書=閑 万希子
書=閑 万希子

着物に宿る風土と歴史、作り手の浪漫とストーリー。それらを探して、北海道から沖縄まで、真野響子さんと産地の工房を巡りました。2012年から3年続いた好評連載です。

現地で着物をまとい、作り手や博物館・識者に取材し、執筆された真野さんの原稿は、連載タイトル「きもの遺産」に通じるように、いつまでも読み継がれてほしいものです。

「染織のよき仕事を次世代へ」。そんな思いで真野響子さんが石川県白山市・白峰(旧牛首村)の牛首紬の郷を訪ねました。そこは真野さん自身が数十年来通う文化サロン「僻村塾(へきそんじゅく)」がある地。それを支えてきた織元との交流も深く、牛首紬への愛着もひとしおです。玉繭という特殊な繭から生まれる艶やかな衣は、人を惹きつけやみません。

真野響子のきもの遺産9 白山工房 先染め縞 牛首紬
撮影=鈴木 心

先染め縞 牛首紬

簡潔な縞を身上とする先染めの牛首紬。近年はさまざまなバリエーションが生まれ、モダンさを印象づける作品も多くなっています。こちらも新鮮な彩りの作品。独特な節のある艶やかな風合いは、2頭の蚕が一つの繭に入った稀少な玉繭のみから生み出されるもの。非常に丈夫な糸のため、釘抜き紬の別名もあります。着物/加賀乃織座

※『婦人画報』2012年10月号より転載しています。商品のお問い合わせはご遠慮ください。

巡る人・文=真野響子
撮影=鈴木 心

第九回 

山里が伝えた心意気

真野響子のきもの遺産9 白山工房 先染め縞 牛首紬
撮影=鈴木 心
着物と帯/加賀乃織座 帯〆/道明 帯あげ/みふじ(加藤萬)

先染め縞 牛首紬

多彩な縞の牛首紬に、同じく牛首紬の帯を合わせた優雅なひと揃い。豪雪地帯の白峰は昔から養蚕が盛んな地。糸が絡みやすく当時は売れ残りとなった玉繭は、村人の手仕事によって、ほかにない風合いの牛首紬になりました。白峰と福井・勝山を結び、かつては紬を背負う人が歩いた古道、牛首道の大欅を見上げて。

Profile

白山工房(はくさんこうぼう)

真野響子のきもの遺産9 白山工房での整経作業
撮影=鈴木 心
白山の麓にある白山工房での整経作業。糸紡ぎから製織までの工程が一般にも公開されている。

白山で土建業を営む先々代の西山鉄之助氏が、途絶えかけた牛首紬の復興に取り組んだことを始まりとして、西山家が1975年に設立した工房。現在、全国でも数少ない一貫作業で、糸作りから製織まで手掛け、石川県指定無形文化財である牛首紬の昔ながらの製作技術を守っている。

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● 山里が伝えた心意気
● 真野響子さんエッセイ「歴史と風土と人と」
● 白山工房を訪ねて
● ぼかしを効果的に生かした「牛首紬」の装い


真野響子のきもの遺産9 白山工房 先染め縞 牛首紬
撮影=鈴木 心
着物と帯/加賀乃織座 帯〆/道明 帯あげ/みふじ(加藤萬)

先染め縞 牛首紬

紬の名の由来、牛頭天王(ごずてんのう)を祀る霊峰白山。山懐に抱かれて装う牛首紬の温かさ

ぼかしを使った縞紬に、秋草を描いた牛首紬地の帯との取り合わせ。現在牛首紬の織元は2軒のみ。戦後途絶えかけた牛首紬の復興に、白山工房を営む西山家の先々代らが取り組み、ダム建設での生産地水没など存続の危機を乗り越え、昔と変わらぬ手法を今に伝えています。

歴史と風土と人と

文=真野響子

牛首紬との出合いは、作家高橋 治先生と石川県白山・白峰のこの紬の織り手、西山一族とのお付き合いから始まり、今に至っている。二十数年前(2012年当時)の六月に、金沢の四高を卒業された治氏に縁のある場所を訪ねる旅番組に呼ばれて、グレーに白の細い線の入った縞の一重の牛首を着る。以来自分の皮膚の一部のように、なくてはならない存在になっている。

今、自らにその理由を問うてみれば、それは幾度となく通ったこの地の、どこにこの着物を着て立ちたいかを考えるうちに、自ずと答えに導かれたような気がする。

真野響子のきもの遺産9 白山工房「のべひき」
撮影=鈴木 心
「のべひき」と呼ばれる糸引き作業。100個の繭のうち2、3個しかないという玉繭を選別し、繭を煮ながら糸を引き出していく。

白山は富士山、立山とともに日本三名山の一つだが、富士のような単独峰ではなく、連峰である。全国の白山信仰の発祥の地であり、くくり姫という女神が住んでおられる。女神の機嫌が悪いと、姿を見せない。歓迎されると、峰々が一斉に姿を現し、その雄大な懐に抱かれている心地がする。

真野響子のきもの遺産9 白山工房 玉繭
撮影=鈴木 心
二頭の蚕が入った玉繭からは、1つにつき2本の糸が引き出される。そのため、絡みやすく、熟練を要する仕事。

かつて牛首と言われたこの地は、白山から流れ出る暴れ川、手取川の上流にあり、恐竜の化石は出るものの、耕地はほとんどない。村人は夏、山の方に小屋を建て、周辺で畑を作る、出作りの農作をし、蚕を飼う。豪雪の冬に男は出稼ぎに行き、女は機を織る。江戸時代は天領であったこともあり、峠を越えた福井とつながる街道の拠点でもあった。当時の家屋が残る民俗資料館は、私がいつも昔にタイムスリップする遊び場。旧家杉原家の玄関も冬は雪に閉ざされる。三階は広い養蚕部屋。表には屋根まで届く大きな栗材の梯子がかかっている。

真野響子のきもの遺産9 白山工房 糸
撮影=鈴木 心
玉繭からならではの節と艶があり、空気を含んで弾力性のある強靱な糸。

北陸を舞台にした治先生の小説のヒロインたちは牛首紬を個性に合わせてまとう。その一人、鎌倉から隣の福井勝山に迷いこんできた記憶をなくした『さまよう霧の恋歌』のヒロインは、白峰に続く谷の村の一向一揆伝説の霧姫が乗り移って、二つの人格を行き来する。風貌は私に似ている。谷の村は小さな城跡が品の良い神社になっていて、そこから牛首道が白峰に続いていた。欅の大樹の前に立てば、風が昔物語をささやいてくれる。

真野響子のきもの遺産9 白山工房 製織
撮影=鈴木 心
2丁杼(ちょうび)を駆使する高機(たかはた)での製織。

牛首紬を着ると、治先生や、西山家の思いと、白峰の風土が私の中に蘇り、只々、気持ちが良いのである。凜と生きていこうという気持ちがするのである。

真野響子のきもの遺産9 白山工房 牛首紬訪問着
撮影=鈴木 心
着物と帯/加賀乃織座 帯〆/道明 帯あげ/みふじ(加藤萬)バッグ/伊と忠

牛首紬訪問着

光沢の美しい牛首紬は染め下地としても好まれ、セミフォーマルとなる訪問着も作られています。なかでもこれは、ぼかしを効果的に生かした墨染めの一枚。石川県立白山ろく民俗資料館の杉原家住宅にて。この家にもかつて行われていた養蚕の名残が窺えます。

白山工房
石川県白山市白峰ヌ17
tel.076-259-2859

加賀乃織座
石川県白山市部入道町ト40
tel.076-273-5755


撮影=鈴木 心 書=閑 万希子 ヘア&メイク=おおつかみつえ 着付け=飯田裕子 
『婦人画報』2012年10月号より