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「私が生まれ育った信州・上田の里山の雰囲気にどことなく似て、少しほっとする場所ですね」
染織作家・宮入映(みやいりえい)さんが作品作りを行う住まいは、京都の洛北、五山の送り火で知られる山々を背後に控えた、静かな住宅街の一角にあります。
「故郷を出て随分経ちますが、やはり思い出すのは故郷で目にした風景。分け入った森の緑の匂い、夕日に照り映える千曲川の流れ……その一端なりとも作品に表したいと思っています」

機を織る宮入映さん
高嶋克郎(スタジオバウ)
自宅兼工房で機を織る宮入 映さん。2台の機を設置「限られたスペースと設備で制約がありますが、そのなかで自分の求めるものに近づいていくのが私らしい仕事の仕方です」

「翡翠の風」第46回日本伝統工芸染織展文化庁長官賞受賞作品
高嶋克郎(スタジオバウ)
「翡翠の風」2012年作/ やわらかなグラデーションを付けた翡翠色をベースに、差し色として辛子色と黒の細い縞で構成し、経絣と浮織で優しいニュアンスを添えた生絹の浮織のきもの。緑を渡る心地の良い春風を思わせて。染材には、藍と刈安、ドングリを使用。第46回日本伝統工芸染織展文化庁長官賞受賞。

植物のもつ鮮烈な命をそのまま表したかのような、透明感のある色合い――、天女の羽衣もかくやと思われる、軽く透き通った生絹(すずし)[※注1]の浮織の美しさは、高い評価を得ています。宮入さんのお父様は人間国宝の故・宮入行平(みやいりゆきひら)刀匠、ご姉兄(きょうだい)は金工作家や刀匠という、もの作り一家で知られています。

ところが意外にも、宮入さんが染織の道に入ったのは、三十歳を過ぎてから。
「父は子煩悩で私たちを可愛がってくれましたが、仕事場で火や鋼(はがね)と向かい合っているときには、娘でも立ち入ることのできない別世界の人。十七歳の秋、父が急死して。ものを作るとはここまで厳しく、命を賭(と)さないといけないものなのかとずっと思っていました」。お父様の生涯を思いながら、大学も就職先もまったくもの作りと関係のない道をあえて選んだという宮入さん。
「仕事で福島に暮らしていたときに大病を患い、それを機に退職しまして……どうやって生きていこうか随分悩みました。そのとき、ようやくもの作りに向き合ってみようと思ったのです」

宮入映作「春三花」
高嶋克郎(スタジオバウ)
「春三花」2013年作/ 中世のお姫様が被衣(かつぎ)にした薄絹を思わせる、茜で染めたきもの。ハッとするほど鮮やかな紅色の美しさは、植物染のイメージを覆させるほど。長い冬を越え、梅・桃・杏が一斉に花開く故郷・上田の春をイメージした作品です。「個人的に、いちばん好きな作品です」と宮入さん。



福島で縁のあった染織作家、故・山根正平さんに師事し「染色の基本や糸の扱い、織りの一番大切なことをすべて」教えてもらいます。三年の修業の後、染織を志すものにとっては憧れの地・京都で王朝の色を学びたいと「染司よしおか」へ入社。故・吉岡幸雄さんのもとで研鑽を重ねます。
「色にはすべて意味がある。目標と目的意識をもって、染めるべき色に染めなさい――という言葉を常に投げかけられました」。〝植物染特有の落ち着いた色み〟という通常のイメージを覆す、宮入さんの鮮やかで美しい色使いの基礎は、ここで徹底的に学び、培われました。

茜染めをする宮入映さん
高嶋克郎(スタジオバウ)
自宅兼アトリエの作業場にて。白糸を、茜から抽出した染液に浸けて。

茜染めをする宮入映さん。
高橋克郎(スタジオバウ)
染めは作品作りの最初の工程として、目的の色にその都度染めます。茜から抽出した染液に白糸を浸けると、鮮やかな紅色に。染めたい色みに合わせて、何度も染め重ねていきます。

インド茜の染材
高嶋克郎(スタジオバウ)
染材のインド茜。山でドングリを拾ったり玉ねぎの皮で染めることもあるそうですが、多くは染色材料店から購入しています。

次回は、 さまざまな人生経験を経て、ようやく染織の道へと進み始めた宮入さんのその後の歩みについてご紹介します。

※注1 生絹……精練されていない生糸を使用して織ったもので、紗のように薄く軽い生地のこと。 

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【宮入さんの作品を見ることができます】
広島県立美術館で開催される「第66回日本伝統工芸展」で、宮入さんの入選作品を間近に見ることができます。 ぜひ足をお運びください。
広島 ● 2020年2月13日~3月1日 広島県立美術館

宮入映さん
高嶋克郎(スタジオバウ)
宮入映さん近影


<Profile> みやいり・えい◉長野県坂城町生まれ。福島で故・山根正平氏に師事、紬織を学んだ後、京都で故・吉岡幸雄氏から染色・織物組織を学ぶ。2000年に独立。植物染による美しい色使いと、生絹の浮織が響き合う作品を手掛ける。2012年、第46回日本伝統工芸染織展文化庁長官賞受賞、日本工芸会正会員。その他受賞多数