GQ MEN OF THE YEAR 2020

モデルにも俳優にもチャレンジ──風にそよぐ、考える・したたかな葦、田中みな実

2019年12月に発売された写真集が記録的なヒットとなり、俳優としての活躍も顕著だった2020年、田中みな実は大きく羽ばたいた。新しい分野にチャレンジし続け、自己更新する彼女に、男たちは注目せざるを得ない。GQ MEN OF THE YEAR 2020の「ブレイクスルー・ウーマン・オブ・ザ・イヤー」を受賞した田中みな実へのスペシャルインタビュー。
田中みな実

Tシャツ ¥85,000、パンツ ¥220,000〈ともにDIOR/クリスチャン ディオール〉

私には肩書きはありません

職業を尋ねると、田中みな実は「タレント、かな? じぶんの肩書がわからなくて、いまのところ肩書はなしですね」と笑った。「肩書はなしですね」と、冗談めかして言っていたけれど、そこには「肩書になんの意味があるの?」という反問が秘されていた、と見るべきだろう。TBSテレビのアナウンサーという「肩書」を脱ぎ捨ててフリーアナウンサーになったけれど、こんどは「アナウンサー」という肩書をもサラリとふるい落としたのが、田中みな実の2020年だった。肩書なしのひとりの女としての裸像を記録したかのような写真集、『Sincerely yours…』(2019年12月発売)が60万部を超える大ヒットとなり、テレビ朝日とABEMA TVの共同制作ドラマ「M 愛すべき人がいて」では職業俳優も顔負けの、鬼気迫る演技を披露した。

アナウンサー、モデル、俳優など、活躍の場がひろがり、田中みな実を職業によって定義することはもはや不可能になった観がある。かくして、田中みな実は、先導者もいなければ道路標識もない荒野を歩んでいる。田中みな実はいかにして「田中みな実」になったのか。

──アナウンサー、俳優、モデルと、活躍の場をどんどんひろげていますが、歌うとか楽器を演奏するとか、音楽もおできになるのでは?

田中 幼いころにピアノとバイオリンとクラリネットを習っていたのですが、2つ年上の姉と一緒にレッスンに行くと姉の音楽の才能に先生たちがみな感嘆し、私は添え物のように扱われるのに嫌気がさして、音楽はそうそうにあきらめました。代わりに運動をがんばろうと、中学と高校の6年間は器械体操部の活動に打ち込みました。イギリスに住んでいたころはミュージカル演劇にふれる機会が多く、学校でも必ず楽器を習わされるから、音楽はとても身近にあったのですが、いまは音楽への興味はまったくで……。

──イギリスに住んでいたのはおいくつぐらいのときからですか?

田中 小学1年から4年生の途中、5年生になる前ぐらいまで、ロンドン郊外のサリー州に住んでいました。そこからサンフランシスコへ移り、6年生の2学期ごろ、日本に戻ってきました。中高の6年間は千代田区の大妻という女子校に通いました。英語を活かせる仕事に就きたくて青山学院大学を受験。青学は英米文学科が強いと聞いていたので。

──そのころは、どんな仕事に就こう、と思っていたんですか。

田中 空の仕事に興味があってCAを考えました。ところが、国際線の場合、ある程度の身長が必須であると知り、すぐにあきらめることに。それからは、通訳や翻訳の仕事に興味を持ちました。入学当初はアナウンサーなどという選択肢は思い浮かびもしませんでしたが、当時、青学にはアナウンサーを志す者が割合多くて、そのためのスクールがあることを先輩づてで知ったのです。試しに週に一度、アナウンススクールに通うようになり、そのうちに目的意識が芽生えて本格的にアナウンサーを目指したいと思うようになりました。

──そこで、どんなことを学びましたか?

田中 小6で帰国したときには、日本語での会話は何不自由なくできたのですが、漢字の読み書きやカタカナがとにかく苦手で。中学高校の6年間で、随分キャッチアップできたものの、大学生のときにアナウンススクールで〝正しい日本語〟とされるものに初めて触れ、日本語の奥深さや面白さに気付かされました。

──そうですか。まるで外国人のような感覚で日本語に接したわけですね。そうして、正しい日本語の運用を使命とするアナウンサーになられた。とはいえ、挫折した経験とか、あったりしましたか。

田中 新人研修では厳しく指導をしていただき、完全に打ちのめされました(笑)。何をしゃべっても注意されるんじゃないかと、言葉が出てこなくなったこともあったりして。私はいままで何語をしゃべっていたんだろうと、本当に自信がなくなりました。

──それは大変でしたね。でも、それを乗り越えられた。ご自身について負けず嫌いな性格だ、とおっしゃっていますが、乗り越えられたのも負けず嫌いだったから、ですか。

田中 乗り越えなければ、〝アナウンサー〟と名乗って画面に出ることは許されませんからね。それにかんしていえば当然のことなんですけど。仕事をしていて常日頃から意識するのは、期待に応えられたかどうか。私をキャスティングしてくれた人たちの期待を裏切りたくない。褒められたいわけじゃなく、裏切りたくないんです。たとえば、肌の露出がある撮影だと分かっていれば、そのためにできうる準備はなんだってします。体をつくり、最高の状態で臨むのは、私の仕事の一部だから。

ニットタンクトップ ¥51,000(参考価格)、パンツ ¥81,000〈ともにDSQUARED/ディースクエアード東京〉  時計 ¥300,000〈GRAND SEIKO/セイコーウオッチお客様相談室〉

Maciej Kucia

フリーになって知ったこと

──そして、2014年にはTBSテレビを退社して独立しました。

田中 〝アナウンサー〟としての活躍の場を求めてフリーランスになりました。どこまでできるか勝負したかったんです。退社したばかりのころは、それ以外の仕事を自ら排除していましたね。でも、そうやって頑なになるのをやめたら、真新しい景色が見えてきました。新しいことへの挑戦は緊張の連続で、吐きそうになるほど追い込まれたり、眠れない日が続きましたが、都度、発見があって、ちょっとだけわくわくもして。そういう気持ちの高ぶりみたいなものを感じられる今の仕事の仕方がすごく好きだし、とても充実しています。

──昨年12月には、『Sincerely yours…』という写真集を出しましたが、はじめはどのような気持ちで挑みましたか。

田中 できないと思いました。どこに需要があるのか分からなかったし、売れなかったら出版社さんに迷惑がかかる。私だって困ります。やりたくなかったです。

──とはいえ、発売前に10万部の重版が決まり、結局、60万部を超えましたね。

田中 ありがたいことだとは思うのですが、部数を聞いても、いつもあまりピンとこないんです(笑)。それよりも、各地での写真集のお渡し会に、たくさんの方が集まってくださったことが感慨深くて。なんだか夢みたいでした。応援してくださる方々を目の当りにしたら、もっとがんばらないとって、仕事に対する姿勢が変わった気がします。

──写真集がこれほど支持されたのはなぜだと思いますか。

田中 『Sincerely yours…』という写真作品そのものが評価されてのことだと思います。そこに存在する私は、あくまでカメラマンの被写体であり、ヘアメイク、スタイリストさんの作品でもあると思うんですよね。つまり、この写真集は〝田中みな実のもの〟ではなく、それぞれのプロフェッショナルの集合体がつくりあげた最高傑作で、そこを評価していただけたのかな、と。2020年の私の英雄をひとりあげるとすれば、カメラマンの伊藤彰紀(いとう・あきのり)さんでしょうか。伊藤さんが撮ってくれる写真のじぶんにはすごく自信を持てる。身長が低くて、見栄えがするほうじゃないんです。でも、彼が撮ってくれる写真の中の私は輝いていて、被写体としての役割を全うできている気になれるんです。

初心者ドライバーも熟練ドライバーも同じ

ジャケット ¥290,000、スカート ¥138,000〈ともにNINA RICCI/IZA〉  リング ¥74,000〈Tiffany & Co./ティファニー・アンド・カンパニー・ジャパン・インク〉  ジャケットの中に着たインナー 私物

──俳優としての話題にうつりますが、テレビ朝日とABEMA TVの共同制作ドラマ「M 愛すべき人がいて」での〝怪演〟が評判を呼びました。

田中 私にかんしては、鈴木おさむさんの脚本のおかげで話題になったようなものです。演じたのが私でなくても話題になったと思うし、私の演技はまだまだ〝芝居 〟にはなっていないと自覚しています。でも、少しでも楽しんでいただけたならよかったです。芝居は手探りで、やりきった達成感みたいなものは一度も味わったことがありません。とにかくついていくのが必死で、〝田中みな実〟という異物が作品を壊さないよう必死です。

──子どものころから訓練を受けている俳優もいるなかに入っていったわけですが、どんな心境でしたか。

田中 こわかったです。でも、やるしかなかった。路上を走行するクルマも、免許を取得したての初心者と熟練ドライバーが一緒になって走っているわけで。路上に出たからには、「初心者なんです」という甘えは通用しない。同じようにドラマの現場でも、ただ突っ立っているわけにはいかないんですよね。みんなと同じようにスイスイ運転しなければならない。他のドライバーに迷惑をかけないように、初心者マークをつけていてもそれを感じさせないような運転をしなければ。そんな気持ちで現場に臨んでいました。分からないことは素直に分からないと教えを乞うのは構わないと思うけど、初めてだから、経験が少ないからとか、そんなことをできない言い訳にしたくないんです。

──いま、振り返ると、2020年は田中さんにとってどんな年でしたか。

田中 変化の年になりました。仕事で求められるものが徐々に変わり、プライベートでも必ずしも結婚がゴールではないのかもしれない、と感じるようになったり、マインド的な変化も訪れました。

──これからのことについて、こうしたいとか、ああしたいという、何かはありますか。

田中 じぶんにはこれが向いている、こうありたい、こうでなければならない、などのあらゆる思い込みみたいなものを取り払ったときに、たくさんの可能性が見えてきたんですよね。じぶんが向いていると思い込んでいたものとほかの人が客観的に見て向いていると判断したものにズレがあったとしたら、いまは第三者の声に耳を傾けたい。素直に受け入れられる柔軟性があれば、もっともっと道が開けていくような気がして。といっても、ただ流されていては、いずれじぶんを見失ってしまうから、流れに身を任せながらもブレない軸は大切にしたいです。

──それにしても、この1、2年、ちょっと忙しすぎたりがんばりすぎたりした、とは思いませんか。

田中 いえ。じぶんがやると決めたことは全力でやりきりたいんです。中途半端はイヤ。だから、納得できない仕事はお断りすることもあります。やるべきことに注力するために。がんばれるうちにがんばりたい、120%の力で。

田中みな実の本領の一端が見えただろうか。まるで手の中に入りそうなほど可憐な、風にそよぐ葦のように、風になびく。しかし、その葦は考える葦だ。そして、それゆえ、したたかな葦なのだ。先導者もいなければ、道路標識もない荒野を歩む男たちにとって、ロール・モデルとなるのは男ばかりであるとはかぎらない

ジャケット ¥290,000、スカート ¥138,000〈ともにNINA RICCI/IZA〉  リング ¥74,000〈Tiffany & Co./ティファニー・アンド・カンパニー・ジャパン・インク〉  ジャケットの中に着たインナー 私物

Maciej Kucia
田中みな実

タレント、女優

1986年生まれ。青山学院大学卒業後、2009年にTBSテレビ入社。2014年にフリーアナウンサーとして独立。テレビ出演にとどまらず、女性ファッション誌のモデルやTVドラマに出演するなど活躍の舞台を広げている。

Photos マチェイ・クーチャ Maciej Kucia@AVGVST / Styling 西野メンコ Menko Nishino
Hair&Make-up AYA@LA DONNA / Words サトータケシ Takeshi Sato