有吉弘行は、最も多くの番組に出演する芸人である。けれども、決して迎合したり、妥協することで出番を得ているわけではない。ひりひりするような言葉をやりとりする真剣勝負を重ねることで、現在のポジションを獲得したのだ。どん底を見た男は、そこを経験したからこそ強靱な言葉を得た。普段はほとんど私生活を語らない有吉弘行であるけれど、おちまさとがその固い口を割らせた。
写真:Maciej Kucia(AVGVST) スタイリング:櫻井賢之(スーパーソニック)
ヘア&メイク:AKANE 文:サトータケシ
レギュラー番組が月に16本! 有吉弘行さんは2011年に年間499本の番組に出演、「テレビ番組出演総本数ランキング」で1位に輝いた。今年もその勢いは衰えない。けれども『GQ』としては、有吉さんの現在の認知度はまだまだ物足りないと思う。本人が「同世代の男性に見てもらいたい」と言うように、『GQ』読者のような大人の男にこそ、彼の面白さを知ってもらいたいからだ。
「お約束」の世界にあって、なぜ有吉さんだけが「王様は裸だ!」と叫ぶことができるのか。有吉さんをお笑い代表として「GQメン・オブ・ザ・イヤー2012」にプッシュしたプロデューサーのおちまさとさんが、インタヴュアーとして鋭く斬り込む。
おち メン・オブ・ザ・イヤーって知ってました?
有吉 いや、初めて知りました……。
おち これまで、錚々たるメンバーが受賞していますよ。
有吉 本当なら素直にうれしいと思うんですけど、たまたま『GQ』の鈴木編集長とTBSの『有吉ジャポン』でご一緒してるんで、コネの匂いが(笑)。
おち いやいや、2012年は有吉さんにとってものすごく思い出深い年だったと思うんですよ。
有吉 忙しさは11年が上だったかもしれないですけど、MCの仕事が増えたんで大変でした。基本的に目立っちゃいけないってのがあって。目を付けられると叩かれちゃう。二番手、三番手がいいというのが持論なんで。
おち 男が男を称える賞なんですよ。
有吉 応援してますとか、目に見えるファンは女の人が多いけれど、ターゲットとしては常に同世代の男の人を狙ってやってるんで、うれしいっちゃうれしいです。インチキのやつには、なんにも感じないですけど。
おち 僕、有吉さんがプライベートなことを話してるのを聞いたことがないんですよ。まず雑誌に出ないですよね。あんまり対談とかもしないし。
有吉 そうですね、あんまりやんないですね。結局伝わらないと思ってるんで、ニュアンスとか。ムダに悪くされたり、カッコよくされたり、名言にされたりとか。そういうのはちょっと恥ずかしい。本当はそれをイジってもらえるからいいのはわかってるんですけど、でもやっぱり叩かれるのが怖くて。「電波少年」のときの思い出で。
おち そうなんだ、そこなんだ。
有吉 まったくそこですね。
おち 「電波少年」の後、あだ名で脚光を浴びるまで7年間ぐらいかな、あの時期の葛藤とか、エネルギーの溜め方とかすごいでしょ。だって、ずっとテレビ見てたわけですよね。
有吉 そうですね、テレビしかやることないですから。朝から放送が終わるまで、ずっと見てました。
おち ご飯とかは? 適当に食べたり?
有吉 一日一食、スーパーでお買い得品になる時間までちょっと待って、節約して。
おち それで画面見てぶった斬って、あだ名つけて。
有吉 怨念ですよね、屈折もしてましたし。
おち それでまたテレビに出るようになって。普通だったら、せっかくお仕事いただいたんだからやさしくやっていこうというのがあると思うんだけど。
有吉 怨念とか出しても笑いにしてくれるようなスタッフと仕事をする機会が多かったんで。最初のころは怨念が強すぎて、放送できないよっていうのもあったんですけど、編集で上手に処理してもらって。
おち 『アメトーーク!』って番組がすごいそこを救ってたように見えたんだけど。あそこで“おしゃべりクソ野郎”までいくわけで。
有吉 人には恵まれていたと思います。
おち で、テレビだから、ああいう感じでお願いします、みたいなことになると思うんですけど。
有吉 そうなんですけど、2回目、2周目だから、あんときもそういうことがあって。感動の感じでやってくださいとか、もっといい話をとか。今度は、そのへんはわかってますよ、という心の余裕が。
おち 全然仕事がないのは二度とイヤだ、と思います? それとも一回経験したから怖くない?
有吉 正直、もう一回あの状態に落ちたら、もう這い上がるパワーはないと思うんですよ、年齢的に。
おち いやいや、また立ち上がると思うんですけどね。
有吉 ま、「電波少年」やって、歌とかアイドルっぽいことをやって、勝手に潰れていったわけです。お笑いをやりたかったんだけどなあ、って想いがあったんですけど、今はお笑いはやらせてもらっているんで、これで潰れたら、それは仕方がないかな、と。
おち なるほど、本望なんだ。いま38(歳)だっけ、この芸風をもっとふくらませようとかはない?
有吉 かなりの数の芸人がいるなかで、MCとかやらせてもらえるのは希というか、なかなかないことなので、折角だったらもうちょっとうまくやってやろうという想いはあります。小ズルく。
おち なんかで読んだんだけど、子どももほしいって歳になってきて、どうですか、結婚とかそのへん。
有吉 ヒマなんすよ。仕事はしてるんですけど、遊びに行かないし、人生に張りがないというか、自由でいることに飽きちゃったというか。子どもでもいれば変わるんじゃないかと。自分も世間の目も。
おち 守るものが生まれて、今と同じ戦い方ができるのか、少し変わるのか。すごく興味ある。子ども、かわいいよ〜、うちのは2歳だけど。
有吉 結婚して僕が子どもでもかわいがったら、面白いっちゃ面白い。
おち 第3章だ。話は違うけど、眠れないんでしょ?
有吉 眠れないです。
おち 若いときから?
有吉 仕事がない時期からじゃないですかね。カロリー使わないから全然寝られない。あのへんで生活のリズムが変わって眠れないようになったんだと思うんですけど。どうしても神経質なんで、明日どうしようとか考えはじめると眠れない。
おち 解消方法はなにかある?
有吉 それで子どもができると夜泣きもするし、ちょっとは疲れるでしょ。そうすると眠れるかなって。
おち いやいや、テーブルの角に頭をぶつけないかとか、心配は増えるよ。
有吉 ああ、そういうもんなんですね。
おち お笑いで自分と同類の人っていると思いますか?
有吉 いると思うんですけど、僕の場合は苦労したっていう免罪符があるから許してもらえるところがあって。毒舌とか皮肉とかってすぐに叩かれちゃうから難しい気がするんです。
おち 初のタイプって気がするんですよ。毒舌ってみんな言うんですけど、毒じゃなくて、100人が100人思っていることを、マジックでフリップに書いちゃったというか。だからみんな笑うんですよ。言い過ぎではなくて、そうだけどそれ言うか、って話で。正解!って話です。今までは、みんな正解をオブラートに包んでいたんだけど。
有吉 本当に、単純に、後は野となれ、ってやつからきていると思うんです。みんな気付いていると思うけど、言うとメンド臭いことが多いからやらないんだと思うんです。僕は、どうせ仕事ないからいいや、ってことから始まってるから。運がいいと思う。
おち 嫌いなもんが多いじゃないですか。ラインに引っかかるものが多いわけですよね。
有吉 そうですね、嫌いなもの多いですね。
おち そのアンテナってのが、7年の間に出来上がった敏感な“気付きアンテナ”というか。
有吉 僕、結構育ちがいいんですよ。しつけとか厳しかったと思うんです。だから単純に行儀が悪いことに敏感、行儀が悪いことが嫌いなんですよ。それで自分が一番行儀悪いことやってるんですけど。
おち 裏返ったね〜! だから全部、行儀が悪いって言ってるんだ。例えば人を啓発するような本を出すことも、あれは行儀が悪い。
有吉 本当に親が厳しかったこととか、(オール)巨人師匠に付いたこととかからきてるんですよ。
おち 抑圧がすごくて、それが今、パカーン!ってなったんだ。それで、13年はどうすんですか?
有吉 なるようにしかならないですよね。冠(番組)で視聴率とれないと、有吉は数字とれないってことになるから、一気に仕事が減る可能性もあるし。でもMCダメだったからもう一度ヒナ段でやらせてくださいってのも、ヘンな空気になっちゃうし。ヒナ段で老害みたいになるのもイヤだし……。
おち でもツイッターで170万フォロワー、早かったしすごい味方をつけてるわけじゃないですか。
有吉 基本的に、くだらないなとしか思ってないんですよ。なんの意味があるのって。何のメッセージも発してないし、孫(正義)さんが180万フォロワーなら1回1番になってやめてやろうと思うだけで。
おち 本を書くとか、映画を撮るとかは?
有吉 本は読みますけど、映画は全然見ません。この世界でやらせてもらうのが嬉しいです。
おち キャバクラも行かないしね。直帰型ですよね。メン・オブ・ザ・イヤー、受賞パーティありますけど、そういうのいちばんイヤでしょ?
有吉 そうっすね、常に「自分なんて」ってのがいちばん大きいんですよ。テレビ局に行ってもいまだに恥ずかしくて居場所がない。パーティでも、みんなが僕をくすくす笑ってるんじゃないかと。
おち で、あっちで「おおっ、久しぶり!」なんて握手してるやつを見ると、なにスマートにこなしてるんだよ、行儀悪いなって思う?
有吉 面白そうってのもあるけど、でも恥ずかしい。
おち 授賞パーティ楽しみですね。篠山(紀信)さんとか草間(彌生)さんとか、あだ名のつけがいありますよ。どーんって、目の前で言いましょうね。
有吉 いや、そういうトラブルは避けてるんで……。
画面を切り裂く抜き身のフレーズが生まれる理由を、おちさんが解明してくれた。それは怨念であり、守るものはないという捨て身の精神だった。そして「お行儀が悪いのが嫌い」という知性によって、大人の男にも響く笑いが生まれる。2013年は、有吉さんが何をお行儀が悪いと感じているかに着目しながら、彼の笑いを楽しみたい。