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August 2023

帷子 白麻地蓑笠御所車風景模様(かたびら しろあさじ みのかさ ごしょぐるま ふうけいもよう)

  • 帷子 白麻地蓑笠御所車風景模様 江戸時代・19世紀 (東京国立博物館所蔵)
    武家女性の夏の正装には、藍で模様を染め、刺繡で飾られた豪華な麻の単仕立の帷子(ひとえしたてのかたびら)を着用します。
    出典:ColBase
  • 提帯 萌黄白段格子源氏車藤牡丹模様錦 江戸時代・18世紀 (東京国立博物館所蔵)
    紀州徳川家第10代当主の正室、種姫が着用したと伝えられている提帯(さげおび)です。豪華な錦で仕立てられた長さ370㎝の帯の先は筒状になっており、中に紙の芯を入れるようになっています。
    出典:ColBase
  • 腰巻 黒紅練緯地梅椿花菱亀甲模様(全体・部分) 江戸時代・18世紀 (東京国立博物館所蔵)
    提帯と同様に、種姫が用いたと伝えられています。腰巻は16世紀より武家女性が正装用に用いてきた夏の衣装です。江戸時代後期には形式化が進み、赤味がかった黒地に染め、吉祥模様を細やかに刺繡した腰巻となりました。
    出典:ColBase
  • 江戸時代後期における武家女性の正装(腰巻姿)
    帷子(からびら)に提帯を結び、その両端に腰巻の袖を通した武家女性の正装です。江戸時代後期にこのように様式化されました。
帷子 白麻地蓑笠御所車風景模様 江戸時代・19世紀 (東京国立博物館所蔵)
武家女性の夏の正装には、藍で模様を染め、刺繡で飾られた豪華な麻の単仕立の帷子(ひとえしたてのかたびら)を着用します。
出典:ColBase

日本の伝統文化の象徴でもある「キモノ」。その原点は、江戸時代(17世紀初頭~19世紀後半半ば)の「小袖」や「振袖(ふりそで)」にあります。夏の最も暑い時期には、麻で縫製された単仕立(ひとえしたて)のキモノである「帷子(かたびら)」が用いられました。今回は、夏の衣装である帷子の中から、江戸時代後期に武家女性が将軍の居城・江戸城の大奥*で着用した、華やかな染と刺繡を施したキモノを紹介します。

上質な苧麻糸(ちょまいと)**で織られた麻布(上布)の振袖は、夏の最も暑い時期に武家の結婚前の若い女性が着用した衣装でしょう。全体に藍一色で霞たなびく風景模様を染めた単仕立の帷子は、見るからに涼し気ですが、紅や萌黄(もえぎ)***の絹糸、金糸なとの刺繡で色を添えています。江戸時代後期になると、市井(しせい)の女性たちとは異なる様式化されたデザインの衣装を武家女性が身にまとうようになり、理想化された風景模様はその典型的な例になります。

遠景(背中)には松や桜が繁る景色の中に一握の檜扇(ひおうぎ)****が置かれています。前景(裾)には菊や萩、桔梗(ききょう)といった秋草模様が表わされ、家の門の前に打ち捨てられた蓑(みの)と笠、そして牛車*****が描かれています。一領のキモノに春と秋、二つの季節が表され、宮廷文化のシンボルである檜扇や牛車が紛れているのには、何か意味があるのでしょうか。

提帯 萌黄白段格子源氏車藤牡丹模様錦 江戸時代・18世紀 (東京国立博物館所蔵)
紀州徳川家第10代当主の正室、種姫が着用したと伝えられている提帯(さげおび)です。豪華な錦で仕立てられた長さ370㎝の帯の先は筒状になっており、中に紙の芯を入れるようになっています。
出典:ColBase

実は、この衣装には二つの別の物語の人物が象徴的にあらわされています。遠景の春の景色は平安時代の王朝文学『源氏物語』******の中の一話「花宴(はなのえん)」の一場面でしょう。主人公・光源氏との一夜の恋の証に扇を交換した朧月夜(おぼろづきよ)の君を表わしています。一方、前景の秋の景色は、中世以降、武家に愛好された日本の芸能である能の中の演目の一つ「通小町(かよいこまち)」の一場面でしょう。絶世の美女・小野小町(おののこまち)*******の愛を得るために百夜、雨の日も雪の日も蓑と笠を着け小町の元に通い続け、門前の牛車の台で夜を明かした深草(ふかくさ)の少将を表わしています。愛に生きた二人の男女を表わした衣装を、若い武家女性は一体どのような思いで纏(まと)っていたのでしょう。

腰巻 黒紅練緯地梅椿花菱亀甲模様(全体・部分) 江戸時代・18世紀 (東京国立博物館所蔵)
提帯と同様に、種姫が用いたと伝えられています。腰巻は16世紀より武家女性が正装用に用いてきた夏の衣装です。江戸時代後期には形式化が進み、赤味がかった黒地に染め、吉祥模様を細やかに刺繡した腰巻となりました。
出典:ColBase

しかし、必ずしも優雅な夢心地ではなかったのかもしれません。この衣装は、江戸時代後期の武家女性が大奥で着用する、もっとも格式の高い夏の正装です。着装方法にも決まりがありました。この帷子の腰の部分で「提帯(さげおび)」と呼ばれる細い帯を後ろに結び、両端に紙の筒を入れて腕のように左右に伸ばします。その帯の両端に腰巻と呼ばれる衣装の袖を通し、身頃(みごろ)********は腰に巻き付けて帯の前に挟み込みます(写真参照)。腰巻には細密で美麗な吉祥模様の刺繡が施され、見るからに格式の高い衣装としての威儀が感じられます。しかし、両翼を広げたような姿で御殿の中を歩くのは、さぞかし難儀だったに違いありません。

江戸時代後期における武家女性の正装(腰巻姿)
帷子(からびら)に提帯を結び、その両端に腰巻の袖を通した武家女性の正装です。江戸時代後期にこのように様式化されました。

* 江戸城の中で、将軍の妻及び側室の居室を呼びならわしたもの。
** 「からむし」とも言うイラクサ科の多年生植物「苧麻(ちょま)」の茎の皮の繊維を細く裂いて繋いだ糸。麻織物の原料の一つ。
*** いずれも日本の伝統色。紅(べに)色は黄味がかった赤色。萌黄(もえぎ)色は春先の若葉のようなさえた緑色。
**** ヒノキの薄板20枚から30枚をつづり合わせた板扇。
***** 平安時代(794年~12世紀末)から主に貴族が移動する際に用いられ、牛が牽(ひ)いて動かす乗り物。
****** 平安時代(794年~12世紀末)中期の長編物語。54帖。宮廷女官だった紫式部の作。時の帝を父として生まれた光源氏の様々な恋物語を描いている。「花宴」は第8帖で20歳となった主人公の春の恋物語を描いている。
******* 平安時代の女流歌人。9世紀の中頃に活躍したとされる。後世絶世の美女として説話化された。
******** 着物で、襟・袖などを除いた、からだの前と後ろを覆う部分の総称。