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歌舞伎の新時代へ!──市川海老蔵

歌舞伎俳優、11代目市川海老蔵、40歳。365日のうち300日を公演や収録についやし、全国をめぐる。歌舞伎界最高の名跡である市川團十郎を継ぐべく定められた男の視線は、どこに向かうのか? Photos: Kazumi Kurigami Styling: Atsushi Okubo Hair & Make-up: Narumi Furukawa Direction: Noriaki Moriguchi @ GQ
歌舞伎の新時代へ!──市川海老蔵
ジャケット ¥412,000、パンツ ¥147,000、シャツ ¥81,000、タイ ¥23,000、時計(アリゲーター ストラップ) ¥360,000〈すべてLouis Vuitton/ルイ・ヴィトン クライアントサービス ℡0120-00-1854〉

SPECIAL INTERVIEW

市川海老蔵と話した「カラダのこと、團十郎のこと、そして歌舞伎のこと……」

ルイ・ヴィトンの服を着てのスペシャル・シュートに応じた市川海老蔵は、てらいもケレン味もなく服を平熱で着こなし、そして歌舞伎とみずからについて語った。編集長の鈴木正文が彼との対話を振り返る。

文・鈴木正文 写真・操上和美

バナナとリンゴと

11代目市川海老蔵は、都心のスタジオに上下グレイのスウェットスーツ姿で現れた。巡業で家を留守にしていないかぎり、毎朝トレーナーとワン・オン・ワンで筋トレをふくむワークアウトに励む。毎朝、よほどのことがないかぎり。

かつては浴びるように飲んだといわれる酒もいまはほとんど飲まない。更衣室にはかれのリクエストでバナナとリンゴとミネラルウォーターを用意している。日常の食事は「赤身、魚、サラダ」ばかりだという。「赤身」というのは牛肉の赤身。「鶏は?」と訊くと、うなずかない。鶏肉は白いから、か。

「ほんとは色んなの(牛以外の赤身の肉も)食べたいですよ。(でも)メンドくさいじゃないですか、買うのが。鹿とかクマとか、無理じゃないですか」

外出して赤身肉を食べるのは、と問えば、「人目があるからメンドくさい。人目がいちばんメンドくさいですよね」。

2003年、27歳のときにNHKの大河ドラマ「武蔵」で主役の宮本武蔵を演じたころから、「もう人にあんまり会いたくないなって」いう気持ちになったという。いわゆる「友だちとワイワイ」というようなこともやらない。いわく、「意味がないから」。

そうして、旅に出ているときはひとりでワークアウトしている。

「(肉体は)商売道具じゃないですか。顔もそうだし、動きもそうだし、声もそうだし、ぜーんぶ商品なんで。洋服をきれいに着るのとおなじで、(体への)手入れは必要ですよね」

「歌舞伎には(ワークアウトしてつくりあげた肉体は)必要ないという人もいる。僕は必要だとおもってますね。たとえば明治に歌舞伎全盛期があったとして、当時の歌舞伎役者の生活を見ると、やっぱりルーティーンが決まってますよね。井戸水をかぶっている役者がいたりとか。井戸水をかぶってるということは結局、疲労をクリアにしたいんですよね」

経験者のように語るのは、じぶんも水風呂愛好家だからだ。

「9代目市川團十郎なんか、やっぱり正中線もしっかりしている。あんなしっかりしている人、明治にいるんだなって。日本人って、むかしの人のほうが(肉体が)しっかりしている」

「劇聖」ともいわれた9代目團十郎(1838-1903)は幼少のころから厳しい鍛錬を怠らなかったことでも知られる明治歌舞伎の頂点に君臨した役者であるとともに、歌舞伎の文化的地位を、町人向けの娯楽の域をこえる洗練された演劇として、西洋の一流演劇に伍す地位に引き上げた立役者でもあった。歌舞伎界では、たんに「9代目」といえば、9代目團十郎のことである。

「水をかぶることが正しいかどうかはわからないけれど、まずは調子いいぞってことをそれで感じて」という海老蔵は、井戸水をかぶる代わりに、朝のワークアウトのあとに水風呂に入る。そういってチョコレート色のプロテインを、「すごい不味いっす」と、すこしおどけたようにいいながら飲んだ。

"歌舞伎っていうものが世界で通用するものになるように頑張りたい"

ルイ・ヴィトン謹製の着物ケースを披露 写真は11代目市川海老蔵襲名披露を記念して製作された鏡台ケース。同時期に製作された着物ケースが7月14日~8月1日まで大阪の阪急うめだ本店、阪急うめだギャラリーで開催される「TIME CAPSULE」展で披露される。 © Louis Vuitton - Tetsuya Toyoda
ルイ・ヴィトン謹製の着物ケースを披露 写真は11代目市川海老蔵襲名披露を記念して製作された鏡台ケース。同時期に製作された着物ケースが7月14日~8月1日まで大阪の阪急うめだ本店、阪急うめだギャラリーで開催される「TIME CAPSULE」展で披露される。 © Louis Vuitton - Tetsuya Toyoda
「團十郎」をめぐって

2013年に12代目團十郎が没して以来、市川宗家の当主となった海老蔵にとって、歌舞伎界トップの名跡である團十郎を襲名することが当面の使命なのではないか、とおもいつつ「ミッションは?」と尋ねる。

「そうですね、40歳、まあ、ミッションっていうのか、團十郎……」と言いかけたので「襲名ですか?」と、畳みかける。

「ちがうんです。市川團十郎家として、やっぱりその存在がね、歌舞伎界でのミッションというのもさることながら、じぶんじしん、どうやって生きていくのかが大事ですよね。團十郎家というのは歌舞伎界のなかでいちばん中心の家なので、それがどういう方向性を示していくかというのは非常に重要なことです」

團十郎を襲名するということのうちには、團十郎家、すなわち歌舞伎界の最重要ブランドとしての市川宗家として、歌舞伎にたいするこれからの方向性を示すことが伴う、といわんとしているのだろうか。

「戦後の歌舞伎、その70年間を大事にすることは当然ですけど、その70年に縛られるのではなく、歌舞伎がはじまった400年前から、つまり、はじまりになった猿若(初期歌舞伎の道化方)とか能とか狂言とか、そういうものをふくめて歌舞伎だとかんがえること、それをおろそかにしてはいけない、と思うんです」

3月1日から4月7日まで全国23都市でおこなった市川海老蔵特別公演『源氏物語第二章〜朧月夜より須磨・明石まで〜』は、そうした「方向性」のひとつを示すものだ。これは、2015年に京都・南座で、歌舞伎と能、そしてオペラと華道を総合した演劇として公演した『源氏物語』の続編で、「光の君」の心情をオペラで表現する、というような演出にも挑んだイノベイティブな舞台である。そのいっぽうで、市川宗家のお家芸である「歌舞伎十八番」のうち、長らく上演されてこなかったものを復活上演することにも継続的=意欲的に取り組んできた。ジャンルをまたいで歌舞伎の世界にあたらしい出合いを持ち込むいっぽうで、時をまたいで歌舞伎の古層を発掘する─。それもこれも、現段階での海老蔵のかんがえる「方向性」である。

「歌舞伎っていうものが世界で通用するものになるように頑張りたいんです。オペラとか世界中で共通じゃないですか、イタリアでもフランスでもアメリカでも。クラシック音楽も音符があるから世界で通用する。歌舞伎はことばが日本語だし、日本でしか通用しない部分が多い。そこがひとつのポイントですね」

外国人にわかるように英語の字幕を出したり、ときにはフランス語で口上したり、というような「国際化」の努力をしてこなかったわけではないが、そうしたことの先にいまどんなことがあ(りえ)るか、それを模索している。そうした模索のひとつに、たとえばデジタル・テクノロジーをどう使うか、というようなことも視野には入っている。

「デジタルだったらVR(ヴァーチャル・リアリティ)でしょうね。VRはべつに現場にいなくてもいいわけですから。そういうことを踏まえたうえでの演出は必要なんじゃないですか。2020年(の東京オリンピック)に向けてそういう技術も発達してくるでしょうし、そこで一緒に、ともにできるように勉強して、やるつもりでいますよ」

歌舞伎そのものの未来図を描き、みずからつくりだしていってこそ、現代にとつづく歌舞伎の礎を築いた歴代の「團十郎」の名跡を、本当の意味で継ぐことになる、と思い定めているかのように海老蔵はいった。

"歌舞伎には (ワークアウトして つくりあげた肉体は) 必要ないという人もいる。 僕は必要だと おもってますね"

コート ¥412,000、シャツ ¥246,000、パンツ ¥107,000、スニーカー ¥82,000〈すべてLouis Vuitton/ルイ・ヴィトン クライアントサービス ℡0120-00-1854〉
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「東京2020年」への口上

海老蔵は「東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会」が昨年立ち上げた「ONE TEAM PROJECT」に参加、組織委が選んだ日本を代表する各分野のクリエイターやイノベイターのひとりとして、そもそものプロジェクトの開始宣言に当たる「東京2020年三年前口上」なるヴィデオを、組織委の動画配信用に昨年夏に収録した。

見ればわかるが、海老蔵の口上には若者の清々しさのごとき、脆弱さと二重写しの瑞々しさがある。そしてそこに同時に、どこか人の心を動かさずにおかない、抗しがたい、有無をいわせぬ力、老練とも切実とも感じさせる語りの力がこもってもいる。この、一方における無実な爽快さと、他方におけるどこか深いところに降りてきてから浮上したなにか得体のしれないもの、のような凄みとの矛盾、というべきなのかはたまた葛藤、というべきなのか、いずれにしてもぶつかりあい、たがいにせめぎあうなにかふたつの力が、海老蔵のなかでギリギリのところで均衡している、とおもわせるところに、海老蔵の語りの魅力がある、と僕にはおもえる。

「年齢的には40ですからねえ、もう。5歳、4歳からやってるわけですから、35年。ひと通りやれることはやってきているし、経験としてもいいことも悪いこともいっぱいしているから」と、海老蔵はいう。

スキャンダルがあり、いくつかの愛といくつかの別れがあり、その果てにいまの海老蔵がある。海老蔵の演技には華がある、といわれる。たしかに、華=花がある。しかし、バラの花のあざやかな赤はまた血の色でもある。花とて血を流している。いわんや、人間の花においてをや、と僕は稀代の歌舞伎俳優のまえでおもうのだった。

歌舞伎座百三十年「七月大歌舞伎」
市川海老蔵が大奮闘する注目の舞台。今回は昼夜で宙乗りも披露する。
昼の部:『三國無雙瓢箪久 出世太閤記』
夜の部:『源氏物語』
出演:市川海老蔵 中村獅童 市川右團次ほか
7月5日〜29日 ※休演あり
http://www:kabuki-bito.jp