何かを見据える少女の絵、奈良美智の《Midnight Tears》──今月のアートを深掘り

美術ジャーナリストの鈴木芳雄が、注目の作品を深掘りする連載。今回は、青森県立美術館で開催中の「奈良美智:The Beginning Place ここから」から、奈良が大学1年の時に描いた油絵にフィーチャーする。

《Midnight Tears》(2023) アクリル絵具・キャンバス、240.5×220cm Photo: Courtesy of Yoshitomo Nara作家蔵

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あるとき、パリでの展覧会のオープニングを終えた奈良美智と空港まで同行し、そこから奈良はミュンヘン、僕はヴェネツィアに向かう飛行機を待っていた。どんな話の流れだったか覚えていないのだが、奈良が唐突に「世界の中心はニューヨークじゃないよね」と言ったことを覚えている。

それから20年以上経ちこの言葉は重さを増してくる。故郷で開催中の展覧会「奈良美智:The Beginning Place ここから」では初期の作品から最新作までが披露されているが、最も古いのは愛知県立芸大1年生、1979年に描いた油絵だ。松本竣介らの影響を受けているように見えるその絵は奈良が廃棄したものを後輩の画家、杉戸洋が大切に保管していたというエピソードも残る。

また、奈良が青森県弘前市の高校生だったときに大学生の人たちと作り、通い詰めたロック喫茶「33 1/3」の建物が再現され、資料と共に展示されている。先輩から「奈良君は絵が上手いから美術大学に行くのもいいね」と言われ、美大というものの存在を知ったという。音楽と旅を愛する奈良の当時の世界の中心はその店だったのだろう。のちに東京、愛知、デュッセルドルフに住み、各地を旅した。東日本震災以後は自分のルーツを探り北に向かうことが多い。

近年、奈良がよく描いている、正面から静かに何かを見据える少女の絵。彼女が見ているのは自身の内面なのだろうか、あるいは彼女を中心とする世界なのだろうか。

鈴木芳雄

美術ジャーナリスト。90 年代から奈良美智の作品に注目し、雑誌ブルータスやカーサブルータスで特集を組む。明治学院大学非常勤講師。

「奈良美智:The Beginning Place ここから」

青森県立美術館
会期:〜2024年2月25日(休館日:12月11日、25日〜2024年1月1日、9日、22日、2月13日)
観覧料:一般1,500円、高大生1,000円、小中学生無料

文・鈴木芳雄