The Man Who Would Stop Time

堺雅人──止まっていても、スピードを感じさせる男

堺雅人という俳優の存在感が図抜けていることは、だれの目にも明らかだろう。けれども、「堺雅人のどこが優れているか」をうまく言い当てた人はまだいないように思う。新作ドラマの監督として堺雅人さんと初めて仕事をした河毛俊作氏が、遂にその秘密を暴く! 「堺雅人のどこが優れているか」。新作ドラマの監督として堺雅人さんと初めて仕事をした河毛俊作氏が、遂にその秘密を暴く!
堺雅人──止まっていても、スピードを感じさせる男

※この記事は2014年3月24日発売のGQ JAPAN5月号に掲載された記事です。

堺雅人という俳優の存在感が図抜けていることは、だれの目にも明らかだろう。けれども、「堺雅人のどこが優れているか」をうまく言い当てた人はまだいないように思う。新作ドラマの監督として堺雅人さんと初めて仕事をした河毛俊作氏が、遂にその秘密を暴く!

写真:Toshio Onda(MILD) スタイリング:高杉賢太郎(GQ) ヘア&メイク:保田かずみ(SHIMA) 文:サトータケシ

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堺雅人の演技は、一体どこが凄いのか。

WOWOWで2008年から3作にわたって放送されてきたオリジナルドラマ『パンドラ』シリーズは、カテゴライズが難しい作品だ。医療SF物だと言う人もいれば、サスペンスだと考える人もいるだろう。いや、あれは広い意味でのラブストーリーだと主張する人もいるかもしれない。

こう書くと、ややこしい作品だと思われるかもしれない。けれども監督を務める河毛俊作さんと脚本を書く井上由美子さんのタッグの手腕は見事だ。「遺伝子組み換え」や「自殺」などのシリアスな問題を視聴者に突きつけながら、エンターテインメント作品としてしっかりと物語を楽しませるのだ。

4月27日に放送されるシリーズ最新作「ドラマWスペシャル『パンドラ〜永遠の命〜』」では、クローン技術を取り上げる。意外なことに、主役の天才医学者・鈴木元を演じる堺雅人さんと河毛さんが一緒に仕事をするのは初めてということだった。

さて、堺雅人という役者が、現代日本においてなぜ突出した存在であるのかについて、納得できるような答えを、僕は聞いたことがいない。堺さんとの初めての仕事を終えたばかりの河毛さんは、どんな答をもっているだろうか。

さかい・まさと 俳優 1973年生まれ。早稲田大学入学後、92年より劇団オレンジ(早稲田劇研)にて演劇活動を開始。看板役者として脚光を浴びた。以後、テレビ、舞台、映画で活躍、『半沢直樹』『リーガル・ハイ』の演技で日本を沸かせたことは記憶に新しい。著書に『CREA』(文藝春秋)での連載をまとめたエッセイ集『文・堺雅人2 すこやかな日々』などがある。 かわけ・しゅんさく 演出家/映

堺雅人 初めて一緒にお仕事をさせていただきましたが、とても綺麗な画を撮られる監督さんだなと思いました。それと印象的だったのは、必ずテイクワンを使われること。よほどのことがない限り、撮り直すことがないんです。それは、よほどこだわりがおありなんだろう、と思いました。

河毛俊作 わりといつもそうなんです。テイク数を重ねても、結局テイクワンを使うことが多いんですよ。あんまり何度もやると、俳優さんもスタッフも「どうせ10回やるんだろうな」っていうペース配分になっちゃう。

初めはちょっと不安だったんですけど、頭でこねくり回して考えるのではなく、衝動というかライブ感というか、その場で生まれるものを大切にするやり方なんだと思いました。書でいえば、文字の形だけでなく、筆圧や筆の流れを大切にするような。

河毛 最初の一回に持ってるものを全部出してください、という気持ちなんですね。そのほうが気分がいいじゃないですか。

すごく刺激的で、気持ちがよかったです。現場では、あまり左脳を使わなかったかもしれない。自分で自分の演技を客観視することはほとんどなかった。自分の満足度については度外視でしたね。

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河毛 ちょうど昨日、最初の編集が終わって、2時間ドラマを2時間6分にまでまとめたんですが、ここだから言うわけじゃないけど素晴らしいですよ。テレビだけのオンエアじゃもったいないぐらいです。まだCGも音楽も入っていないものを見たんだけど、充分に映画館のスクリーンに耐えられる、と思いましたね。ほかの役者さんも素晴らしいんだけど、堺さんが発している何かが常にシーンを支配している。これはなんだろうと思いました。最近はどちらかというと動き回る役が多かったじゃないですか。能動的で感情をバーッと発散するような……。

そうですね、大きく動く役が多かったですね。

河毛 今回は正反対で、内側にとてつもなく大きなものを抱えている役でした。本当はもっと大きく動いちゃったほうが楽だったかもしれないような場面でも、動かないままテンション高く演じていらっしゃった。そこが素晴らしいと思いました。

ありがとうございます。

河毛 それで思ったのは、たとえば、優れたスポーツカーのデザインです。美しいスポーツカーは、止まっていても速度を感じさせてくれる。堺さんの演技にも同じような印象を受けました。静的なシーンで動いていないんだけれど、小さな目の動きやなにかで、いまこの人の頭脳の中を駆け巡っている思考のとてつもないスピードとか、その目で見ている対象との距離まで感じたんです。今回の『パンドラ』は「永遠の命」というのがサブタイトルなんですが、堺さんの目は永遠を見ているように感じさせる。動いていなくてもスピードを感じさせる。そこは凄いと思いました。

それは河毛さんがデザインしてくれたからですよ。

クローンの物語は自分の物語になる。
GQ ネタバレにならない程度でかまいませんが、どんなストーリーなのですか?

河毛 堺さんが演じる天才医学者が、クローン技術を完成させます。そして、とある女性が6年前に産んだ自分のクローンに出会う、というところから始まります。

6歳のクローンを演じる(髙橋)來君が天才なんです。型にはまることなく、いつも新鮮なお芝居をしてくれる。

河毛 彼はクローンだから、自分の子どもではなく、じつは自分自身なんですね。普通、クローン物の場合は、街を歩いていると同じ服を着たそっくりさんがニヤッと笑う、というようなものが多いんですが、あれってちょっとおかしいんです。クローンの年齢が、オリジナルと同一になるとは限らないはずで、オリジナルとクローンの間には時間的なズレがあって然るべきです。だから今の自分に対して、クローンは過去の自分として現象している。一種のタイムマシン効果が出現している。

結局、クローンの物語は自分の物語なんですね。クローンとしての彼の凶暴性は、自分の中にある凶暴性だったり、彼の悲鳴は自分のあげるべき悲鳴だったりする。だから最初は難しい構造の話だと思っていたんですけれど、やればやるほどシンプルかもしれないと思った。

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河毛 來君が演じる子どもは、堺さんの鏡なんですね。この子が表明したものは、すべて自分が持っているものにほかならない、ということになる。

僕の役について言えば、脚本に「天国と地獄の両方を見た目」という台詞があります。あと、「傲慢で上から目線の人、現実感のない善人、いろいろいるけどあなたはどれとも違う」という台詞もある。「現実感のない善人ではない」というのが、この役の鍵だなと思いました。天才の役って、現実感のない善人だとイメージしやすいんです。でも、この台詞はそういう安易なイメージをまず、言葉で封じてきたな、と思いました(笑)。

河毛 堺さんが演じる鈴木は、幼い頃に母親に捨てられたというトラウマがあるんです。一種の喪失の物語でもあって、実に難しい役どころでした。

現実感ってどういうことか、善人ってどういうことか、考えさせられました。静かな中の動きというのは、そういうところから作られたのかもしれませんね。

テクノロジーの支配者が次のルールを決められる。

GQ このドラマは生命倫理などにも関わるすぐれて現代的な問題作ですが、制作者としての狙いはどうだったのでしょうか?

河毛 『パンドラ』シリーズにはSFの要素がありますけれど、リアルなところはリアルにやる必要があります。だから、クローン技術を研究している人たちに協力してもらいました。みなさん非常に協力的でしたが、それというのも、エンタメでもいいからこの問題を世間の人たちに知ってもらいたい、という気持ちが強かったからだそうです。もしクローン技術が実現して80歳の人が自分の記憶を5歳児に移植すれば、80歳の記憶を持つ5歳児が誕生する。それは不老不死の具現かもしれないし、悪夢とも言えますよね。

生命の問題って、いつの間にか時間についての話になってしまうと思うんです。僕たちの心には、時間を止めたい、あるいは、幸せだった瞬間に時間を巻き戻したいという欲望がある。クローンについての研究も、そうした欲望から生まれるものではないでしょうか。

河毛 インターネットも金融もそうですが、アメリカは善悪はおいておいて、すべてのテクノロジーを自分のところに集めようとします。テクノロジーを支配する者だけが次のルールを決められるから。これをエンタメとして訴えたい、という気持ちはありました。

GQ こういう監督の話を受け止めて会話をふくらませることのできる役者さんって、じつはあまり、いないのではないでしょうか。

そんなことないと思いますが(笑)、河毛さんの話って本当にいつも楽しいんです。映画やドラマを観た後にお酒を飲みながら、ああでもないこうでもないって話をするのって楽しいじゃないですか。このドラマを観た後で、みなさんに議論してもらえたら嬉しいですね。

天才医師は、天使か悪魔か。倫理観を問う問題作が完成した。 シリーズ最新作となる「ドラマWスペシャル『パンドラ〜永遠の命〜』」のテーマはクローン技術。堺雅人さんが演じる鈴木元は、自らのクローン人間を作り出す。永遠の命を手にすることの是非を問いながら物語は進む。4月27日22:00よりWOWOWでオンエア。

河毛 あまりにベタだから本当は言いたくなかったけれど、堺さんの演技に対する姿勢には心を打たれるものがありますよ。ここまで完璧に(台詞が)入っているのかと感銘しました。なかには台詞が心配になる役者さんがいますが、堺さんの場合は台詞を気にせず、芝居を観ることに専念できました。

いえいえ。今回、久しぶりに尾野真千子さんと一緒にやらせていただいたんですけど、改めて素晴らしい女優さんだなと思いました。こちらのセリフ回しのちょっとした変化もちゃんと受け止めてくれるんですね。当たり前のようでいて、極めて難しいことです。尾野さんと來君がそろうと、現場のレベルがグンと上がる。小手先の技術や、安易な嘘がすぐバレてしまうんです。彼らとの芝居は、本当に楽しかった。それにしても、來君みたいな天才子役がたくさん出てきたのはなぜでしょう?

河毛 ひとつには、演出する側が子役に求めるものが変わった、ということがあるかもしれません。滑舌が曖昧だったりしても、ナチュラルな演技を好むようになった、と思います。

あと、現場に入る前に、お母さんとしっかり練習をしているんですよね。生半可な役者よりずっと大したものです。家で100回ぐらいやってから現場に来るから……(笑)。

河毛 堺さんも100回やってから現場にいらっしゃる?

いえ、僕は……、來君の半分もない、かな(笑)。

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どんな役でもやりたい──俳優・堺 雅人
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