印象的だった開会式
東京オリンピックの余韻が残る間に、その思い出をかき消そうとするかのように始まった北京オリンピック。開会式が始まった瞬間、敗北感を覚えた日本人は多かったことでしょう。利権や忖度やキャンセル・カルチャーにまみれ、“多様性”というワードを建前にバラバラな印象を与えた東京オリンピックの開会式。
それに比べて、チャン・イーモウ監督が演出した北京の開会式は国家の威信と中国の壮大さが最大限に発揮された美しい絵巻でした。
二十四節気や干支といった中国古来の文化をテーマに、大自然や、冬季オリンピックを表現する氷の演出を絡めていて、統一感がありました。さすが中国、群舞の動きも一糸乱れず統率が取れていました。
映り込む中国の人々は皆、笑顔をキープしていたのも印象的でした。鳩のオブジェを持って歌い踊る子どもたちも愛らしく、中国では子どもが21時をすぎても働けるというのにも日本との違いを感じました。
開会式で気になったのは、東京オリンピック開会式の時から“キャラ変”したかのようなバッハ会長の姿です。寒いのにマスクも外し、メガネまで取って笑顔を浮かべてスピーチしながらもみ手まで……。
日本での塩対応とあまりにも違いすぎ、IOCにとって中国がいかに大切なのかが伝わりました。背後に国旗を持って立っていた青年たちはずっと笑顔を作っていましたが、笑顔が消えがちな青年がいて、彼のその後の処遇が少し心配になりました。
選手入場シーンでは、各国のユニフォームの着こなしも様々で、多様性を感じることができました。ダウン2枚重ねで暖かそうなカナダや、ニットキャッブがおしゃれなフィンランドなど、寒い国は防寒もしっかりしています。海底火山の噴火と津波で北京オリンピックに参加できなかったトンガの選手の思いを引き継いで、マイナス2度の中、半裸で登場したアメリカ領サモアの選手の勇姿が感動的でした。
オリンピックが開幕し、スポーツには不勉強ながらも、日本の選手たちの活躍にはドラマを感じました。逆境からのリベンジに感動させられたシーンが多かったです。
フィギュアスケートのショートプログラムの競技中、穴にハマって4回転サルコーが1回転になるというハプニングに見舞われた羽生結弦選手。しかしその後は心の乱れを感じさせない流麗なパフォーマンスを見せていました。8位からのスタートだったのがフリーでは4位まで躍進。回転不足ながらも4回転半は史上初めて認定されました。試合後、荒川静香氏がインタビューに行ったさい、涙をこらえてしばらく壁の方を向いていた姿は、世界を“感動”と“涙”と“萌え”で包んだことでしょう。
スノーボード・ハーフパイプに出場した平野歩夢選手は、2回目のランで、「トリプルコーク1440」をはじめ、高難易度の技を次々成功させたのに、なぜか得点が伸びず、ジャッジの判断に疑問がわき起こりました。2位につけたものの、その悔しさをばねに、3回目でさらに「トリプルコーク1440」などを次々成功させて,文句なしの金メダルに。アスリートの精神力の強さに驚かされます。
短い競技時間の間に4年間の思いやドラマが凝縮されていて、観終わった後もしばらく感動の余韻に包まれるオリンピック。また、見ていてこれはドラマ化、漫画化されるのでは? と、可能性を感じたのは、フィギュアスケート団体のペアフリーで2位になった三浦璃来選手、木原龍一選手の“りくりゅうペア”です。
よほどの信頼関係がないとできないような、男性が女性を投げて回転させたり、股の下をくぐってジャンプしたところを抱き上げたり、といった異次元のアクロバティックパフォーマンスを披露。合わせるところはすべての動きがシンクロしていて、相性の良さが伝わってきます。リンクに行く前にも手を繋いでいたり、競技のあと抱き合ったり、氷がとけそうなほどの仲の良さに胸が熱くなりました。ふたりはガチなのか、つい下世話な疑問を抱いてしまいSNSを見たら、りくがりゅうに、好きな香りの香水をプレゼントしたという書き込みが。密着して滑るので、自分の好きな香りをまとってほしいという乙女心でしょう。
とはいえ普通の男女ならお姫様抱っこ止まりなところを、彼らは女性を投げて回転させて抱きとめるというツイストリフトまでやってのけています。一般人の男女の恋愛という次元を超えた、アスリート同士の至高の関係性を見守っていきたいです。
予想以上に“エモーショナル”だった北京オリンピックに、厳しい寒さを少し忘れられました。
文・辛酸なめ子 写真・Getty Images