Two Ballots That May Shake the World

激動を加速させる中東の2大投票

米トランプ政権の影響で世界中が混乱するなか、世界の激動を加速するかもしれない2つの投票がトルコとイランで行われる。
穏健派で知られるイランのロウハニ大統領(左)と、豪腕を振るうトルコのエルドアン大統領。
穏健派で知られるイランのロウハニ大統領(左)と、豪腕を振るうトルコのエルドアン大統領。

By Shinsuke Tsutsumi
Photos: Getty Images

穏健派で知られるイランのロウハニ大統領(左)と、豪腕を振るうトルコのエルドアン大統領。

あちこちに散らばる震源によって、世界がギシギシと音を立てて揺すぶられている……そんな感じが、特に昨年のトランプ当選以来、高まっている。その震源のひとつで、この4月、5月に、さらに混乱と軋轢のマグニチュードを上昇させる可能性のある「2つの投票」が行われる。フランス大統領選を思い浮かべた方もあろう。もちろんそれも重要だ。しかし、世界地図上でパリから南東の方角、中東へ目を向けてほしい。

このコラムが読者の目に触れる時には結果が出ているのが、4月16日のトルコ国民投票だ。過半数の賛成を得てみずからの権限を大幅に拡大しようと狙うのはエルドアン大統領。トルコでは首相に強い権限があるが、2014年の初の全有権者による民選で首相から大統領となったエルドアンは、総選挙のやり直しなど強引な手法を駆使して国民投票に持ち込み、首相府の廃止や非常事態を宣言する権利の獲得など”一強支配”を確実にするためのパワーアップを目論んでいるのだ。

部屋数一千、いにしえのスルタンの宮殿と見紛う豪壮な公邸(もちろん国費で建築)に住まうばかりか、次々とメディアを弾圧、さらには昨年7月のクーデター未遂事件をも逆用して非エルドアン派を徹底して抑圧する姿勢には、トルコが加盟を願うEUから批判が寄せられてきた。

しかし、EU側にも、あまり強くは言えない事情がある。2015年には、シリアなど中東から主にトルコを経て100万人強の難民・移民がヨーロッパに渡った。それが引き起こしたEU内の混乱は周知のとおりだが、曲がりなりにも現在はその人の波が穏やかになったのは、昨春にEUがトルコと結んだ合意のおかげだ。トルコがいわば防波堤の役目を果たすことによって、欧州への人の流入は一定のコントロールが可能になった。「いつでも人の流れを再開させる」とエルドアンに脅されて、EUは批判の口をつぐまざるを得ないのだ。

今回の国民投票を巡っては、ドイツやオランダに住む計200万人ほどのトルコ人に在外投票を促すため、エルドアンは閣僚を送り込んでキャンペーンを張ろうとした。改憲案への賛否が拮抗していると伝えられる中で賛成票を掘り起こすためである。それを独・蘭が治安上の理由から制止すると、エルドアンは「これはナチスのやり方で、ドイツの連中は民主主義を知らない」などと口を極めて罵った。トルコ内での弾圧を知る者には、どの口で言うかと思えるのだけれど。

トルコ国民がこの人物に思い通りの強権を与えるかどうか、それは投票箱の蓋を開けてみないとわからないが、もしエルドアンがそれを手中にしたら(政権による開票の不正も懸念される)、難民・移民の蛇口を自由にひねれることを材料に、EUにいつでも脅しをかけてくるだろう。結束が弱まる気配の見えるEUにとって、さらなる苦境が待っているかもしれないのだ。

これに劣らず世界に大きな影響を及ぼしかねないのが、5月19日投票のイラン大統領選だ。こちらはトランプが陰の主役。核兵器開発疑惑で国際社会から制裁を科され、主要資源である石油の輸出もままならなかったイランだが、2015年にまとまったアメリカなど6カ国との核合意で、徐々に国際舞台に戻りつつあった。国連制裁は解除され、各国の主要企業も、恐る恐るではあるが、対イラン貿易・投資に動き始めていた。米ボーイング社も昨年9月にオバマ政権の許可を得て、旅客機80機のイラン輸出を決めている。

そこに冷水を浴びせたのが、トランプ政権の登場だ。最初からイランを目の敵にし、司法に差し止めを喰らった入国禁止令の対象にイランを加えただけでなく、「最悪のディールだ」と選挙戦中から攻撃してきた核合意の見直しも示唆した。イランと6カ国の合意なので、米国の一存では破棄などできないが、今後、別のかたちの強硬措置をとる可能性もある。イランでは反トランプ感情、反米意識が、急激に高まっている。

それまでの保守強硬路線を修正し、改革派の支持も得て、イランを国際舞台に復帰させたのは、2013年に当選した穏健派のロウハニ大統領だ。制裁解除によって石油の輸出も再開、2016年には4%の成長を遂げた。対米感情も改善していたのである。しかし、トランプの攻撃的姿勢を見たイラン国内の強硬派の突き上げをうけ、本稿執筆時点では、ロウハニ大統領は再選を目指して立候補できるかどうかさえ見えていない。最高指導者ハメネイ師の胸三寸で4月下旬にその可否が決まるが、ハメネイ師はロウハニ政権の経済政策を批判するなど厳しい姿勢を見せている。

もし、ロウハニ大統領が出馬できなかったり、強硬派の候補(こちらも未定)に敗れたりすれば、イランは時計の針を大きく逆戻りさせ、欧米との対立路線へ、さらには核開発路線へと戻ってしまう可能性がある。世界中にとって迷惑極まるシナリオだ。

トルコもイランも人口は約8000万人。どちらも中東の地域大国ではあるが、そのトップの地位に関する国民の一票一票が、これほど世界全体に影響を及ぼすことは、少し前まではなかった。現在の世界が悪意に満ちた独裁的指導者たちの作るカオスの中にある、ひとつの例示である。(3月29日記)

堤 伸輔 1956年、熊本県生まれ。1980年、東京大学文学部を卒業し、新潮社に入社。『週刊新潮』編集部に所属し、作家・松本清張を担当、国内・海外の取材に数多く同行する。2004年から2009年まで『フォーサイト』編集長。その後、出版部編集委員として『ドナルド・キーン著作集』を担当。14年よりBS-TBSテレビ「週刊報道LIFE」などで国際問題のコメンテーターを務めている。