sex and pleasure in Japanese art

なぜ春画展はロンドンで成功したのか?──大英博物館での大春画展

昨年秋からロンドンの大英博物館で初の春画特別展が開かれた。英国はじめ各国から来場者を動員するという大賑わいを見せたのはなぜか? なぜ、いま、ロンドンで春画展が企画され、そして成功したのか? 在ロンドンのジャーナリスト、木村正人氏がリポートする。
なぜ春画展はロンドンで成功したのか?──大英博物館での大春画展

昨年秋からロンドンの大英博物館で初の春画特別展が開かれた。英国はじめ各国から来場者を動員するという大賑わいを見せたのはなぜか? なぜ、いま、ロンドンで春画展が企画され、そして成功したのか? 在ロンドンのジャーナリスト、木村正人氏がリポートする。

取材・文: 木村正人

満ち足りた愛と性の悦びを大胆に、そして繊細に表現した「Shunga(春画)」はポルノか、芸術か。ロンドンの大英博物館で開かれた『春画 日本美術における性とたのしみ』はセンセーションを巻き起こして1月5日に閉幕した。

“16歳未満は保護者同伴推奨”と大英博物館が異例の年齢制限を行った春画だけの特別展は「人類史上、最もきわどくて素敵」(英紙・インディペンデント)、「啓示的」(英紙・タイムズ)と称賛され、世界中のメディアからも高い評価を受けた。入場者数も会期半ばで予想を大幅に上回った。

「大英博物館がナショナル・ギャラリーやロイヤル・アカデミー・オブ・アーツのような美術館なら、春画展は開けなかったと思います。春画は高い芸術性を備えている作品もありますが、セクシュアルすぎるからです」と話すのは『春画 片手で読む江戸の絵』を著し、江戸文化に詳しいロンドン大学東洋アフリカ学院のタイモン・スクリーチ教授だ。誇張された男性器と女性器の結合があまりにも露骨に描かれた春画はグロテスクにも見えるが、日本以上にジェンダーや性の商品化に厳しい英国人女性に好意的に受け止められた。

なぜだろう? 現代の日本に氾濫するアダルトビデオが世界で最も暴力的とするなら、春画は愛し合う男女の心と体の交歓を描いた世界で最もファンタジーなポルノグラフィだからなのだ。女性向けに歌舞伎役者の肖像と陰茎を描いた春画では、陰毛は役者と同じ髪型に整えられ、舞台化粧の隈取りのような血管が魅力的に脈打つ。

「春画にはレイプなど強制的な性はまったく出てきません。好きな人と結ばれる姿が描かれているのです。だから女性にも受け入れられたのでしょう」とスクリーチ教授は解説する。確かに展示されている春画を見渡すとすべての男女が何とも言えない恍惚の表情を浮かべている。見学するカップルの表情も生き生きしている。

春画は幕末に黒船で来航したペリー提督にも贈られ、マネやモネなどの印象派、ピカソ、ロダン、ロートレックらに影響を与えた。春画は西洋美術の常識を破っていた。古代ギリシャの裸体彫刻は理想的な肉体を表現したが、性器は均等なサイズで春画のように大きくはない。キリスト教文化では肉体は恥とされ、ルネサンスでギリシャやローマの古代文化が見直されたが、それも行き詰まった。そこに流れ込んだのが開国された日本の浮世絵や春画だったのである。

江戸時代の三代改革で贅沢な色刷りや放蕩な描写が制限され、葛飾北斎(1760〜1849年)や喜多川歌麿(1753〜1806年)ら浮世絵の大家も地下文化の春画で表現の自由を満喫した。道徳や現実に縛られず性の交歓を自由に描いた春画に魅了されたマネは裸婦を描き、社会の批判を浴びた。近代西洋美術のエロティシズムや非対称性は春画の影響を受けている。こうした傾向をジャポニズムと呼ぶが、「当時、西洋は堅苦しい空気に縛られていたので、日本はなんて開かれたところなんだと誤解してしまったようです」とスクリーチ教授は笑う。

江戸時代、お見合い結婚が当たり前。男は自由恋愛を求めて遊郭に出かけた。苦しみや悩みの多い「憂き世」の現実を陽気な「浮き世」と呼び変えた。春画には粋な着物に流行の髪型、豪華な内装が描かれている。武士の娘に夜伽の作法を伝授する春画もある。「憂き世」を笑い飛ばすため、イザナギとイザナミの国産み神話や女大学まで春画化された。

どうして今、春画なのか、大英博物館日本セクション長のティム・クラーク氏に尋ねてみた。「春画が江戸文化の中でどう位置づけられるか探求したかったのです。春画は西洋化が進んだ明治以降タブーとされましたが、それを解き放つ時が来たことを実感しました」という。

165点の展示作品中、クラーク氏のお気に入りは、絡み合う男女が艶めかしく描かれた鳥居清長(1752〜1815年)の木版画『袖の巻』だ。日本では同じ内容での受け入れ館はまだ見つかっていない。

きむら・まさと

国際ジャーナリスト

1961年生まれ。ロンドン在住の国際ジャーナリスト。元産経新聞ロンドン支局長。慶応大学大学院非常勤講師(憲法)、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員も務めた。京都大学法学部卒。日英両国の政治・安全保障、欧州経済に詳しい。