日本古来の自然のリズム、二十四節気と、5日でめぐる日本の季節、七十二候をはじめ、旧暦の日付や雑節のお知らせです。
【弥生の和の暦】
啓蟄 けいちつ|二十四節気──3月5日~19日
蟄虫啓戸 すごもりむしとをひらく|第7候──3月5日~9日
桃始笑 ももはじめてさく|第8候──3月10日~14日
菜虫化蝶 なむしちょうとなる|第9候──3月15日〜19日
社日 しゃにち|雑節──3月15日
和暦コラム「翁草」──和暦研究家 高月美樹
啓蟄 けいちつ|二十四節気
[啓蟄]──3月5日~19日
【旧暦】──1月25日~2月10日
「啓蟄」とは?-虫たちが地上へ
次第に気温が上がり春めくと、土の中で冬ごもりしていた虫たちが地上へと這い出してきます。二十四節気の「啓蟄」は、自然のなかの生命の営みを感じる時季です。
広辞苑によると、「啓」は「開く」、「蟄」は「虫などが土中に隠れ閉じこもる」という意。「啓蟄」で「冬籠(ごも)りの虫が這い出る」という意味に。立春後の初雷は、啓蟄のころと重なることが多く、「虫だしの雷」と呼ばれます。
菜の花が鮮やかに開花するこの時季は、ひと雨降るごとに暖かくなるといわれ、「寒の戻り」と交互に繰り返しながら、少しずつ、しかし確実に春へ向かいます。
和の暦の「春」は初春→仲春→晩春と3段階で進みます。啓蟄と春分の時季は「仲春」。日ごとに暖かくなり、花がほころび始めるころです。*記事の最後の暦図もご参照ください。
[仲春]──3月5日~4月3日
[時候の挨拶]
この時季によく使われる挨拶文です。
春色の候 しゅんしょくのこう
桃花のみぎり とうかのみぎり
萌芽の候 ほうがのこう
蟄虫啓戸 すごもりむしとをひらく|第7候
[蟄虫啓戸]──3月5日~9日
【旧暦】──1月25日~29日
冬眠していた虫たちが動き出し、春の訪れを伝える
七十二候では、この日から「蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)」になります。
暖かさを感じて、冬眠していた虫や動物たちが外に出てくる時季。菫(すみれ)の花が咲き出すころでもあります。
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[弥生の季語]
曲水の宴(きょくすいのえん)
平安時代に盛んになった貴族の遊び。かつては旧暦3月の上巳の日に宮中で開かれた歌会。曲水庭園の小川のほとりに貴族たちが座って和歌を詠み、上流より流される酒盃の酒を飲みました。いまも京都の城南宮などで行われています。
桃始笑 ももはじめてさく|第8候
[桃始笑]──3月10日~14日
【旧暦】──2月1日~5日
桃のつぼみがふくらみ、花が咲き始める
七十二候では、この日から「桃始笑(ももはじめてさく)」になります。
日ごとに暖かくなり、桃の花が咲き始めるころです。昔は、花が咲くことを「笑う」と表現しました。
桃の花は、梅の時季が終わり桜が開花するまでの期間に、ゆっくりとつぼみを開きます。まるで微笑んでいるかのように、のどかで光に満ちた春の訪れを教えてくれます。「山笑う」は春の季語です。
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[弥生の季語]
雪のひま(ゆきのひま)
冬の間に降り積もった雪が、気温が高くなって解け始め、地面が現れている様子。陽だまりだけところどころ地面が見え、そこから草木が芽吹いている様子や、雪解け水が流れる音を連想させ、春の喜びを感じさせる言葉です。
菜虫化蝶 なむしちょうとなる|第9候
[菜虫化蝶]──3月15日〜19日
【旧暦】──2月6日~10日
青虫のさなぎが羽化して、蝶に生まれ変わる
七十二候では、この日から「菜虫化蝶(なむしちょうとなる)」になります。
紋白蝶の幼虫(青虫)がさなぎとなって越冬。春の訪れとともに羽化して、蝶に生まれ変わる──暖かな日差しを浴びてひらひらと美しく舞う姿は、春の象徴とされています。
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[弥生の銘]
西王母(せいおうぼ)
古代中国の仙女・西王母をモチーフにした能の演目。周時代の帝王の宴に、桃の花を手にした女が現れ、三千年に一度だけ咲く桃だと語ります。やがて女は自身が西王母の化身であると明かします。春の宴を舞台にした、華やかな能です。
和暦コラム|翁草(おきなぐさ)
知り合いの森林インストラクターさんのガイドで、秦野盆地湧水群〜震生湖(しんせいこ)〜澁沢丘陵を歩いたことがあります。
春の初めの歌枕 霞たなびく吉野山
鴬 佐保姫 翁草 花を見捨て帰る雁(梁塵秘抄)
春らんまんの季節を迎えると、ついつい口ずさみたくなる大好きな『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』の今様歌です。
「はるのはじめのうたまくら かすみたなびくよしのやま
うぐいすさほひめおきなぐさ はなをみすててかえるかり」
今様は当時の流行歌で、どのような節をつけて歌われたのかはわかっていませんが、ただ読んでみても、美しいリズムの日本語で、春の歌枕のオンパレードになっています。
丘陵ハイキングは、この歌枕をリアルに体験する天国のような旅でした。桜(枕詞は吉野山)や桃が咲き、上手になった鴬の、長い長い谷渡りの声が響く中、樹木が一斉に芽吹いて、佐保姫がやわらかく微笑み始めていました。最初に立ち寄った今泉湧水池ではマガモがバシャバシャと羽ばたいて、長旅の準備運動をしているかのようでした。花盛りを迎えたいちばん美しい季節に、渡り鳥たちは北にむかって帰っていく。「花を見すてて帰る雁」は多くの歌に詠まれ、日本人の心に深く染み込んでいるようにおもいます。
春霞立つを見捨ててゆく雁は 花なき里に住みやならへる (古今和歌集)
私は東京の善福寺川沿いに住んでいるので、毎年、花いかだの川面を泳ぐ鴨たちをみると、そろそろ帰る頃だなあとつい立ち止まって、名残り惜しく眺めることが恒例になっています。
さて、渋沢丘陵には、たくさんの翁草の花が咲いていました。園芸品種としてみかけることはありますが、山地に自生する姿は、やはり別格の風情があります。前述の『梁塵秘抄』が編纂されたのは平安末期。現在のように絶滅危惧種として希少だったわけではなく、もっと身近に存在する植物だったとはいえ、数ある植物の中で「春の歌枕」に選ばれているのは、地面からにょっきりと立ち顕れ、春の精が物化したかのようなその特異な姿が、やはり人々の目をひきつけていたからではないでしょうか。
花や茎も白い毛に包まれているので、すでに翁の気配は十分あるのですが、花が終わったあとにできる綿毛はまさに老人の長い髭をおもわせます。長寿のイメージから春の永からんことや、平安が続くことを願う気持ちもこめられているのでしょう。日当りのよい開けた草地の中でひときわ目立つのは、湾曲する茎の形でした。花はもとより、この茎の優美さが、翁草の魅力だとあらためて感じました。
ところで震生湖は、1923年の関東大震災による丘陵の大崩落が谷川を堰き止めたことで生まれた自然湖で、自然湖の中では日本でもっとも新しい湖だということです。
山さけて成しける池や水すまし (寺田寅彦)
物理学者の寺田寅彦が、東大地震研究所の所員としてこの地を調査したのは1930年のことだそうです。大地の激しい変動が作った池に、静かなさざ波が立っていました。
二十四節気とは
太陽が1年でひとまわりする道を「黄道」といいます。
二十四節気は、太陽が真東から昇り、真西に沈む「春分」を起点に、黄道を24等分したもの。
1年を約15日ごとに区切り、「立春」をスタートに、「雨水」「啓蟄」「穀雨」など、刻々と変化する自然を漢字2文字で表現しています。
春夏秋冬の区切りを意識させてくれる言葉として、時候の挨拶や手紙の書き出しにも使われます。
七十二候とは
二十四節気をさらに3つに分け、約5日ごとに名前をつけたもの。
七十二候は、もともと古代中国で生まれたものといわれています。やがて日本に渡り、江戸時代の暦学者が、日本の気候に合わせて改訂しました。
気候は地域やその年によって違いますが、四季の風情を楽しむ目安になってくれることでしょう。
監修・協力
高月美樹
たかつきみき●和暦研究家。婦人画報付録のダイアリーの暦全般と月の満ち欠けを監修。旧暦手帳『和暦日々是好日』を毎年制作・発行し、日本古来の知恵や美意識を生かした暮らしを提案。 LUNAWORKS主宰。
桂 裕子
かつらゆうこ●茶道裏千家正教授。季語と季節の銘を監修。東京・大田区にて茶道教室を主宰。小学館『にっぽんの図鑑』でも「ちゃのゆのこころ」部分などを監修。TVCM監修、ベラルーシをはじめ国外数カ国での茶道講習、紹介も行う。