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変幻自在の天才肌芸人、ロバート秋山──憑依芸は、まだまだ続く

ロバート秋山は、子供のころから人間観察が大好きだったという。どんな“キャラクター”にも憑依できる天性の才能は、こういった自然な努力の賜物なのか。ライター・近藤正高がじわじわ迫った。 文・近藤正高 Photos: Maciej Kucia @ AVGVST Styling: Masayuki Sakurai Hair: Ken Yoshimura @ AVGVST
変幻自在の天才肌芸人──憑依芸は、まだまだ続く
ジャンプスーツ ¥238,000、シャツ ¥32,000、グローブ ¥95,000〈すべてYOHJI YAMAMOTO/ヨウジヤマモト プレスルーム ☎03-5463-1500〉 ネックレス ¥210,000〈TIFFANY & CO./ティファニー・アンド・カンパニー・ジャパン・インク ℡0120-488-712〉
秋山竜次

芸人

テレビでやっていないキャラに多くのファンがつく

2017年、全国のパルコを「東京クリエイターズ・ファイル祭」というイベントが巡回した。これは、大日本印刷が発行するフリーペーパー『honto 』で2015年より連載中の「クリエイターズ・ファイル」から生まれた企画だ。会場にはこれまで連載に登場したトータル・ファッション・アドバイザーのYOKO FUCHIGAMIや天才子役の上杉みちなども訪れるとあって、多くのファンが詰めかけた。

タネ明かしをすれば、YOKO FUCHIGAMIも上杉みちも、いずれも架空のキャラクターである。扮するのは、お笑いトリオ・ロバートの秋山竜次。「クリエイターズ・ファイル」では毎回、各分野で活躍するクリエイターたちが秋山の自作自演により誌面や動画でインタビューに応えている。そのなりきりぶりは見事で、いかにもその人物が口にしそうな言葉が次々と飛び出す。

面白いことに、秋山はそこで扮したキャラクターをテレビではほとんどやっていない。それでもイベントを開けば、女性を中心に大勢のファンが集まる。その多くは、フリーペーパーやYouTubeにあがった動画、あるいはソーシャル・メディア(SNS)で拡散された情報を見て来た人たちだった。そのことに彼は驚いたという。

「一度も電波に乗っけたことのないキャラクターをみんな知っていて、見に集まってくれるって、何か不思議な感覚でしたね」

まさにSNSの時代ならではの現象だ。しかも会場でちょっとしたコントを披露すると、全員がちゃんと設定に乗ってウケてくれたという。いまやテレビとは別のところでも、キャラクターをつくって発信し、人気を集めることができる。それを証明した秋山は、「GQ MEN OF THE YEAR」を贈るにふさわしい。

「クリエイターズ・ファイル」には、じつは筆者も最初だまされた。たしか連載が始まったころ、アース・フォトグラファーの回を読んでいて、それが架空の人物であることに途中まで気づかなかったのだ。そういう人は案外少なくなかったらしい。

「いまでこそ僕がやってるって認知されましたけど、(連載が)始まって1年ぐらいは、ロバート秋山という情報も本当にちっちゃくしか載せてなかったので、読んだあとで気づいた人たちから『何だよあれ、吉本の芸人かよ』みたいな苦情がよく届いていたらしいです。それはまあ、ありがたいというか、だませたんだっていううれしさになりましたけど」

筆者がようやく気づいたのは、フォトグラファーがかつて撮ったというアイドルなどの名前もまったく架空のものになっていたからだ。これは実在の人名を出すと「醒めてしまうから」だという。

同様に、登場するクリエイターたちの職業も、普通のコントに出てくるような医者や警察官などは避け、ちょっとずらしている。

「たとえば、医者ではなくメディカル・チームドクターとか、カメラマンじゃなくてアース・フォトグラファーをやるとか、自分の想像のつかないところをやってますね」

いわゆる“あるあるネタ”は、誰もが知っているところからつくられる。しかし秋山は自分でもよく知らないところから、“あるある”を見つけようとしているのだ。これはいままでにない方向性の笑いともいえる。

"電波に乗せていないキャラをみんなが知ってるって不思議ですね"

パンツ ¥68,000〈YOHJI YAMAMOTO/ヨウジヤマモト プレスルーム〉 (重ね着けした)(チェーン)ネックレス ¥805,000、(ペンダント付き)ネックレス ¥191,000、ブレスレット ¥780,000、時計 ¥1,510,000〈すべてTIFFANY & CO./ティファニー・アンド・カンパニー・ジャパン・インク〉
“名言”は狙っていけばいくらでも言える?

クリエイターのインタビューは、動画で流すためカメラも回しながら最低3時間は収録する。もちろん話すことはすべて即興で、事前の下調べもあまりやらないという。それにもかかわらず、その職業の人がたしかに口にしそうな言葉が出てくるからすごい。たとえば、ジェネラルCGクリエイターの回での「自分自身が飛び出していないのに、飛び出した作品ができるわけないじゃないか」という発言など、いかにも名言っぽい。秋山によれば、言い切ることが大事だという。

「言い切って、いかにも嘘じゃないように堂々と言われると、『あ、そうなんだ』と思っちゃうマジックがあるじゃないですか。そういう経験は僕にもあって。雑誌で密着取材やライブの記事を書いてくださったときに、ポロッと言ったことが太字になってたんですね。自分ではそんな深いことを言ったつもりじゃないのに、太字にすることで何かカッコつけた感が出てくるというか。そういう名言みたいなものって、狙っていけばいくらでも言えるなって思ったんです」

これにはライターとして図星を指された。たしかに相手の何気ない発言を、さも意味ありげにとりあげるということは筆者もやりがちだ。秋山はそれを逆手にとって笑いにしてみせたのである。

本当に贅沢な遊びをさせてもらってますよ

インタビューの動画も回を追うごとに大がかりになっている。それも「クリエイターズ・ファイル」が認知されたおかげだ。以前なら、撮影に使おうとしても断られていたような場所でも、いまではすんなり貸してもらえることが増えたという。シンクロナイズドスイミングの女性コーチの回では、国士舘大学の選手が10数人出演してくれた。現場で実際に働いている人などに出てもらうことも結構あるようだ。いままでに見事にハマった回は、そういうパターンが多いらしい。

「逆に演技が成立しすぎちゃったら面白くないなと思ってて。遊びでやってる感じが醒めちゃうというか。ウェディング・プランナーの回でも、実際にその場にいたアシスタントの方に出てもらったんですけど、やっぱり絶妙でしたね。演技のしかたもたぶんわからないだろうから、本当にいつもどおりにやってもらって」

ここで秋山が言っているように「遊びでやっている」というのがポイントだろう。彼は次のようにも語っている。

「結局、カメラマンさんとか、スタイリストさんやメイクさんがつくってくれないと何もできないんで。それはもう大前提ですね。だから、好きに場所を使って、自分の好きなように動画もつくって、本当に贅沢な遊びをさせてもらってますよ」

考えてみれば、ロバートのコントからして、子供のときの遊びの延長線上にあるようなネタが多い。最近の傑作「ナイロンDJ」も、もともとは秋山たちが小学生のころ、よく教室でザラザラした表紙の地図帳やナイロンのバッグをこすって遊んでいたのがもとになっているそうだ。

「クリエイターズ・ファイル」の一部をご紹介!

トータル・ファッション・アドバイザー YOKO FUCHIGAMI ©クリエイターズ・ファイル/honto+
劇団えんきんほう・子役 上杉みち ©クリエイターズ・ファイル/honto+
ツッコむのもうなずくのも受け手しだい

秋山はまた、子供のときから人間観察が好きだったという。

「特徴を見るのが好きなんでしょうね。たとえば、こういうタイプのやつはこういう走り方をするなっていうのが何となくあって。本当に走ってるやつは、こぶしをつくって前後に振って走っているかと思いきや、意外と腕をハの字にして脇を締めずに変な走り方してたりするなとか。そんなことを見てましたね」

彼のコントのキャラクターも、そうした観察が土台になっている。「クリエイターズ・ファイル」のキャラにいたっては、「人間観察とかに興味なく生きてきた人には、何が面白いのかわかんないでしょうね」と秋山が言うほどだ。

この連載に登場するキャラはたしかにリアルで、一見するとまともだ。それに対して「そんな人はいない」とツッコむか、「いるいる」とうなずくか、すべては受け手にゆだねられている。秋山のほうでも、普通に見ていると誰もわからないようなツッコミどころを毎回入れているという。それでもイベントでファンと接してみると、そういう細かいところも、ちゃんと感じ取ってくれている人はやはりいるらしい。

「そこは言われたらやっぱりうれしいですよね。だから、本当にいままでにないジャンルですよ、これは」

2017年には、ついに現代を離れ、「明治時代に活躍した日本初のクリエイター」なるキャラクターにも挑戦した。動画はモノクロで、しかも秋山は歩いているだけ。現在伝わる資料はそれしか残っていないという設定だった。現場ではもっと撮ろうとも思ったが、あまり過剰にやると醒めてしまうので我慢したという。

これまでのキャラも、扮装はカツラをかぶるぐらいで、特殊メイクなどはしていない。そうやって秋山がある部分で抑えているからこそ、受け手に楽しむ余地が生まれるのだろう。

歴史上の人物を出したことで、さらに可能性が広がったという。別にいま存命していなくてもいいし、未来から持ってきてもいいし、場合によっては人間ですらなくてもいい。とにかく「“クリエイティブの”ってつければ、全部収められるな」と気づいたのだとか。こうなるとますますどんなキャラが飛び出すかわからない。はたしてそれに受け手はどこまでついていけるのか、試されているような気もする。

ガウンコート ¥490,000〈ETRO/エトロ ジャパン ☎03-3406-2655〉 ステッキ ¥68,000〈Vintage/オールドハット ☎03-3498-2956〉 (重ね着けした)(チェーン)ネックレス ¥805,000、(ペンダント付き)ネックレス ¥191,000、ブレスレット ¥780,000、右手小指のリング ¥168,000、右手薬指のリング ¥159,000、時計 ¥1,510,000〈すべてTIFFANY & CO./ティファニー・アンド・カンパニー・ジャパン・インク〉

RYUJI AKIYAMA 秋山竜次
お笑いトリオ「ロバート」のネタ作り&ボケ担当。この「ロバート」としては、2011年のキングオブコントで優勝している。2015年4月よりフリーペーパー『honto 』でスタートした『ロバート秋山のクリエイターズ・ファイル』がじわじわ世間に大受け。『GQ JAPAN』2017年3月号でも、YOKO FUCHIGAMIに扮してインタビューに答えるなど、憑依したキャラの人気は各方面に拡散している。