すごいぞ、ホンダ!──新型WR-V試乗記

ホンダの新しいコンパクトSUV「WR-V」に、ひと足はやく今尾直樹が試乗した。想像以上に完成度の高かった最新モデルに迫る。
すごいぞ、ホンダ!──新型WRV試乗記

税抜き価格200万円以下

シンプルさに徹した清々しいベーシックSUV。

ひとことでまとめると、ホンダの新型WR-V(ダブリューアールブイ)を試乗しての筆者の感想はこうなる。WR-Vはタイで開発され、インドで生産されている小型SUVで、師走21日に来年3月22日の国内での発売が正式に発表された。「ZR-V」、「ヴェゼル」からなるホンダの国内SUVのエントリーモデルとして位置付けられている。

ボディーカラーはイルミナスレッド・メタリック。

パワートレインは1.5リッター直4DOHCとCVT。駆動方式もFWD。という潔さで、ハイブリッドのe:HEVもなければ4WDもない。アイドリングストップもない。シンプルさに徹した狙いは価格である。安いのである。安い。この物価高の時代にあって、なんと清々しい響きであることか。WR-VにはX、Z、Z+と3種類のタイプがあって、Xは209万8800円。真ん中のZは234万9600円。最上級のZ+でも248万9300円と、250万円を切る。

ほぼ同サイズのヴェゼルは239万9100〜341万8800円。ヴェゼルの最廉価版はWR-Vと基本的には同じ1.5リッター直4で、なのに価格はWR-Vのほうが30万円安い。ヴェゼルの販売の中心はe:HEVで、そのe:HEVは277万8600円から始まる。緻密なマーケティングにより、WR-Vはホンダにとって空白だったヴェゼルの下の200万円〜250万円クラスを狙って開発されている。

ZとZ+はアルミホイールを履く。

Xはホイールキャップとなる。

ちなみにインドでは「エレベート」という名前で、車両価格は109万9900ルピーから159万9900ルピーまで。1ルピー=1.71円で計算すると約188万円〜274万円となる。ゲゲッ。インドの最上級モデルより日本のほうが安い!! というビックリ価格。しかもインドは税抜き表示だけれど、日本は消費税10%込みだ。すごいぞ、ホンダ!

シンプルなデザインのインパネまわり。オートエアコンは標準だ。

品質についても、ホンダは自信を持っている。インド工場はホンダのなかでも最新鋭で、鈴鹿工場から応援部隊が派遣されてもいる。筆者は11月に東京四谷のスタジオで開かれた事前説明会で拝見したとき、なんて安っぽいんだ……と、思ったけれど、今回、春のような陽気に恵まれた12 月の某日、室内灯の下ではなくて太陽の自然光のもと、栃木のホンダのプルービンググラウンドで再会してみたら、展示車は四谷のときとおなじ個体だというのに、あれはまぼろしだったのか……と、思うほど、ちゃんとできている、と、感じた。とりわけ試乗後の印象は大きく変わっていた。みずからの不明を恥いるばかり……。

安っぽくない

WR-Vはいわば、冷蔵庫の残りものでつくった、五目炒飯みたいなクルマである。新しい素材はなんにもない。タイ開発だからココナッツミルクが入っているとか、インド生産だからスパイスが効いている、というようなことはないのである。いつもの手慣れた料理を、残りものを熟知している料理人が、パパッと仕上げた。だから、美味しい。

プラットフォームは、これまたタイで開発した4ドアセダンの「シティ」をベースにしている。ホイールベースは2650mmで、シティの2600mm、ヴェゼルの2610mmよりも長い。狙いは直進安定性と乗り心地を確保するためであり、後席居住空間と荷室の広さはヴェゼルを上まわる。価格はヴェゼルより安いのに!

駆動方式は前輪駆動のみ。

1.5リッター直列4気筒ガソリンエンジンのみの設定。ハイブリッドの追加は予定していないとのこと。

安いからダイナミック性能は期待できない。と、思ってプルービンググラウンドで走ってみたら、これがとてもよくできている。ボディ剛性が高くて、サスペンションはストローク感があって、しなやかに動く。ぜんぜん安っぽくない。1.5リッター直4はまわせばそれなりに活発な音量を発する。ピュア内燃機関だから当然だ。フル加速時、CVTはヴウウウンッ、ヴウウウウンンッ、と、エンジン回転にステップをつけて、ギヤ付きのオートマチックのような感覚をドライバーに提供してくれる。CVTだけれど、回転だけ上がって、それから速度が上がる。という特有の悪癖、違和感を消すためで、こちらの制御もよい。

トランスミッションはCVT。

手引き式サイドブレーキを採用。電動パーキングブレーキの設定はない。

安くて、さほど速くはないものの、うまい町中華のチャーハンぐらいうまい。真実味を出すために数字で示すと、たとえばホイールのサイズは、Xタイプは16インチ、Zタイプ以上は17インチ。試乗車のZは、インド製のブリヂストン「トランザ」を履いていて、こちらのサイズは215/55R17と、最近のクルマとしては控えめだ。ヴェゼルだと、エントリーモデルは16インチながら、販売の中心は18インチを装着している。WR-Vの場合はインドで入手しやすいタイヤサイズから選んだことが乗り心地の好印象要因にもなっている。

上級グレードのステアリングは本革巻き。

大型のインフォメーションディスプレイ付きのメーター。

調和のポイント

試乗後、開発者の懇談会で、ハンドリングと乗り心地のバランスについて、お尋ねしたところ、担当されたエンジニアの方はこうお答えになった。

「特別な技術は使っていません。フィット、シティ、ヴェゼルでセッティング・ノウハウは蓄積している。その4代目ということで、反省点とかも入れてやっていますので、そういうところも出たかと思います」

写真のボディカラーはメテオロイドグレー・メタリック。

料理人の経験と反省が生かされているのだ。インドの道って、悪くないですか? 10年ほど前に筆者が旅行したときの印象で水を向けると、こんな回答だった。

「私も数カ月前に行ってテストさせてもらいましたけど、やっぱり乗り心地にストローク系は求められます。それと、意外とスピード出すものなので、欧州のイメージに近い。ブラインドコーナーで牛が寝ていたりするので、切り返しだとかも必要になる。意外とハンドリングも大切です。そういった意味で、WR-V、エレベートはホイールベースも2650mmと長く設定してあるところがある。それで安定性を確保し、あとはサスペンションの煮詰めでストローク感だとかうまく調和できたと思っています」

ドライバーの運転支援機能である「Honda SENSING」も搭載。衝突軽減ブレーキ(CMBS)などを含む。

ディーラーオプションで、車両の周囲が真上から見たように確認できるバックカメラ機能も用意。

具体的なポイントは3つある。ひとつは、最近のセンタータンクではなく、通常のリヤタンクレイアウトを採用していること。リヤに燃料タンクを配置しているから前後重量配分はシティ、フィット、ヴェゼルに較べて優れている。

ふたつ目は、シティのプラットフォームをフロント側は使っており、それをSUVとして成立させるために嵩上げしている。これがフロントサスペンションのキングピン角を立てることにつながり、ホイールベースが長いわりには回頭性がよい結果を得た。

上級グレードのシート地は、人工皮革とファブリックの組み合わせだ。

リヤシートはセンターアームレスト付き。

リヤ用のエアコンダクトも備わる。

3つ目はリヤサスペンションで、こちらは「BR-V」(インドネシアで販売している3列シートのMVP)のトーションビームを使って、コンプライアンスの動く位置関係を調整することで、ホイール・センターの軌跡がうまく円を描くことができ、後席の乗り心地もいい感じに仕上がったという。

WR-Vの開発責任者の金子宗嗣(むねつぐ)氏によると、タイにある開発拠点のホンダR&D アジア・パシフィックは9割が現地のひとたちで、日本人は1割に過ぎない。それで、たとえばデザインの好みとか傾向が異なるということはないのだろうか?

クラストップレベルのラゲッジは、通常時容量458リッター。

床下には小物入れも用意。

リヤシートは4:6の分割可倒式。

「今回、メインのデザイナーはタイ人なんですが、インドと日本で売るんだけど、ということを前提に、私が伝えたいイメージ、たとえば、しっかり踏ん張って、ボディが厚くて、見るからにSUVらしい四角いもの、といったらこれが出てきているんで、あんまり違和感はないんですね」

クルマのセッティングも、メインはタイのひとたちがおこなったそうで、う〜む、なんとうまい五目炒飯をつくる料理人であることか……と、筆者は唸ったのだった。

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文・今尾直樹 写真・安井宏充(Weekend.) 編集・稲垣邦康(GQ)