においても大変な賑わいを見せていたそうです。一説によると青苧の卸値は、紅花よりも高額であったため、裕福な青苧商人も多く生まれたと言われています。

明治維新後、山形市に県庁が設置され初代県令(県知事)、「三島通庸」(みしまみちつね)の命の下、近代都市としての建設・整備が進められました。1889年(明治22年)4月には、市制を施行。

昭和に入ると山形市を代表する「大沼デパート」などの百貨店が開業し、1980年(昭和55年)には市内商店街の経営者、及び経営に従事する若手関係者で組織する「山形商工会議所商店街振興青年連絡協議会」(現、山形商工会議所あきんど倶楽部)が設立されています。

2014年(平成26年)には「イオンモール天童」、翌年の2015年(平成27年)には「コストコ上山店」といった大型ショッピングモールや大型チェーン店も進出。その後、2019年(平成31年)4月1日には、政令指定都市と並ぶ大都市制度のひとつ、中核市に指定されました。

山形市の観光・レジャー

県庁所在地である山形市は、江戸時代、商都として栄え、紅花の全国有数の産地として知られていました。江戸や関西にも出荷され、最上川の船運の発達も相まって周辺地域の中心地として発展します。市の中心部に位置する「山形城跡」は、山形市を代表する観光スポット。別名「霞城」とも呼ばれ、室町時代の武将「斯波兼頼」(しばかねより)によって築城されました。その後、戦国大名の「最上義光」によって近世城郭の基礎が築かれ、最上氏改易後に山形城主となった「鳥居忠政」により改修が加えられます。現存するのは本丸と二の丸。山形城跡を含む「霞城公園」は史跡公園として整備されており、桜の名所としても人気です。春には公園内にソメイヨシノ約1,500本が咲き誇ります。

山形市の東部にある「宝珠山立石寺」も市を代表する歴史スポット。通称"山寺"と呼ばれる立石寺は、慈覚大師(円仁)によって創建され、松尾芭蕉の『奥の細道』にも登場します。本堂にあたる「根本中道」は14世紀中ごろ、斯波兼頼によって再建された建物で、日本最古のブナ材建築物。境内にはいくつものお堂があり、荘厳で神聖な雰囲気が広がります。

また、山形市では、東北四大祭りのひとつ「山形花笠まつり」が行われることでも有名です。花笠踊りのパレードでは、女踊り、男踊り、笠回し系の花笠踊り、創作花笠踊りなどの演武が繰り広げられ、約160団体もの踊り手がパフォーマンスを行います。

山形市の人気の観光スポット(観光地)

山形市の城・寺院・神社

山形市の祭り・イベント

山形市の特産品・酒

紅花、さくらんぼ、りんご、ぶどう、ラ・フランス、そば、青菜漬、鋳物、平清水焼、仏壇/霞城寿、男山、秀鳳

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