安藤サクラの2023 年は、主演テレビドラマ『ブラッシュアップライフ』の放送(1月から3月まで)で始まり、その後も『怪物』、『BAD LANDS バッド・ランズ』、『ゆとりですがなにか インターナショナル』、『ゴジラ -1.0』、『屋根裏のラジャー』(声)と、出演映画の公開が続いた。彼女の女優人生のなかでも、露出の多さにおいて一、二 を争う年だったと言える。
「2021年の終わりから2022年にかけて目まぐるしく映画の撮影をしていましたから、2023は、その作品たちを振り返る期間だった気がします。こんなにたくさんの作品に入ることは、2006年にこの仕事を始めて以来なかったので、この歳になってそういう時間を過ごせたのは、すごくありがたいことだなと思います。私の場合は、何かをきっかけに『そんなに変わる?』ってくらい、180度価値観が変わることがあるんですけど、ギュッと詰まった時期を過ごしたことで、今後もまた考え方が軽やかに変わっていくのかなと思います」
この1年は、例えば、「メディアに出る」こと による自分の変化を感じたという。
「朝ドラ(『まんぷく』[2018-19])をやっていた時もそうだったのですが、メディアを通していろんな方と触れ合う頻度が高くなればなるほど、私はリラックスできるんです。自分が人に対して“珍しいもの”ではなくなるというか。メディアに出る時はきれいにしていただきますし、そうすると、盛ったら盛れるということをみなさんにわかってもらえますから(笑)、街に出る時はむしろすっぴんで、楽な状態でいられたりする。顔が人に知られているとすごく生きづらくなって、閉じこもってしまうんじゃないかと思われがちですが、私は逆で、ゼロから知ってもらう努力をする必要がなくなるから、みんなに対してフレンドリーになって、仲良くなれるような感覚が強くなるんです」
2023年最初の仕事は、2022年末から始まっていた『ブラッシュアップライフ』の撮影だった。才人・バカリズムが独創的な発想で脚本を書き下ろしたこのドラマの1話目で、安藤が演じる主人公・麻美は、トラックにはねられてあっけなく死んでしまう。バカリズム演じる死後の案内人から、次に生まれ変わるのは「オオアリクイ」だと告げられた麻美は、徳を積んでもう一度人間に生まれ変わるため、自分の人生を、改良を加えつつ何度もやり直していく。
「すごく大きなスケールでありながら、誰もドラマにはしないような、日常の細かな部分が描かれている作品です。そうした生活の細かな部分を、自分は今まですごく大切に演じてきました。また、誰も体験することがないであろうものすごくスケールの大きな、ファンタジックなことをできるのが映画やドラマであり、演じることであると思って私はこれまでやってきました。『ブラッシュアップライフ』にはその両方があるので、自分にすごくフィットする作品だなと。いろいろな職業を演じられるのも楽しかったですね」
夏帆、木南晴夏、水川あさみが演じる仲良しの同級生をはじめとして、主に女性キャラクター同士の関係性で話が進んでいくのも特徴的なドラマだ。
「共演した女優さんたちとはすごく仲良くなりました。それだけじゃなく、同じ仕事で同じように苦しみや楽しみを経験してきた仲間って、すごく大切だなと強く感じて。女優ってすごく特殊な仕事で、同じ経験をしていないと分かち合えないことがたくさんありますから」
『ブラッシュアップライフ』の撮影が終わると、6月公開の映画『怪物』の宣伝期間が始まる。『万引き家族』(2018)に続いての是枝裕和監督作品で、安藤は、息子に対して担任教師が暴言と暴力をふるっていると聞き、学校側の不可解で無責任な態度に、戸惑いと憤りを感じるシングルマザーを演じた。
「『万引き家族』が終わってすぐにお話をいただいたのですが、やりますという返事をなかなかできなくて。もちろん是枝組の現場にまた行きたいという気持ちはあるのですが、それだけでは私は動けなかった。例えば、『怪物』の次に公開された『BAD LANDS』の場合は、“やりたい”っていう感覚が自分の身体の中からすぐ湧き上がってきました。話が来たのが急だった、というのもあります。そうすると決断もしやすい。1年先の自分よりも、2カ月先の自分のほうがわかるじゃないですか。家族の予定もわかりますしね。自分の勢いと感覚が、バンッと一致したのが『BAD LANDS』。そういう出合いのタイミングって、私にとってはすごく大きいんです」
生きていること自体が私の夢
『怪物』の話をすぐに引き受けられなかったことには、さまざまな意味でのタイミングが関係していた。
「『怪物』のお話をいただいた時の私は、すごく慎重でした。そのうちにコロナ禍も始まって、どうやって生きていけばいいかもわからないなかで、子育てもしながら、映画のオファーにオッケーなんて言えない。そんな気持ちになって、お引き受けするまでに何年もお待たせしてしまいました。『怪物』は、演じていてもすごく難しかった。『BAD LANDS』の役も“おらぁっ!”って怒っているけど、『怪物』のお母さんの怒りの感覚のほうが私には難しかったんです。だから、『BAD LANDS』よりも『怪物』のほうがよっぽどお芝居をしている、“かぶいて”いる感じ。『BAD LANDS』は、生き物としての自分を使っていた感じです」
『BAD LANDS』で安藤が演じる、特殊詐欺グループの一員であるネリは、キャップを深くかぶったスポーティな出で立ちで生き生きと動き回る。躍動する身体の魅力に、「こういう安藤サクラをもっと早く見たかった!」という気持ちにさせられる。
「私のなかでは、すごく懐かしい感覚があったんですよ。若い頃にやっていた役に近い感覚でした。この歳になってできたのはすごく嬉しかったです。ワクワクして楽しかったですね」
意外にも「スポーツを一度もやったことがない」という安藤だが、10月に放送されたテレビのバラエティ番組で、重心の位置による歩き方の違いへの関心を口にしていた。身体をどう動かすかということに常日頃から関心があるのがうかがえる。そして何より彼女は、走ったり格闘したりといった大きな動きだけでなく、例えば、財布を開けるなどの何気ない些細な動作までもが毎回印象的なのだ。
「自分にとっては、身体のちょっとした動きが、演じるうえで重要なんです。財布を開ける時も、 財布とのコミュニケーションを大事にしている感じ。動きの全部に意味がある。なぜこの人は今、このペットボトルをこのように持って飲むのか、とか、そういうことを全部考えます。でもそういうのが、自分の演技を見ていて、好きじゃないなあって思うところでもある。自分のお芝居があまり好みじゃないんです。どうしたらいいか、すごく難しいのですが。ドラマだと現在進行形で、自分の“今”とともに作られていく感じで、そのライブ感がすごく楽しくて性に合っているなと思います。撮っているタイミングとお届けするタイミングも近い。でも映画の場合、撮っている時は楽しいけれど、そのあとが苦しくなるんです。撮ってから公開されるまでがたった1年だとしても、その間に自分がアップデートされていますから、すごく気持ちが悪く感じてしまう」
では、『怪物』のコンペティション部門出品で、『万引き家族』以来5年ぶりに訪れたカンヌは、5年前と比べてどうだったのだろう。
「違いましたね。ちゃんと映画祭を楽しめました。でも2回目で、そのリラックスぶりは、ちょっと早いなとは思いましたけど(笑)。物事の大きさとかと関係なく、何事も同じ比重で楽しめるようになってきたと思います。カンヌに行っても、カンヌだから!と気負うのではなく。地元にいるのとあまり差がなくなってきている感じがしますね。それがたぶん自分の、メディアに出る者としての、居方(いかた)なのかなあという気もします。ほかのどの人たちに対しても、同じ時代を一緒に生きている人、一緒に地球上で生きている人たちという感覚を持っていたい、というか(笑)」
最後に、『ブラッシュアップライフ』の設定とかけて、2周目の人生があるとしたらどのように生きたいかと尋ねてみると。
「あのドラマの設定で行くと、オオアリクイに生まれ変わる選択肢もあるんですよね? そうしたら、オオアリクイがいいです。どうせなら知らないことを、がらっと違うことを知ってみたいので。
私は本当に人に恵まれて生きているから、今の人生が幸せなんです。私の人生がいいというよりは、これまでの出会いがこれ以上ないくらい良かった。女優になることは小さな頃からの夢でしたが、人生のなかで選ぶ職業のひとつとして女優があったのであって、志はそこにはありません。生きていること自体が私の夢です」
【お知らせ】
撮影の様子をおさめたショートムービーを、Instagramに近日投稿予定!
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1986年、東京都生まれ。2006年女優デビュー。映画『百円の恋』(14)で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、ブルーリボン賞主演女優賞ほか数々の賞を受賞し、『万引き家族』(18)で自身2度目となる日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞。さらに、映画『ある男』(22)で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞に輝くなど映画、ドラマなど映像作品を中心に第一線で活躍。
PHOTOGRAPHS BY KIYOTAKA HAMAMURA
STYLED BY SHINICHI SAKAGAMI
HAIR STYLED BY KENSHIN
MAKE-UP BY TOMOE NAKAYAMA
WORDS BY NAOKO SHINOGI
EDITED BY FUMI YOKOYAMA @GQ