<ディープに語ろう 北海道マラソン>完走の喜び、去年以上に プロランナー川内優輝さん(36)

 夏の道都・札幌を走る「北海道マラソン」(北海道新聞社、北海道陸上競技協会などでつくる組織委員会主催)が8月27日に開催されます。ランナーや沿道ボランティアなどゆかりの人たちに、大会の魅力や完走のためのコース攻略、道マラならではの楽しみ方を深く掘り下げて“ディープに”語ってもらいます。随時掲載します。
優勝した2012年の北海道マラソンを振り返る川内優輝選手=5月2日、埼玉県和光市(玉田順一撮影)

優勝した2012年の北海道マラソンを振り返る川内優輝選手=5月2日、埼玉県和光市(玉田順一撮影)

かわうち・ゆうき 東京都世田谷区出身。埼玉・春日部東高、学習院大卒。箱根駅伝には関東学連選抜で2度出場。大学卒業後、埼玉県庁に入り、「公務員ランナー」として活動。2012年北海道マラソン優勝。14年アジア大会(韓国・仁川)銅メダル、18年ボストンマラソン優勝。世界選手権には4度出場し、17年ロンドン大会9位。19年、あいおいニッセイ同和損害保険と所属契約し、プロランナーに転身した。フルマラソンの自己ベストは2時間7分27秒(21年・びわ湖毎日)。今年10月に東京で行う24年パリ五輪代表選考会「マラソングランドチャピオンシップ(MGC)」の出場権も獲得済み。36歳。
 「蜃気楼(しんきろう)」が見えましたね。私が優勝した2012年の北海道マラソンは、それくらい暑かったですね。体感では気温30度を超えるような年で、すごいスローペースでしたね。当時は15キロから新川通だったと思うんですけど、25キロで私がスパートをかけ、そのまま逃げ切って優勝しました。どこかでスパートをかけようと思っていたのですが、25キロの沿道にいた(タレントの)猫ひろしさんに向けて帽子を投げてスパートしました。(2000年シドニー五輪の女子マラソンで金メダルを獲得した)高橋尚子さんじゃないですけど、「投げて、行く」という感じで。ただ、新川通は影がなくて結構しんどかったので、せめて(木陰のある)北海道大学構内まで(帽子を)かぶっていれば良かったというのが当時の反省でしたね。逃げ切れはしたんですけど、最後はペースが落ちて大変でしたね。
2012年の北海道マラソンで優勝し、ゴールテープを切る川内優輝選手(北波智史撮影)

2012年の北海道マラソンで優勝し、ゴールテープを切る川内優輝選手(北波智史撮影)

 北大と言えば、カーブを曲がる時におばちゃんが手を伸ばして私の肩に触ったんですよ。びっくりしました。カーブだから余計に(距離が)近いんだと思うんですけど、10年たっても覚えていますね。なかなかレース中に手を伸ばして触られる応援はないので。
 給水で驚いたのは、それまで出たどの大会よりも給水所の距離が長くて、しかも30キロ以降、ほぼ2キロ超ごとにこまめにありましたね。当時、そういう大会はほとんどなかったので、「やっぱり夏のマラソンのノウハウがあるんだ」「これだけ長く、多く給水所があれば、飲んで(自分の体に)かけて、また飲んで、かけてとできるな」と思いましたね。その後、給水をしにくい別の大会があると、北海道マラソンのことを伝えてましたね。「暑くなる可能性があったら、北海道マラソンを視察した方がいいですよ」と。
2012年の北海道マラソンで、25キロ付近でトップ集団から抜け出そうとする川内優輝選手(岩崎勝撮影)

2012年の北海道マラソンで、25キロ付近でトップ集団から抜け出そうとする川内優輝選手(岩崎勝撮影)

 ドリンクや帽子も工夫しましたね。栄養士とスペシャルドリンクを考えて、夏場だから脱水症状を防ぐために水分を多めに、塩分、糖分は少なめにして。帽子は、首の後ろをひらひらで隠すのが大事だねと。水をかける場合は、股の付け根などいくつか冷やすポイントがあるので、そこに首筋を含めて掛水をした方がいいねとかですね。
 当時は埼玉県庁で働いていたので、なかなか長期合宿はできませんでした。ですから、週末だけは涼しいところに行って質の高い練習をして、平日はそれほど追い込まずにと、メリハリをつけていました。後はやはりレースを使おうと思い、北海道マラソンのちょうど1カ月前の釧路湿原マラソンで30キロ走り、あるいは(7月の)士別ハーフマラソンを入れて合わせていくこともしていましたね。確か、12年は士別ハーフも優勝しました。
2012年の士別ハーフマラソンで優勝した川内優輝選手(伊丹恒撮影)

2012年の士別ハーフマラソンで優勝した川内優輝選手(伊丹恒撮影)

 そうやって8月の北海道マラソンに調整を合わせたことがある選手は、同じような時期のオリンピック、世界選手権に合わせやすいと思います。やっぱり夏の合わせ方って、ちょっと(他の季節とは)違うんですよね。(他の季節は)涼しい中で調整していくので、(勝手に)合っていくんですけど、夏は暑い中で、しかも暑さによる疲労を抜きつつ、でもそこそこ質の高い練習をしないといけません。夏のレースに合わせた経験がないと、(五輪や世界選手権は)難しいと思っていました。多くのチームは高地で質の高い練習をした後、最後にそこそこ暑い千歳に入り、体を慣らすための「暑熱順化」を図ります。将来、日本代表として夏のレースを狙うためにも、調整の過程を試す大会として北海道マラソンは重視されています。
2012年の北海道マラソンで優勝し、笑顔がはじけた川内優輝選手(岩崎勝撮影)

2012年の北海道マラソンで優勝し、笑顔がはじけた川内優輝選手(岩崎勝撮影)

 とはいえ、私の中ではすごい暑いイメージがあるんですが、それを北海道マラソンに何度も出ている妻(旧姓・水口侑子さん、2019年に結婚)に言うと、「私は北海道大好きだけどね、ちょうどいい気温だし」と言われるんですよ。妻は北海道マラソンで2番と3番と4番になっているんですよ。ですから、暑さに適性がある人を見抜くためにも、やっぱり北海道マラソンはいい大会だと思いますし、あと逆に私のように暑さが苦手に思っている人もあえて挑戦して、良い順位を取ることによって、世界大会に向けて少しでも自信をつける大会だと当時から思っていました。
 夏に強い選手の最近の例で言うと、昨年の大会で日本人トップの2位になった柏(優吾)君(コニカミノルタ、当時東洋大)ですよね。(今年2月の)大阪マラソンでは2時間8分台で、日本学生歴代2位の記録を出しました。北海道マラソンの2番は、冬に2時間8分ぐらいで走る強さがないとできないんですよね。そういった意味で、タイムに表れない強さが分かるのが北海道マラソンです。
昨年の北海道マラソンで日本人最高の2位に入った柏優吾選手(野沢俊介撮影)

昨年の北海道マラソンで日本人最高の2位に入った柏優吾選手(野沢俊介撮影)

昨年の北海道マラソンで優勝したルカ・ムセンビ選手(伊丹恒撮影)

昨年の北海道マラソンで優勝したルカ・ムセンビ選手(伊丹恒撮影)

 昨年の大会は、なんで「(2時間10分を切る)サブテン」の選手たちが大崩れしたんだろうと思っていろいろ調べました。ルカ・ムセンビ選手が22キロで飛び出しましたが、実業団の選手は付いていくのが怖かったでしょうね。夏のレースを走ったことがないので、仮に付いていったとして、暑さの中で自分の体力が持つのかと。でも失敗してもしなくても、そこであえて試せれば良かったですよね。
 初めての夏の調整がうまくいかなかった選手もいたと思います。それで、自信がなくて行けなかった。自信がなかったら私でも行けないですよ、怖くて。だって練習ができていないんですから。でも、そういう選手は考えたはずです。じゃあどうすれば合ったのか、例えば高地の練習の割合を変えようとか、暑熱順化の期間を変えようとか。もちろん、コーチ、監督は考えていると思います。でも受動型の選手だと、正直「ただ暑かったね」で終わってしまうので。そこをちゃんと考えられている選手にとっては、間違いなく未来につながるレースになったと思います。
ロンドンの世界選手権で日本人最高の9位に入った川内優輝選手(左)=2017年8月、ロンドン(共同)

ロンドンの世界選手権で日本人最高の9位に入った川内優輝選手(左)=2017年8月、ロンドン(共同)

 市民ランナーにとっては、道内であればうまく夏場のレースを組み合わせて北海道マラソンに向けて準備していくというのが良いですね。やっぱり1人の30キロ走はしんどいですが、例えば釧路湿原マラソンは北海道マラソンの1カ月前に30キロを走れます。あとは、2週間前にハーフを1本入れて合わせていくのは十分ありだと思います。もっと言えば士別ハーフや函館ハーフもあるので、もう6月下旬ぐらいから道内レースを利用して合わせていけます。市民ランナーはレースでモチベーションをつくっておかないと、だらけてきちゃいます。やっぱり大目標のための、中目標、小目標を適度な間隔で入れておくとやっぱり合わせやすいのかなと思います。
ボストン・マラソンの男子で初優勝し、ガッツポーズする川内優輝選手=2018年4月、米ボストン(AP=共同)

ボストン・マラソンの男子で初優勝し、ガッツポーズする川内優輝選手=2018年4月、米ボストン(AP=共同)

 北海道以外の地域では、私の市民ランナー時代と同じになるんですが、週末を利用して涼しいところで走ると良いです。平日はどうしても仕事があって、暑いところで走らざるを得ないので、関東で言えば週末、(栃木県の)日光に私はよく行っていました。車で1、2時間、旅行も兼ねて。標高があり、涼しい場所で走ると違いますね。とにかく、ある程度の質をいかにして確保するかですね。たぶんゆっくりだったら、給水したり休んだり、時間さえ取れれば暑くてもできると思うんですよね。でもやっぱり強度の高い、マラソンのための練習となると、やっぱり涼しいところやレースを使わないと難しいと思います。
 レースは強度が上がります。周りに競る選手がいるし、競る選手がいなくても(沿道から)応援してくれて、給水もやってくれます。1人で走る場合、ドリンクを道路に置きますが、夏ですと段々温かくなってしまいますから。それが、レースでは冷たい給水があり、ゴールすれば記録も残りますし、メダルももらえてうれしい気持ちになります。せっかく北海道にはいっぱいいいレースがありますし、単純に楽しいですから。
調整する川内優輝選手=5月2日、埼玉県和光市(玉田順一撮影)

調整する川内優輝選手=5月2日、埼玉県和光市(玉田順一撮影)

 私は今、年間10本ほどフルマラソンを走っています。それも、初めて狙って勝った北海道マラソンがあったからこそです。その時は2週間後のシドニーマラソンに出場して、海外マラソンで初優勝しました。これが失敗していたら、今のようなスケジュールは組まなかったと思います。年間10本の片りんが見えたのが2012年ごろでしたね。
 実業団の選手は、最近は年間3、4本でしょうか。そうなると夏場に1本走っておこうとなりますね。夏場の練習の延長線上で、夏マラソンはどんなものか走ってみようという選手は増えています。本当のエリート選手はレースを絞ればいいと思うんですけど、そうではなく、挑戦して、挑戦して強くなる私のようなタイプは、やっぱり夏のマラソンを1回経験しておくのは大事ですね。本当にオリンピックだ、世界選手権だと言っているのであれば、やんなきゃいけないと思いますよね、1回は。名もなき選手のうちはプレッシャーもないわけですから。
北海道マラソンについて話す川内優輝選手=5月2日、埼玉県和光市(玉田順一撮影)

北海道マラソンについて話す川内優輝選手=5月2日、埼玉県和光市(玉田順一撮影)

 若手は伸び伸びと走れますよね。それに、北海道マラソンはペースがちょっとゆるめなので、スピード練習がそこまでできていなくても粘りで何とかなります。逆に言えば、1キロ3分や2分55秒のペースだときつくても、北海道マラソンの3分5~10秒だと走れる選手がいます。大学生も、箱根駅伝のスピードには対応できないけど、マラソンのペースには対応できる選手が必ずいるので挑戦してほしいですね。夏場は北海道で合宿をしている大学も多いと思うので、どうせ合宿の最後に40キロ走をやるんだったら、総仕上げとして北海道マラソンに出ちゃえと思いますね。
 2019年にプロに転身しましたが、競技面では自己ベストの更新を目標にしています。マラソンでは(2時間)7分台を出せたので、次は6分、5分と。あとはいろんなレースで優勝や表彰台、8番以内などを狙っていきます。(4月の)ロンドンマラソンまで、フルマラソンは125回完走しました。そのうち2時間20分を切る「サブ20」が113回ですね。ギネス(世界記録の認定証)を100回でもらったので、次は150回で申請しますよ、切りの良いところで。
マラソンで2時間20分以内を通算100度達成したことがギネス世界記録に認定され、認定証を受け取った川内優輝選手(左)=2021年3月、東京都渋谷区(代表撮影)

マラソンで2時間20分以内を通算100度達成したことがギネス世界記録に認定され、認定証を受け取った川内優輝選手(左)=2021年3月、東京都渋谷区(代表撮影)

 一方で、プロとなり、「マラソンキャラバン」として、日本全国で講演活動やイベント参加を行っています。箱根駅伝から世界大会まで出場した経験を踏まえ、走る楽しさを伝える普及活動を、自分自身の競技と並行してやっていきたいなと思っています。引退してからだとあんまり伝わらないんですよね。例えばイベントで小学生と一緒に走ると、私のことを「速い!」と見てくれて。そこから話をするとストンと聞いてくれるので、現役選手が普及活動をする意味があると思います。競技を頑張ることは変わっていませんので、北海道は今年、函館と稚内、釧路(のレース)に行きます。
 「コロナ前」以上に大会に出られるうれしさ、感謝の気持ちが強まりました。それまで大会は当たり前のようにありましたが、(コロナ下で)ほとんどなくなり、多くのランナーが目標としていた大会がなくなりました。特に、北海道マラソンに関しては、道内のランナーが「道マラ」「道マラ」と親しんで、目標にしています。やっぱり目標があるから普段の仕事も頑張れますし、人生に張りが出るので、そうした意味でやっぱり北海道マラソンが戻って来た、よしまた練習を頑張るぞという人は相当多いと思います。大げさかもしれないですが、生きる目標が戻って来たと。大会で広い道を走れるから、自分の記録に挑戦できるから、みんなと交流できるから、だから楽しいんだという人はやっぱりこの数年間、すごい苦しい思いをしていましたから。
北海道マラソンの魅力について話す川内優輝選手=5月2日、埼玉県和光市(玉田順一撮影)

北海道マラソンの魅力について話す川内優輝選手=5月2日、埼玉県和光市(玉田順一撮影)

 たぶん今年の喜びは、去年を上回ると思うんです。その理由としては、ほとんどのランナーが走ることプラス、終わった後の打ち上げを楽しみにしているからです。去年の段階では、マラソンが終わってから打ち上げでビールを飲むなんてまだ駄目だよという人が多かったですし、大会としても感染対策を呼び掛けていたと思います。本当の意味での北海道マラソンはおそらく今年戻ってくるので、きっとこのまま(コロナが)収まってくれば、たぶん大通公園周辺でビールを飲む人たちがいっぱい出てくると思います。北海道は美味しいものが多いので、絶対に楽しいですよ、去年以上に。(聞き手・平田康人)
 大会ホームページはこちら(https://www.hokkaido-marathon.com)から
<ディープに語ろう 北海道マラソン>7キロの壁、音楽が支えに ラジオパーソナリティー中嶋あゆみさん(37)
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