三浦知良──56歳のプロサッカー選手、カズはどう生きるのか

現役のプロサッカー選手、三浦知良は2月26日で56歳になる。昨年12月にはポルトガルの2部リーグからオファーを受けるなど、一躍時の人になったカズは、いま何を考えているのか。大阪府堺市でハードなトレーニングをつづけるレジェンドに密着した(2023年1月記)。
三浦知良──56歳のプロサッカー選手、カズはどう生きるのか
Maciej Kucia

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Maciej Kucia

サッカー小僧、キングカズはやっぱり素敵だ

強い寒気の影響で日本海側の広い範囲で雪が降り、西日本では瀬戸内海側や太平洋側でも積雪への警戒が呼びかけられていた2022年12月22日。最高気温こそ11度を記録しているものの、大阪府堺市にある「J-GREEN堺」は、大阪湾に近く、風を遮るものがない立地も手伝って体感温度は数字以上に低い。太陽が雲に覆われると途端に強烈な寒さに襲われる。

朝9時前、約束の時間よりも余裕をもって『GQ JAPAN』チームがグラウンドに到着すると、すでに練習が始まっていた。テンポよくパス交換する音がピッチに響きわたる。凍てつくような寒さもあってか、空気が澄み切ったグラウンドにボールを蹴る音がこだまする。

遅刻してしまったかと、焦りながらスタッフに尋ねると、この日の主役である55歳の「さあ、始めようか」のひと声で8時45分には練習が始まっていたのだという。声の主は、日本フットボールリーグ(JFL)「鈴鹿ポイントゲッターズ」に所属するカズこと、三浦知良である。JFLはアマチュアクラブが参加できる最上位のリーグであり、JリーグはJFLを4部リーグ相当として位置付けているという。いま、55歳のカズはここにいる。

「横浜FC」から期限付きで鈴鹿へ移籍したカズは、今季18試合に出場して2得点を記録。2023年1月に契約が満了する。リーグの最年長出場記録を55歳267日に更新した2022年、チームは16クラブ中9位でシーズンを終えた。

サッカーはJもJFLも同じ。レベルは違うけれど、1点や1勝の重みはどこにいても変わりません。この1年鈴鹿で経験したことは、これからのサッカー人生のために必ず役に立つと思います」と、カズは振り返った。

ところで、シーズンオフの12月8日、ワールドカップ・カタール大会で盛り上がる日本に驚きのニュースが駆け巡った。ポルトガル2部「オリベイレンセ」からカズがオファーを受けたというのだ。実現すれば、ブラジル、イタリア、クロアチア、オーストラリアにつづく、5カ国目の海外移籍となる。

「試合に出たいという気持ちで横浜FCから鈴鹿に移籍しましたから、オリベイレンセの監督にも試合に出ることを第一に考えたいと伝えました」

現地視察を済ませた12月10日の帰国時の記者会見では、「オファーに対してクリスマスまでに返答する」と語っていたが、自主トレ最終日前日となるこの日は慎重な姿勢を示した。

「向こうで戦える体と精神を確認している段階で、正直まだ難しいかなという状態です。現地に行ってから別メニューというわけにはいかないですから。日本国内であれば、様子を見ながら参加することもできるんですけど、もしポルトガルに行くことになったら、リーグ期間中の合流ということもあって、最初からMAXで入っていかなきゃいけなくなる。そうなると、今の膝や足首の状態はちょっと不安です。これなら大丈夫、っていうところまでもっていきたい。そのあたりの見極めですね」

現在、カズにはJリーグのチーム、そして現在所属する鈴鹿からもオファーが届いている。ポルトガルからのオファーは、自身の保有権をもつ横浜FCに紐づいたものであることをカズは隠さない。クラブ側はカズの経験も評価。プロとしての姿勢を若手に示してほしいという意向もあるようだ。

「将来的には、日本の若い選手をポルトガルに送ったり、あるいは向こうの選手を連れてきたりすることもあるかもしれません。でも、自分が試合に出ることが最優先。どうすれば役に立てるか、自分が何をしたいか、どういうプレイをしたいのか、どのチームでやるのがベストか、改めて考えているところです。そんなこともあってまだ決めかねていますね」

Maciej Kucia

実年齢を確認できる場面も

カズが「J-GREEN堺」にいる理由は、12月12日から23日の期間、プロ38年目のシーズンに向けての自主トレを行うためだ。鈴鹿のチームメイトなど、現役選手が参加している。当然、カズが最年長だ。専属トレーナーが練習メニューを考案し、クロアチアのリーグに所属した当時から20年以上にわたってカズの体をケアしつづけてきたトレーナーの竹内章高も帯同する。移籍先こそまだ固まっていないが、チーム一丸となって、56歳で2023年シーズンを迎えるカズをサポートしている。

「技術の向上を目的とした、ボールを使ったトレーニングが中心です。サッカーの動きを常に意識しながら技術を向上させていく練習をずっとやっていて、4km、5km走などの有酸素運動を取り入れながら基礎体力を整えていく。シーズンに入っても継続してやらなきゃいけないメニューです」

朝、記者がグラウンドに着いたときは、カズは3人の練習パートナーとともに10m四方の四角形をつくって、ボール回しの真っ最中だった。各自がパスをダイレクトにさばき、ポジションを入れ替える。見学しているこちらが混乱してしまうほど、テンポが速い。1分ほどのメニューを数セットつづけると、トレーナーの声を合図に30秒ほど休む。その間もカズはストレッチに余念がない。このメニューが10セットほどつづいただろうか。次は、ダイレクトパスをつなぐ攻撃陣、それをチェイスする守備陣に分かれての練習だ。失礼ながら55歳用、つまりカズ専用メニューや、オフならではの流したようなトレーニングをイメージしていた記者の予想は見事に外れた。20代が中心のメンバーのためのメニューと言ってもいいほどの強度であり、カズに合わせたメニューでないことは一目瞭然だ。それでもカズは、練習の輪から外れるようなことはない。すべてのメニューを若い選手とともに淡々とこなす。ダンベルを担いでの屈伸、ジャンプ、ダッシュ、ストップ&ターン、ダッシュ、ノートラップシュート2本、ダッシュ、腹筋、というサーキットトレーニングも全力である。ほとんどの選手が最後の腹筋を流しているが、カズは手を抜かない。この日、取材に来ていた〝カズ番〟によると、全力のカズは日常なのだそうだ。

「それが基本なんで。大変ですけど、みんなと競うことで自信につながります。でも大変ですよ、やっぱり。20代、30代の人とやるわけですからね。こうやって試合に向けて準備する期間、そしてみんなと一緒に試合に出て戦う時間、そのすべてに対する思いが本当に深くなってきています。素晴らしい時間ですよね。かけがえのない、何ものにも代えられない瞬間です。歳を重ねるほど、思いが強くなりますね。もっと言えば、蹴るボールに対する思い入れも違ってきています」

カズというサッカー選手は、もともと身体能力に恵まれたタイプではない。年齢の積み重ねとともにスピードは衰えている。ポルトガルでの移籍交渉の席でも「30km/hのスピードでは走れません」と伝えているという。とはいえ、ボールを扱うテクニックは健在であり、ポジショニングなどの巧みな読みで勝負するのが現在のプレイスタイルだ。それでもカズは、若手と同じメニューで走りきることをノルマとして自らに課し、トレーニングに励んでいる。

実年齢を確認できる場面もあった。ペナルティエリア外からシュートを打ち込む場面、音も含めた威力は若手選手のそれが明らかに勝った。ターンやダッシュなどの俊敏性も同じくだ。そんなこともあって、専用メニューがあると思っていたことを正直に告げると、カズは不機嫌さを隠さなかった(ように見えた)。記者は思わず目を逸らす。目の前のカズを直視できない。

「そう思うわけですよ、みんな。でも、別メニューでやることってあまりないから。どうなんですかねえ。じっさい本当にやっているということを見ないとわからないと思うんですよね。みんなと毎日練習していると言っても信じられないみたいな。あなたも僕は別メニューでやると思っていたんでしょ?」

何気ないひと言だったが、ここまで真剣にサッカーに取り組むこの人にかけていい言葉ではなかった。それを詫びた。

「もう辞めてくれ」という批判的な声

午前練習を終えた選手たちはピッチサイドに隣接するロッカールームに引き上げると、忙しなくシャワーを浴び、着替えを済ませてランチに向かう。午後練習までのこの休憩枠には昼寝も含まれるそうだ。だが、室内を漂うサンタ・マリア・ノヴェッラの香りはこの日の主役がまだそこにいることを知らせてくれる。体のメンテナンスに過剰なまでにストイックであることはよく知られているが、ガウンをまとったカズは、午後練習に向けて両足首、左膝をアイシングしている真っ最中だった。

アイシングを終えてシャワーを浴びたカズが戻ってくる。ガウン越しにも尻まわりの筋肉が異様に盛り上がっているのがよくわかる。着替え時に目にした上半身の美しさには思わず息を呑んだ。グラム単位で体重の増減に目を配っているというのは本当なのだろう。白髪がかなり目立つ髪をかき上げながら、本人は「もうおじいちゃんだから」と笑うが、その体躯はサッカーのための機能美と表現したくなるほどで、肌のツヤも含めて明らかに管理が行き届いている。

かつて、カズは自身の著書『カズのまま死にたい』(新潮新書)のなかで、「(2017年当時)50歳も間近でなぜ現役でいられるのか、訳を僕は知らない。そんな理由よりも意欲が尽きない。もっと自分を良くする何かがどこかにある。苦労でさえ、したい」と語っている。

11月12日に行われたホーム最終戦、カズは同点ゴールを決めた。サポーターに向けて「カズダンス」を披露し、チームメイトからも祝福を受けた。JFLの最年長得点記録を55歳259日に更新するゴールにスタジアムは大いに沸いた。テレビや新聞でも大々的に報じられるなど、メディアの露出量はもちろん、観客動員数も含めたカズ効果は計り知れない。

いっぽうで、「もう辞めてくれ」という批判的な声が少なくない。全盛期を知るファンならではの「見ちゃいられない」という感情に起因するようだ。近年もカズがゴールを決め、それがニュースになる度にネガティブな反応が巻き起こる。それらの声は、カズが現役に〝固執〟する理由を「フランスW杯代表落選を引きずって、今でも彷徨っている」と拡大解釈して結論づけるのである。全力で練習に励む本人を前にしてもなお、そういった声を全否定できないのが心苦しいばかりだ。

というのも、記者は1997年9月7日のワールドカップ・フランス大会アジア地区最終予選B組初戦のウズベキスタン戦、国立競技場のスタンドで、4得点を挙げたカズの躍動を目撃していた。ドーハの悲劇から4年、日本中の期待を一身に背負った超満員の国立競技場で、カズは自身が特別な存在であることを証明してみせた。絶対エースとして君臨していた当時30歳のカズの輝きをライブで見ているだけに、大きなお世話であることを承知のうえで、「もう辞めてくれ」というファンの気持ちを否定しきれないのである。「なぜサッカーをつづけるのか」、そして、いまだにつきまとう「W杯代表落選を引きずって~」という声をどう受け止めているのか、その答えを本人の口からどうしても聞きたい。意を決して、尋ねてみる。

「選手に向けられた厳しさを批判と呼ぶならば、批判はあったほうがいい。その声にさらされるほど、自分がプロフェッショナルであることを実感できます。フランス大会前のあの代表落ちはもちろんショックだったし、たまに思い出すことはあるけれど、さすがにその気持ちだけでここまではつづけられないですよ。もう25年も前のことですからね(笑)。そもそもプロの世界は、受け入れてくれるクラブがなければ、プロとして選手をつづけられないんでね。去年横浜FCから鈴鹿に、つまりJリーグからJFLに戦う場所を移した時に、これは楽な道ではないと思っていました。Jリーグ以上に大変なことがあると思っていたし、実際その通りでしたから。選手をつづける、ただサッカーをやるんじゃなくて、そこで成功したいっていう気持ちで鈴鹿に移籍しました。チームでサッカー選手としての価値を上げたいし、そこで成功したいっていう気持ちもある。そういうものがあるからこそ戦いたいと思うわけです。もちろん戦いたいという気持ちだけではダメで、フィジカルが伴ってこそ。自主トレ11日目で疲れていますから、午後の練習をキャンセルすることもできるけれど、そこでキャンセルしたらシーズンを戦い抜けないだろうなと思うんです。だからこういうきつい練習をやるし、今日1日を乗り越えたらまた次の1日がある、という気持ちでやっています。その積み重ねですよね。あとは本当にピッチで役に立ちたいっていうか、どうすれば役に立てるかっていうだけで。サッカー選手をつづけていることに対しては秘密なんてないですよ。特別なことはないんです」

やっぱりそうだ。この人の発言は、そのスタンスは、ずっと変わっていない。不要論が吹き荒れた、代表落ちの辛酸を嘗めたあの1998年にあっても、いや正確にはその遥か昔からカズは何も変わっていないのだ。聞いたことがある、わかっていた〝答え〟ではあったが、プロサッカー選手をつづける理由がやけに腑に落ちた。心も体も、流れる血のすべてがサッカーなのだろう。彼がどのように生きているのか、その真ん中に少しだけ触れられたような気がした。

カズがサッカー選手をつづけるモチベーション

さて、いまのカズにとっての成功とは何を意味するのだろうか。

「成功というのはチームが目標を達成することですが、22年は前年より成績が悪かった。僕自身は横浜FCの時より試合に出られましたし、いい部分もありましたけど、自分が納得いく、みんなが納得いくプレイができた時もあれば、できない時もあったと思います。結果は仕方がない。自分ではコントロールの利かないことなので。むしろ、そこに向けていい準備ができていたか、毎日ちゃんと戦う心の準備、体の準備をして試合に挑んだか、毎日情熱を持って練習できたか、そういったことをシーズンが終わった時に考えますね。成功したかどうかっていうのは、成績だけでいったら成功していないかもしれないけれど、鈴鹿の町の人に喜んでもらえたり、お客さんがたくさん集まったり、チームメイトと仲良くなってサッカーの仲間が増えたことだったり、そういうことも成功なんです。シーズンが終わった時に充実感はありましたよ。それもひとつの成功でしょう。そもそも、成功したい意欲がないとダメですけどね」

カズはサッカー選手をつづけるモチベーションとして「もっと上手くなりたい」という言葉をよく口にする。

「上手くなりたいっていう思いは、若い時よりも今のほうが強いかもしれません。俺はまだこんなことができるんだとか、俺も気の利いたプレイができるようになったんだとか、思うこともあります。でも下手くそだと思う時のほうが多いですよ(笑)」

午後練習でもカズは全力だった。誰よりも真剣にすべてのメニューをこなしていく。シュート練習ではミドルレンジから強烈な1発を叩き込んだ。まわりの選手やトレーナーから歓声が上がると、カズはなんともうれしそうな表情を浮かべ、唇をペロッと舐めた。あぁ、そういえばこの人はこういう顔をするんだった、と思い出し、見学しているだけの記者はなんだか自分のことのようにうれしい気持ちになった。こうなるともう、仕事を忘れたただのサッカー少年である。

サーキットトレーニング、シュート練習を全力でこなし、最後の4km走をもって、この日のメニューがすべて終了した。憧れのスターを前にした緊張もあって、拙いインタビューになってしまったことを悔いていた記者のほうにカズが歩いてくるのがわかった。ベンチ前で鼓動が高鳴る。はじめての2人きりの時間である。その目が「何か聞くことがあるんじゃないの?」と気遣ってくれているように感じた。記者は腹を括った。苦しそうに練習しているカズの表情を狙うようにカメラマンに指示していたこと、ところが上がりをチェックしてみると笑顔の写真ばかりだったことを告げると、カズは「そうでしょ」と笑った。千両役者の笑顔、その破壊力たるや、である。緊張が解けた記者が取材の礼を伝えると、手を差し出したカズは「ありがとう、お疲れさま」と握手で返してくれた。たった1日の密着ですべてをわかった気になっちゃいけない。そうはわかっていても、キングカズはやっぱり素敵だ。

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Maciej Kucia
三浦知良

プロサッカー選手

1967(昭和42)年生まれ、静岡県出身。15歳でブラジルへサッカー留学。同地の名門クラブ『サントスFC』と最初のプロ契約を結び頭角を現す。帰国後は、Jリーグ・ヴェルディ川崎で活躍し、1993年には初代MVPを獲得。日本代表では55ゴールを記録した。イタリア、クロアチア、オーストラリアでもプレイするなど海外経験も豊富。2023年2月現在は、ポルトガル2部のUDオリヴェイレンセに所属する。

PHOTOGRAPHS BY MACIEJ KUCIA @ AVGVST
STYLED BY DAISUKE ISHII
HAIR STYLED & MAKE-UP
BY KAZUNORI MIYASAKA @ ModÅfs Hair
WORDS BY AKIRA KAMIYA @ GQ


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