“Leap Before You Look”──W.H.Auden

50歳のあり方──本木雅弘

50歳という人生のターニングポイントを迎える本木雅弘。役者としても人間としても、いっそう深みが増していく50代──。人生の黄金期に向けて舵を切りはじめたばかりのひとりの男が描く理想の“人生のあり方”とは?
50歳のあり方──本木雅弘

Photos: Charlie Gray Styling: Tomoki Sukezane
Hair & Grooming: Kota Suizu Text: Shiho Amano

ジャケット ¥220,000、パンツ ¥600,000 ※ともに予定価格〈BURBERRY PRORSUM〉、シャツ ¥45,000 ※予定価格〈BURBERRY LONDON/以上すべてバーバリー・ジャパン ☎0066-33-812819〉 靴 ¥67,000〈CROCKETT&JONES/グリフィンインターナショナル ☎03-5754-3561〉
モデルのような体型ではないから

シャッター音とともに変わるポージングや表情、ファインダーの奥をぐっと見据える視線。ファッション撮影は久しぶりだという本木雅弘さんがロンドンのスタジオに入ってきたときの印象は、どちらかといえば穏やかで控えめなものだった。スタッフと談笑しながら衣装に着替える様子は気さくですらある。だが、いざ撮影となりカメラの前に立つと、空気感が一変した。被写体として最高のパフォーマンスをしようとする姿、その集中力に圧倒される。彼の言葉を借りるなら、これはコンプレックスのなせる業だと言う。

「モデルのような見事なバランスの体型ではないし、どうしたら姿良く、かつ服がきれいに見せられるかを意識してしまうんです」

コンプレックスというよりももっとポジティブな、理想を追い求める強い思いというべきではないだろうか、とそれを聞いて思う。

「外見内面含め、人間未完成でいいと思いたいけれど、ありのままを受け入れつつも欲深く求めてもがいてしまうんです。だから理想と現実のギャップに傷つき反省もする。後悔しないなんて絶対に言えません(笑)。それでも、うまくいかなかった分は次への糧にしていますが……これって言い訳ですよね!?」

芸歴はすでに30年を越える。トップアイドル時代を経て、今や日本を代表する俳優のひとりとして映画やドラマで活躍する。数々の主演男優賞を受賞した『シコふんじゃった。』やアカデミー賞外国映画賞を受賞した『おくりびと』など、年輪を重ねるとともに着実にステップを踏んできている。作品を多数こなすタイプではないから、じっくり時間をかけて作品に取り組む。役者という仕事と正面から向き合うようになって四半世紀、そんな独特のスタンスがますます際立ち、稀有な存在感を放っている。

「役者としては、いつでも現場主義でありたい。事前に演技のイメージを抱えて現場に入るけれど、いざその場に立ったときの空気感や光、相手役のバイブレーションなど、そのもろもろに反応、共鳴することによって波打つ自分の感情を大切にできればと。だいたい、脚本や原作を読んで、文字だけのなかで自分なりに映像化している段階では、縦横無尽に想像を働かせることができるので、そのときイメージする絵は自由で大きい。でも、そういうイメージを現場で作品中のフレームに収めようとしても、概ねうまくいかない。限界が見えるんですね。そこで、自由にできないからこそできる表現というものを見つけて、そのフレームからはみ出すような演技をすることが理想です。でも、思い通りにいかず言い訳をするときもあれば、想像以上にうまく枝葉の伸びる絵を描けるときもある。賭けですね」と、演技をめぐる葛藤を語った。

2008年、アカデミー賞外国語映画賞を受賞した『おくりびと』では、人の死と向かい合い葛藤しつつ人として成長していく納棺師を、この夏に公開された『日本のいちばん長い日』では、降伏か本土決戦か、に苦悩する昭和天皇を、それぞれ演じた。さらに9月12日に公開されたばかりの『天空の蜂』では、テロに遭遇する原発の設計士になった。いずれの作品も、日本、そして現代社会が抱える現実的な問題を浮き彫りにするものばかりだ。考えてみれば、われわれが直面する社会問題に向き合う骨太な作品のキャストには、必ずといっていいほど彼が名を連ねている。

「毎回、役ごとにまったくの別人になりたいとは思っても、自分が醸し出せるニュアンスなんて一色二色しかありません。基本的にはその人の持っている資質、生き方そのものが役を通して映し出されてしまうものなんじゃないかな」

毎回違う誰かを演じつつも、つねに自分を問われるのが役者である。自問を繰り返し、年齢とともに変化する自分と向き合い続けるのはタフな作業ではある。しかし彼は、そんな役者稼業を楽しんでいるかのようだ。

コート ¥490,000、ニット ¥170,000、タートルネックニット ¥130,000〈すべてTOM FORD/トム フォード ジャパン ☎03-5466-1123〉
超ベーシックなスタイルのワケ

ここで「素」の本木雅弘について話を振ってみる。朝スタジオ入りしたときの、ブルーのチェックシャツにネイビーのジャケットというすこぶるベーシックなスタイルは、現在の“本木雅弘のあり方”を示すものなのか。

「服を着るのも自己表現のひとつですよね。シンプルでTPOに沿い、はみ出さない、というのが自分のなかでのルールです。ラフに着崩したり、モードでアバンギャルドを気取ったりした時代もあったけれど、今は小綺麗でいたい。そこから汚せる自信はあるので、そういうマインドさえあれば、不必要なところでアピールはいらないかなと。普段は自分の世界をそれほどはっきり表現しなくても、必要なときにできればいい、と思うようになりました。キャパシティは大きく、ドアはいつでも開けられるよう、ロックはしない。空の引き出しも用意しておきたいんです、今は」

余分な存在感はできるだけ薄くしてその場にとけこみつつ、ただそこを去るときは強い印象を残せる人になりたい、という。

プライベートでは内田也哉子さんと結婚し、3人の子供を育てる父親である。役では決して体験できない、リアルな育児経験も人生の大きな糧となっている。

「思い通りにならないし、翻弄されます。子育ては試練と発見の日々。それによって視野も広がり、いろいろなことを許せるようになったと思いますよ。何事も新鮮に捉え、直感的な子供の感性に触れていると、一緒に季節を味わうことでも、新たな刺激を受けることがあるので、自分の感性を肥やすことにつながっている気がします」

散らかしてきた前半の人生をどう片付けていくかが50代からの仕事

そんな彼も今年の12月で50歳になる。人生の折り返しと言われる節目の年齢を目前に控え、役者、夫、父親の顔すべてをひっくるめた人間・本木雅弘としては、いったいどんな50代の航海図を描こうとしているのだろうか。

「若い頃、周囲の50代の人たちがそうだったように、自分の言葉で自身を語れるようになりたいですね。自分の人生に裏付けされた自分だけの言葉、を持てるようになれたらいいなと思います。そして折り返しにきているので、いろいろと散らかしてきた前半をどう片付けていくのか、それが人生後半の作業かなと。そのためには、時間の経過とともに、ときに劣化であり、ときに進化でもある変化する自分を、客観的にとらえなければ。自分の性質とあらためて向き合いながら、そんなことをうっすら脳裏で考えていきたい」

さらに語る。

「職業上、自分を晒す覚悟はできています。晒せば、自分のダメさも露呈することになる。それでもそれを批判されたり、笑ってもらえる余裕があれば、自分が強くあれると信じています」

今回の撮影を行ったのは初夏のロンドン。彼の好きな街だ。

「古い建造物がそのまま残っていて、深い歴史を感じる街です。そして、慎ましさと大胆な革新が同居しているスリルもある。どんよりとした雲が急に割れて日が差し込んだり、突然雨が降り出したり、そんなドラマティックな天候も好きです。寒く暗い冬が長くて、夏が短い。英語も上達せず、苛酷さも孤独も感じる生活だけれど、それだからこそむしろ、素直になれる自分がいる。感謝できる。それになにより、誰も自分のことを知らないという自由さがいい。街行く人々の国籍も入り交じっている。バスにも地下鉄にも平気で乗り、ときには公園で昼寝をする……。そんなささやかさが特別なんです」

ロンドンは「これまでの本木雅弘」から「これからの本木雅弘」を引き出す触媒のようだ。

「自意識の高い自分を少しずつ解放しはじめているところです(笑)。人生って積み重ねていくものだけれど、同時に身軽にしてもいくものでもあるのかな、と」

「積み重ねつつ身軽になっていく」という矛盾して、しかし含蓄ゆたかな表現に、50代を越える本木雅弘の、人生の後半戦に臨むしたたかでしなやかな戦略を見る思いがするのであった。

本木雅弘 俳優
1965年埼玉生まれ。俳優。92年『シコふんじゃった。』で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。2008年『おくりびと』に主演し、米アカデミー賞外国語映画賞を受賞。映画、ドラマで活躍中。『日本のいちばん長い日』に続き、『天空の蜂』が9月12日に公開された。

『天空の蜂』
「日本の原発すべてを8時間以内に破棄せよ」。小学生の命を人質に、福井県の原子力発電所を占拠する史上最悪のテロリストから要求が届く。原発設計士の三島(本木雅弘)、ヘリ設計士の湯原(江口洋介)は日本消滅の危機をくい止めようと奔走するが……。監督:堤幸彦 原作:東野圭吾 ©2015「天空の蜂」製作委員会